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    maita108

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    maita108

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    アゼムのなんでに付き合ってくれるヒュトロダエウス
    ちょっとだけいかがしい(当社比)

    #ヒュアゼ
    hyuase

    紅い世界の夢を見るそれは、割といつもの事だ、突然、アゼムのなんで病が発動しただけである。
    ありとあらゆる事を、彼はどうして、と聞きたがり、納得のいく答えをいつだって探している。
    「草食動物は、肉食動物に捕食される時、恍惚とした顔をするって聞いたんだけど、どうしてなんだろ、自分が死んじゃうのに。」
    ちなみに今日のなんで、はこれだった。
    そう見えるのはあくまで人間の主観なのであり、故に真相を確かめる術はなく、どうしたものかと、ヒュトロダエウスは考えあぐねていた。
    「うーん、今日のは難しいな。…ワタシ達人間も、嫌な事があれば現実逃避をするよね。それと一緒だと思うんだけど。」
    「自らの死を悦びと誤認する事で正当化する…ってこと?」
    「うん、そこまで難しい事を出来るかは分からないけど、でもその偽りの悦びが、顔に出てるなら…アゼムのいう恍惚とした顔、ていうのも納得出来ない?」
    うーん、と唸るのはアゼム。そんな彼がヒュトロダエウスの寝台を我が物顔で占領しているのも、割といつもの事だった。
    「ヒュー。ね、お願いがあるんだけど。」
    お願いがある、と切り出すアゼムのお願いは、大抵骨の折れるものか、碌でもないもののどちらかだった。
    「聞くだけ聞くよ。」
    なので、ヒュトロダエウスも自らの逃げ道を確保する。
    「僕のこと、食べてくれない?」
    だがこのお願いは、正直予想外だった。

    「もしかして、眠い?」
    「全然眠くないけど。」
    ここで眠いと一言でも言ってくれれば、先ほどの言葉は戯言で済ませられたのだが、どうやらアゼムは本気の様で、期待に満ちた瞳でヒュトロダエウスを直視している。
    食べて、とは言っても何も殺生をして肉を食らえ、と言っている訳ではないとは思う。
    ただ彼は、捕食される前の草食動物の気持ちを知ろうとしてるだけなのだ。
    …肉食動物役を、近くにいた親友に任せる点はよく分からないが。
    「…ちょっとだけだよ。」
    逃げ道を作っておいたのに、結局その逃げ道に向かう事はなく。ヒュトロダエウスは、アゼムの気まぐれの検証に付き合ってしまう事になったのだった。

    「捕食前の草食動物…って事はアゼムにはそれこそ、命がなくなる位の恐怖を感じてもらわないといけない訳だけど、どうする?視界とかは無い方がそれらしいかな。」
    テーブルを挟んで打ち合わせをする彼らは、酔狂な話題にも関わらず、よりスリリングでリアリティを追求するための相談事をしていた。
    真剣な顔をして提案するヒュトロダエウスに、むしろ面を喰らったのは言い出しっぺのアゼムの方であり、二、三回パチパチを目を瞬かせる。
    「ヒューて、結構ノリがいいよね。」
    「キミに付き合うならこれ位じゃないと均衡が取れないでしょ。…とりあえず暗闇状態にしてもらっていい?」
    「OK OK」
    自らの視野を塞ぐという割に、アゼムの返事は気安い。自らの足で世界を歩き回る、アゼムとしての胆力がおかしなところで活かされている気もするが、話が早く進むのは何よりだ。
    自らの瞳に術式を施したアゼムは、次の瞬間には焦点が合わない様なぼんやりとした光を宿す。
    「出来たよ。」
    そう声を上げるアゼムは、何もない虚空に向かって話している。どうやら術式は上手く発動した様だ。
    「それじゃあ、うん。いくよ?」
    ぽんぽん、と二回肩を叩けば、アゼムは、あれ、そっちにいたの?と言わんばかりに肩越しに振り返った。
    「お願い。」
    視界を奪われた状態の上に、これから命の危機を感じる位の恐怖を味わうのに、不思議と、アゼムの声音は好奇心に満ちていた。

