初対面の人間から「分かりにくい」と言われる表情を緩ませて、白く陶磁器のような肌をほんのりとピンクに染めていつもよりも上機嫌に、饒舌に話す相棒。それはまるで昔姉の部屋で勝手に読んだ漫画に出てくる少女たちのように愛らしく、目が離せなくなる。
俺は冬の夜空のように澄んだ声が他のどんな音よりも好きだ。初めて会った時から惚れ込んでいるのだから、きっとこれだけは惚れた欲目ではないという自信がある。出来ることなら一生隣で聞きたい、そう望むほどの声は珍しい上機嫌で少し上ずっていてキーの高い歌を歌ってるようで聞き心地が良い。
けれど、俺は今ほど耳が聞こえなくなればいいと思うことは無いだろう。歌えなくなくなるのは困る。けれど今だけ、今だけはと大して信じていない神様に願ってしまう。
「それで司先輩が.....彰人?どうしたんだ?」
上機嫌にこの前司先輩と出かけたことを話していた冬弥の話が止まった。やばい顔に出ていたのかもしれない。
「いや、気にすんな。それでセンパイがどうしたって?」
咄嗟になんでもないフリをして話の続きをするように促す。自分で自分の首を絞めてる様はあまりにも無様だ。けれど苦しさよりも冬弥に悟られることを恐れる俺はどうしようもなく冬弥のことが好きで、隣にしがみつきたいと願っているのであろう。
「私ばかり話してしまってすまない.....」
「良いんだよ。お前はもうちょっと普段から喋った方がいい。」
「これでも前よりは喋るようになったと思うのだが...話の続きだな。それで------」
眉を少し下げて申し訳なさそうな顔をする冬弥。とてもいじらしくて愛らしい。それと同時に再び胸の中にドロドロとした物が溢れてくる。今すぐ耳を塞いでしまいたい。耳が聞こえなくなくなればいい。そうしたら、可憐な冬弥の顔を真っ直ぐ見つめることが出来るのだから。
俺は冬弥のことが好きだ。具体的にいつから好きだったかなんか分からない。初めて会った時はあの綺麗な歌声に惹かれて声をかけた。けれども今思うと初めからあの美しい外見にも惹かれていたのでは無いかとも考えてしまう。クールな見た目に反して内面は少し天然で、純粋なところ。初めは固く閉ざされた心が開かれて、俺だけにふわりとした微笑みを見せてくれて、俺だけがそれを知ってるなんて傲慢なことを考えていた。それがどうしようもなく特別で独占欲すら勝手に抱いていたと思う。俺は冬弥と同じ高校に進学して、クラスこそ違うものの一緒に活動し、ほとんどの時間を共有していた。これからも冬弥の中の1番は俺でいつかそういうことになるのもいいかもしれない、そう漠然と考えていた。
だが、その考えは高校に入学し、しばらくした後に打ち砕かれることになった。
あいつの事は存在は知っていた。冬弥が尊敬する先輩を紹介したいと言って変人ワンツーの元へ連れてこられた時は軽く引いた。
心酔という言葉はこの為にあるのかと言うくらい、あの変人ワンツーの声のでかい方を褒めて、今まで見た事ないくらいキラキラとした瞳で見つめる冬弥を見た瞬間、俺は失恋したと思った。
本人に自覚はないが、所謂幼なじみ。俺といる時はまっすぐ名前を呼んでくれた冬弥があいつを前にするとキラキラとした目で雛鳥のようにアイツの名前を呼ぶ。それで、あいつと俺の知らない昔の話をする。冬弥にとってあいつは恩人で、俺と出会うことが出来たのはあいつのおかげ。その事実はとても感謝している。けれど、子供のような純粋な目を向けて、あいつのそばに駆け寄る冬弥を見る度に何度もっと早く出会っていればと思ったか。
幸い先輩が冬弥にそういう気があるとは思えず、冬弥の片想いである可能性が高いところが救いではあった。だが、冬弥の心は俺へ向いていない、その事実は変わらない。あわよくば振られてしまえばいい。そうしたら冬弥は俺を相棒以上に好きになってくれるかもしれない、けど、冬弥に傷ついてほしくなかった。だから俺はただ見守り、冬弥の話を聞くことしか出来なかった。
「ーーーと、彰人?」
冬弥が不思議そうに俺の顔を覗き込んできている事に気づく。心配してる顔がとても可愛いな。
「今度の日曜日、司先輩が買い物に一緒に行こうと誘ってくれたんだ」
そうはにかむ冬弥に俺「そうか、良かったな」なんて思ってもないことを言う。つまり冬弥は先輩にデートに誘われたと。今度の日曜日のオフは俺が誘おうと思ってたのになんて負け犬みたいなことを考えてしまう。
「司先輩はご多忙だから誘ってくれてとても嬉しいんだ」
「そうか、楽しんでこいよ」
司先輩にその気はないだろうが、冬弥からしたらデートだ。出来ることなら知りたくは無かった。終われ、早くこの話が終わってしまえと強く願っている俺の顔はどんな顔をしているのだろうか。
「それで」
「良かったら彰人も一緒にどうだろうか?」
「は?」
せっかくのデートだろ、なんで俺を誘うんだという言葉が喉から出そうになりもう一度飲み込む。
「冬弥、先輩が俺にも来いって言ってるのか?」
「えっ、とそう言うことではないのだが....」
形のいい眉を下げてごにょごにょと語尾を濁しほんのりと頬を染める冬弥はまさに恥じらう恋する乙女で、もしやと考えが浮かぶ。
冬弥は先輩と2人きりでいるのが恥ずかしいから?いや、そういうタイプか?とにかく冬弥が何を考えているのか分からない。
「彰人!美味しいパンケーキのお店にも行くぞ!」
「どうしたんだ急に」
「凄く、美味しいらしい」
期待するような目で俺を見つめてくる冬弥。あからさますぎて下手くそだが、これは暁山が俺を誘う時に使ってくる手段だ。暁山、余計なことを教えやがって。
「行く予定のお店は美味しいパンケーキが多いらしい。だから、私のとはんぶんこしよう。」
甘いものがさほど過ぎではない冬弥の口からはんぶんこという言葉が出たのがあまりにも可愛くて、必死になって俺を誘ってくる姿は俺のことが好きなのではないかと自惚れてしまいそうになる。
正直、行きたくない。けれど、冬弥とパンケーキをはんぶんこ、悪くねえな。それに俺が居ればその日に万が一付き合うなんて事も起きなさそうだ。
「仕方ねえな、行ってやるよ」
「本当か!ありがとう彰人!」
キラキラと効果音がつきそうなほど目を輝かして喜ぶ姿は本当に可愛くて、めちゃくちゃ期待してしまう。期待して後で落ち込むことを考えると胸が痛い。
そういえば、と思い初めに疑問に思っていたことを思い出す。
「冬弥がパンケーキを食べに行きたいって言ったのか?」
「違うぞ?」
「じゃあ、先輩がか...甘いもの、そんなに好きだったのか、意外だな」
「?先輩は甘いものは好きだが好んで食べに行くほどでは無いぞ?」
じゃあなんでパンケーキを食いにくことになってるんだよ。