    「いったぁ!!いやこれ、普通に痛い!…ね、あの話って嘘なのかな。」
    噛まれた跡を摩りながら、アゼムは目尻に涙を浮かべていた。その首筋にはくっきりとヒュトロダエウスが残した噛み跡が赤く浮かび上がっており、痛々しい。
    流石に肉を嚙み切るまでには至らなかったが、それなりの痛みを伴っているらしい事は、アゼムの言い分と共に明白だった。
    「まだ始めたばかりだけど…それに言い出したのはアゼムの方でしょ。」
    「そうだけどさぁ、うーん…やっぱり死の直前に感じるのって、…ただの恐怖なんじゃない?」
    「まぁねぇ…そうだな、やり方、変えてみようか。アゼム、寝っ転がってもらっていい?」
    「へ、なんで?…いいけど…。」
    自分で上げた疑問を解消しない内に、寝台の縁を探る様にアゼムの手が伸びる。
    アゼムの視界が塞がっていた事を失念していたヒュトロダエウスは、そのまま、こっちだよ、とアゼムの手を引き、寝台へと導いた。
    視界が塞がっているとはいえ、寝台の縁さえ見つけてしまえば、後は勝手知ったるアゼムの事だったので、そのまま流暢な動きで寝台に横たわる。
    この後どうするんだろう、と疑問を浮かべたアゼムの腹に、重さが加わった。ヒュトロダエウスがアゼムに跨ったのだ。
    「ヒュー?」
    「うん、これなら動けないし、より捕食されてる状態に近いでしょ。」
    「なるほど。」
    「じゃあ改めて…」
    始めるよ、という言葉に、先ほどの痛みを思い出し、アゼムが身を固くする。その様は、確かに草食動物の様だった。
    恐怖に支配されそうな親友を前にしてヒュトロダエウスは目を細める。
    胸の上でかき合わされてる手を片方取り上げ、その指先をチロリと舐め上げると、アゼムは困惑して目を瞬かせた。一瞬だけ目線がかち合ったような錯覚に襲われるが、次の瞬間には、焦点がまたぼやける。
    何をされるのかを、よく理解していない親友に少し笑いが込み上げてくると同時に、悪戯心が顔を出す。
    指先を舐め、音を立てながら吸い付き、そのまま軽く食む。ひゅ、と息を呑む音がする。
    それでもアゼムはいまだに身を硬くしたままで、緊張感が緩まない。
    手の輪郭をなぞる形で舌を這わせれば、その感覚から逃れたいかの様に身をよじる。
    ヒュトロダエウスは、空いている方の掌で太ももを撫ぜた。慈しむような、宥めるような手つきで、それはそれは緩慢な動きをしていた。
    アゼムはそれを、大丈夫だから落ち着いて、という意味だと解釈し、捩った身を元に戻す。
    「…気分はどう?」
    「どうって言われても…これ捕食じゃないじゃん。…くすぐったいよ。」
    「そう。じゃあ続けるから、アゼムはそのまま、どういう感じか逐一教えてね。」
    アゼムにとってそれは意味の分からない要求だったが、その要求を他ならぬ親友がしてきたのだから、何か意味があるだろうと思い、要求を了承する。
    そのまま指の背で頬をくすぐるように撫でられると、たちまちに安堵してしまった。それはまるで飼い主に構って貰えて喜んでいる飼い猫のように見えた。

    ヒュトロダエウスの指がアゼムの頬から離れ、首筋をなぞる。指先が先ほどの噛み跡を通過した瞬間、呻き声が上がった。
    「痛い?」
    「うーん、…じんじんする…。」
    「後で治さないとね。」
    後でということは、少なくとも今、治す気はないらしい。傷跡からそのまま降下していく指先は、ローブの留金にたどり着いた。
    慣れた手つきで外される留金と、それに呼応するのは衣擦れの音。
    重力にそのまま従うローブが、はだけ、日にあたることのない胸元が晒される。
    普段ローブで隠されている胸板は、あちこちにうっすらと皮膚が裂けた跡が残っており一体何をどうしたらこんなあちらこちらに傷を作ってくるのか、甚だ疑問だった。
    「これって…痛くないの?」
    指先が辿る元には、その中でも一際大きく、まだ比較的新しい傷跡があった。切り傷のようだが、切り口は随分滑らかである。研がれた金属によって付けられた傷だろうか。
    「確かに出来た時は割と痛かったやつだけど…今はもう全然。」
    あっけらかんとする親友とは対照的に、ヒュトロダエウスは珍しく片眉を上げてその態度に不満を示す。最も、この場でそれを認識出来た人間は、本人以外にいないのだが。
    代謝によって新しく生み出された皮膚は、周りのそれと比べるとかなり柔らかく、色も白い。
    真新しい皮膚の境目ををねっとりと指先でなぞると、アゼムの身体が跳ねた。
    「ーー…」
    見えていない筈なのに、バツが悪そうに視線を外す。その頬には、羞恥の色がありありと滲んで花を咲かせ、なによりも雄弁に今の心情を語る。
    アゼムの両手を取り上げ、そのまま頭上で、押さえ込む様に拘束すると、流石に不審に思ったのか、ちろりと伺うような目線を送る。だが、その視線がかちあうことはなかった。
    「んぅ、ちょ、えっ!?」
    次の瞬間、アゼムは混乱した。
    何か生暖かいものが、自らの体の上を這っている感覚に襲われたからだ。しかもそれは、先程ヒュトロダエウスに指摘された傷跡を執拗に這っている。
    くすぐったいような、痺れる様なもどかしさに、思わずつま先がシーツを掻く。
    飛び起きそうになるくらいの衝撃だったが、手を拘束され、組み伏せられているこの状況で、それを行動に移す事は叶わなかった。
    「ひゅ、なに、えっ?!」
    ヒュトロダエウスの呼気が皮膚を滑り、後れ毛の先が胸板をくすぐっているのを考えると、つまるところ、今アゼムの傷跡を辿る様に這っているのは、ヒュトロダエウスの舌先で、でもだからこそ、アゼムは理解が出来なかった。
    この行為には一体なんの意味があるのか、と。
    服を脱がされるのは、まだ分かる。何故なら野生動物は、服を着ていないからだ。
    拘束されてるのも、狩猟を完遂する為には、必要になるだろう。食料を目の前にして、逃げられてしまっては、食事は出来ない。
    だが、ここで噛みつかれるのであるならまだしも、舐められるのは、本当に分からない。
    だけど、自分の身体を何故か舐めている相手が、他ならぬ親友の一人である、ヒュトロダエウスである事、その一点がアゼムの口を止める。
    分からないままその行為に身を委ね、柔らかい刺激に熱が上がり、霰もない様な呼気が出る。…それが自分の声だという事実に、ますますアゼムは縮こまっていった。
    「…ひゅー、」
    「ん?なぁに。」
    それは喉から漏れ出た呼気のようにか細かったが、反射的なものではなく、確かな意志を持ってアゼムの喉奥から聞こえて来た発声だった。
    鼓膜を緩く震わした親友の呼び掛けに、ヒュトロダエウスは慈愛を持って応えた。
    「あの、これ、やめて、ほしい」
    「これって、どれの事?」
    歌うように返答し、ぼんやりした瞳に掛かっていた銀髪を除ける。新緑の淵に滲んでいる涙を指の背で拭うと、また一つ嗚咽が上がった。
    惑う様に瞳を泳がせ、羞恥に顔を染めながら、それでもアゼムは、か細く、舐めるの、とだけ呟く。
    ただ、その返答だけでは納得しないのか、ヒュトロダエウスは持て余してる方の指先で再びアゼムの身体を蹂躙し始めた。
    手慰みのそれは、今のアゼムには相当堪えるらしく、敏感な場所に触れられる度、一つ、また一つと熱の篭った呼気が上がる。
    「…どうして?」
    「…えっ、…なんか、んっ、こわくて…肉の内側を撫でられてるみたいでさ、ゾクゾクする…っ!」
    「ワタシ、恐怖の根源て未知から来ると思っているんだけど。」
    「…どういうこと…?」
    「その恐怖に名前を付けて定義したらいいって事。」
    ほら、と手の拘束を解かれ、そのまま引き起こされる。目が見えない状態だと、背面に支えがない状態はただの恐怖でしかなく、咄嗟にヒュトロダエウスの頭にしがみついた。
    アゼムは感触だけで自分達の今の体勢を思い描くが、顎の下にヒュトロダエウスの頭頂部があるのを考えると、どうやら今度はヒュトロダエウスの腿にアゼムが跨る形になったらしい。
    随分と際どい体勢になったが、この目眩しをかけた状態で背面が不安定になるのは避けたかった。
    ヒュトロダエウスの手が腰に回っているのも、安定性を考慮してだろう、と彼は何も言わずとして、親友の行動を、肯定的に捉えているのだった。

    「んっ、」
    それからアゼムは、必死になってこの感覚に名前をつけようとしていた。
    ゾクゾクするなら悪寒、と考えたが漏れ出る呼気の熱がそれを否定し、なぞられた跡が熱を持つのであれば火傷だろうかとも思案した。
    だが、火傷ほど苛烈な痛みはなく、しかしやはり、悪寒というには熱がある。
    自分の語彙力の中にあるものでしっくりくる言葉が見つからない、この底の見えない何かは、本当に何か名前がつけらるのであろうか。
    「どう?例えば、不快感とかはある?」
    見かねたヒュトロダエウスは、指先でアゼムの身体のあちこちを蹂躙しながら、一つ一つゆっくりと、その何かを解くための手がかりを差し伸べる。その指先が腰骨を掠めた辺りでまた熱のある声が上がった。
    「気持ち悪くは…ない、かもだけど…。」
    「そう。」
    語気を濁らせ、煮え切らない返事をするアゼムを、ヒュトロダエウスは楽しそうに見上げていた。
    アゼムの言い淀むその感情の正体に、概ね見当がついているが、敢えて言及はせず、ただただアゼムが自らの手で正解を掴むのを待つ。
    このむず痒い過程さえもヒュトロダエウスは一人楽しんでおり、彼の性分が善良なだけではない事が分かる。
    「ヒューに、触られるのは、…好きだし…っ」
    「ふふ、うん、ワタシも。キミと触れ合う事は好きだよ。」
    「でも、んんー、これは…なんか違う、っておもう…。」
    「普段のと今のこれ、何が違うの?」
    そう言ってヒュトロダエウスはもっと密着するように、アゼムを引き寄せる。
    その一瞬、アゼムは身体を固くするが、宥めるように上下する手つきは、優しく、慈愛を感じさせ、ゆったりとしているその動きは、こもった熱を緩やかに冷ます。
    この、思わず手を置きたくなるような、春の陽気のような空気感こそが、アゼムが知っているいつものヒュトロダエウスであった。安心しきって頬を寄せ、見えなくとも分かる、柔らかな薄紫のお髪に擦り寄る。
    野咲きのような仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐった。
    「いつものは、なんか安心する。…だってそれが"普通"だもん。でもさっきのはなんか…。」
    唸り声で言葉尻が切れる。だが、ヒュトロダエウスとて、せっかく捕まえた言の葉の尾っぽを逃すはずもなく。
    「言って?…ワタシ達は葦ではないだろう?」
    そうやって一言だけ、追い打ちをかける。
    少しだけ低くなった親友の声音に、何かを感じ取ったアゼムは、袋小路に追い詰められる様な気分で、おずおずと口を開く。
    「なんかーーー…うー…その、じょ、情交を結ぶ前みたい、だし…。」
    ついに口にしまったと、アゼムは内心、気が気でなかった。親友とのじゃれあいに、そんな邪な感情があっていいはずがない。
    ヒュトロダエウスも、きっと呆れているのだろう、その証拠に、先程の発言から黙りで、何も言ってはくれなくなっている。
    ヒュトロダエウスに愛想を尽かされる事は、アゼムの中では何よりも忌避したい事の一つであった。
    他の誰に何を言われようが、何をされようが、アゼムの心の端に触れる事なんていうのは稀だが、それが二人の親友だけは例外であり、アゼムの心の芯とも言える存在故に、弱点になりうる。
    無条件で寄りかかれる存在があってこそ、アゼムは各地を飛び回れるのだ。その片方に、愛想をつかれるなんて、翼の片方をもがれるに等しい。
    何か言って、なんでもいいから。アゼムは祈る様な気持ちで、首に回した腕に少し力を込めた。何も見えない状態では、ヒュトロダエウスの心情すらも覗けず、沈黙と焦燥感で胸が焦げる。
    「…キミ、そう言う類の恥じらい、あったんだね。」
    「…は、はぁ!?あるに決まってるじゃん!!僕の事、一体いくつだと思ってるのさ!」
    そんなアゼムをよそに、ヒュトロダエウスが示したのは意表であった。
    この反応は流石に予想していなかったアゼムもまた困惑し、声が裏返る。
    「ふふ、ごめんごめん。いつだって奔放なキミの普通は普通じゃないし、その逆も然りだからね。うん、ちょっと安心したよ。」
    一体全体、何を安心されたと言うのか、と喉まででかかったが、宥めるように髪を撫でられている所を考えると聞くまでもなさそうだった。
    生まれた年を考えればそれは確かに正しいが、いくらなんでも成人してもう大分経つのだから、この扱いは…不服だ。
    だが、それでも愛想を尽かされなかった事への安心感が勝り、気付けば、アゼムの目尻は熱くなっていた。
    溢れる前の雫をめざとく見つけたヒュトロダエウスは、それを指の背で拭ってやり、大袈裟だなぁ、どうしたの。なんていつもの口調で溢す。
    「…嫌われるかと思った、」
    「なんで。」
    「僕達は、そういう仲じゃ無いから。」
    「うん、そうだね。でも割と、ここと向こうの境目なんて曖昧なものだよ。」
    心音を確かめるように、耳を寄せれば。とくとくと脈打つ命の鼓動を感じる。その確かな命の煌めきを満足そうに噛み締め、朝焼けの様な薄紫の瞳が緩む。
    ひたり、とアゼムの背中に回ったヒュトロダエウス手が、肌に直接術式を描いた。
    「後でちゃんと還すからね。」
    「…っあっ!!!…ひっ、」
    そして突如、緊迫した悲鳴が上がる。
    それは先程までの、熱がこもった様な、雄の本能に訴えかけるものでなく、喉に異物が詰まるような、鋭く尖った、痛覚に響く痛々しいものだった。
    力任せに握られたローブが、手の中でくしゃりと歪み、発散させられない苦悶の慰み物になる。言葉にならない様な短い悲鳴が断続的に響き、落ち着きのない膝頭が何度もシーツを滑った。脂汗の滲む額を天井に晒し、肩の上下は今も激しい。
    様子のおかしいアゼムを前にして尚、ヒュトロダエウスはいつもの調子で、苦しいねと曰う。
    先程アゼムに施したのは、エーテルを吸い上げる類の術であった。
    無論、彼とて親友をくびり殺す趣味を持っている訳でなかったし、施したものも、生命を弱らせる事が目的のものであり、死に至らしめる様な効力のものではない。
    だが、それはあくまで調教し切れない魔法生物用のもので、人間に施す発想そのものが、一般の善き人達にはないだろうし、彼の視え過ぎる目の采配により、かなりギリギリまでエーテルが抜けてしまっている。
    アゼムは今や息をするのがやっとで、受け答えなんてまともに出来そうもなく、足りなくなったエーテルを求め、もがく。
    口の中が乾き、息を吸って吐くというだけでも喉がひりつくが、それでも呼吸を止める訳にはいかず、痛みに耐え忍びながら、かふりと息をした。
    「うん、そうだね、苦しいよね。終わらない苦悶が今、君を支配してるね。よしよし、頑張ってね。」
    悲鳴一つですら、上げたら絶命してしまうのではないかと思う苦悶に、アゼムは必死で耐えていた。だが最早、喉の渇きもエーテルの枯渇も限界であったアゼムは、強行手段に出る。
    指先に触れていた、ヒュトロダエウスの髪束を掴み、乱暴に引き寄せては、そのまま彼の顔面に唇を寄せた。
    舌先が顎にを捉え、熱い吐息を一つ残し、チロリと舐め上げ、目当てのものを探る。
    それが唇の端を探りあてた途端、こじ開けた唇の隙間から舌を挿し込み、貪るように唾液を吸い上げた。
    エーテルとしては、限りなく薄いものであるが、今のアゼムにとってはそれすらも甘露水と錯覚する位で、喉を鳴らしながら飲み下し、熱っぽい吐息に蓋をするように、また唇を寄せる。
    だが舌を動かす事にすらまだ慣れてない彼に襲い掛かるのは、味わったことのない未知の感覚。
    それを上手く受け止めきれずに咽せてしまい、こふりと息継ぎを挟んだその吐息が、前触れもなく震えた。
    その調が、無心の形を結ぶのを確かに聞いたヒュトロダエウスは、慈悲を持ってそれに応える。
    頭と腰を支え、盲目のアゼムに余計な衝撃が加わらない様に注意を払って、寝台へと押し返し、覆いかぶさる形でアゼムの身体を縫いとめた。
    そのまま重ねた唇は、隙間なんてないくらいにぴっとりとくっつき、先ほど交わしたものよりも、より濃密で夥しい量の唾液が重力に従い、アゼムの元に伝っていく。
    溺れそうになるのを堪えながら喉仏を上下させ、必死でそれを飲み干す様を、薄紫の瞳は、情交の時のそれよりも、だいぶ柔らかい色を宿しながら見下ろしていた。
    鼻から抜けた様な、甘さを滲ませる声が口内で木霊し、脳に響いてくるのを、彼はどう感じているのだろうか。

    「…アゼム…アゼム。…いいね?噛むよ?」
    息を切らしながら、そう告げるヒュトロダエウスは、彼の人へ終わりをもたらす者に成った。
    辛うじて自分の命を繋ぎ止めていた物が自分の元から離れていった事を、アゼムは惜しみ、やだ、とか細く駄々をこねたが、2人を繋いだ糸は切れ、代わりに最初付けられた傷跡とは逆の方に、熱い何かが降ってくるのを感じた。
    「ーーーーふあ…っ!!」
    それは肉を噛みちぎらんばかりの鋭さを備えていたが、アゼムには不思議と痛みが伝わらず、漸く終わりを迎える事に、悦びすら覚えてしまう。
    爪先がピンと立ったまま震えたが、その感情の置き所が分からず耐え忍ぶ形になり、その代わり絡まった形で繋がる指先の方に思わず力が入った。
    ぶつり、と何かの裂ける音がしたかと思えば、続いて短く繰り返される吐息が部屋中に響き、それがやがて声にすらならなくなった後、ヒュトロダエウスも疲弊したかのようにぐったりとアゼムの肩口に頭を預ける。
    彼の犬歯は、流れた血で真っ赤に染まっていた。
    「…はぁ、アゼム、大丈夫?…生きてるよね?」
    「…うん…でも、死にそう…。」
    ヒュトロダエウスは、肩で息をしながら、吸い出したエーテルを持ち主に返し、ついでに目眩しの術も解いた。
    血濡れた首筋は、とりあえず止血を施す。アゼムの銀髪が、自らの血に染まってしまった事だけが悔やまれた。
    「…どう?キミの疑問は、解消したかな。…って、聞く方が野暮だね。」
    「…どういう…こと…?」

    ふふ、と忍んで笑うヒュトロダエウスが、取り出したのは手鏡だ。
    そこに映った己の今の姿を、アゼムはまるで他人の様に感じてしまった。
    あちこちに残る慰みの跡は触れなくとも熱を持ち、好き勝手に蹂躙された身体が、思いの外に扇状的であった事に、今更羞恥の色が滲み、乱れて解け掛かった髪束が、どれだけの激しい波を超えたかを示す。
    極め付けは、もう視界は開けているというのに、ぼんやりと曖昧な光を宿した瞳だった。
    松の葉よりも深くくぐもったそれは、恍惚と見間違えるくらいに溶け、縁が滲んでしまっていたし、目尻乗る赤みが、熱に浮かされた証拠として確かに存在してしまっている。
    草食動物が最期に見る景色の一端がこれなのかと思うと、あまりにも無様で、屈辱的で、浮かばれない。
    だがアゼムは気付いてしまった。終わりをもたらす存在への、絶対的な服従感に。それは信仰ともよく似ている気がして、げに恐ろしい感情であった。
    一個人に抱いていい感情の範疇を超えてしまっている気がしたアゼムは、手近のブランケットを手繰り寄せて己の身体を包む。
    かの人の目を前にしてそれは意味のない行動ではあったが、それでも何か、全てを見透かしてしまうあの双眸から、自分を隠すものが欲しかった。
    それを知ってか知らずしてか、ヒュトロダエウスはアゼムが包まったブランケットごと優しく抱き寄せ、湯浴みでもしようか、と提案する。
    こんもりとした布の小山は、小さく頷き、ブランケットを被ったまま、手を引かれて浴室に消えていったのだった。
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