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    シメサバ

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    シメサバ

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    冴馬/SS/Xのテキスト版🍫
    バレンタイン回
    当たり前のように同棲させています
    ※途中までモブ視点
    (モブ視点切り替わり後から読んでも多分問題ないです)
    ※例によって何でも許せる方向け

    都内某百貨店、駅構内から直結五分の一階洋菓子フロア。その片隅のチョコレート店でのアルバイトを始めて、もうしばらく経つ。
     初めは短期の予定だったが、特に辞める理由もなくズルズルと続けていく間に、今年で数回目のバレンタインシーズンを迎えていた。シーズン半ばとあって、フロア全体は普段よりうっすらと賑わいを見せている。とはいえ現在は平日の昼過ぎ。まばらな客足に少々暇を持て余す。手元の台帳などをパラパラとめくっていると、ふと人影が目に止まった。
     飾り気のない服装をした長身の青年は、この時間帯にはあまり見ない客層だった。特段目立つ姿ではないが、何故だか目を引く。深めに被った帽子からはすっきりとしたうなじが覗いていおり、冬時期には寒そうだな、とぼんやり思う。
     たまたま通りかかった、といった感じの彼は、どこか所在なさげに辺りを見回している。なんとはなしに様子を眺めていると、すれ違った客に押されこちらのショーケース付近に流れ込んできた。偶然、カウンター越しに青年と目が合う。帽子の影に隠れていた表情は、思いの外鋭く、ハッキリとした顔立ちをしていた。

    「よろしければどうぞ、召し上がってください」
    「あ、いや俺は……。どうも」

     普段からの癖で、反射的に声をかけてしまった。試食用に切り分けられたチョコレートを差し出すと、青年は遠慮がちにそれを受け取る。
     すぐに去ってしまうかと思えば、青年は店前に留まり、少々興味ありげにショーケース内を眺めている。もしかしたら購入するつもりはなかったのかも知れないが、客足も少なく退屈を持て余していた身としては、この機会を逃したくなかった。

    「よければお選びしますよ」

     青年は一瞬逡巡した後、躊躇いがちに「それじゃあ、」と口を開く。聞けば、あまり普段はこういったものを買わないと言う。自宅用にせよ贈り物にせよ、折角ならば良いものを選んでもらいたい。柄にもなくやる気が湧き、接客のモードにスイッチを切り替える。

    「好みのお味などはありますか?」
    「そう、ですね……。あまり甘すぎない方が」
    「でしたらそうですね……」

     顧客の年齢、性別、食の好み、……加えてこちらの売り出し事情。一概には言えないが、ある程度おすすめの定番というものは決まっていた。そこから少しずつヒアリングを進め、希望にあった品を選んでもらう。あまり機会はないが、相談に乗りながらの接客はわりあい好きだった。会話を進め、いくつか選択肢を挙げる。
     とりどりに並んだチョコレートを見つめ、悩む青年の眼差しは真剣だった。何の確証もないが、なんとなく、自分のためというよりは、誰かのための贈り物なのだろうな、と想像できた。

    「もし普段お酒や珈琲を飲まれるのでしたら、この辺りもおすすめです」
    「ああ、それが良いかもしれないです」

    数点、相性の良いものを紹介する。どうやら思うところがあったようで、しばし迷った末に、候補の中からは、洋酒に合うと評判の良い、人気の一箱が選択された。


    「きっとお相手の方も、喜ばれると思いますよ」
     会計を済ませ紙袋を手渡しながら、そんな言葉がすべり落ちる。相手方のことなど聞いていないのに、どうしてか彼の様子を見るとそう思えてしまい、思わず口に出してしまった。

    「……ふふ、そうだといいんですけど」

     一瞬だけ目を丸くした後、そう言って控えめにはにかむ青年の笑顔は、初めの印象とは随分違って見える。少々ドキリとさせられるような、やわらかい笑みだった。こんな表情が見られるのならば、販売員冥利につきる。そんな大袈裟なことを思いつつ、密かに彼の今後の幸せを願う。
     青年は軽く礼を言って、小さな紙袋を片手に去っていった。


    「……いいなぁ」

     背中を見送りながら、思わず呟く。あの青年のチョコレートを受け取る人は、一体どんな相手なのだろうか。行き交う人々を眺めながら、想像を巡らせる。退勤までは残り数時間。不意に出会った素敵なお客の笑顔を思い出しつつ、仕事に精を出すのであった。

    ◇◇◇

     さっきまで妙に重たく感じたその袋は、結局彼の手の中にあっさりと収まってしまった。

     ローテーブルに置かれた小さな紙袋。本来買うつもりも渡すつもりもなかったそれを目の前に、馬場は腕を組み考える。さて、これをどうするべきだろうか。
     何というべきか、少々浮かれすぎているような気がして、世間がバレンタインムードに包まれていても、自分が恋人にチョコレートを渡すことなど考えてもみなかった。偶然の成り行きとはいえ、柄ではないことをしてしまったと内省する。
     冴島と恋愛関係になってから、いやそれよりも前から、彼は時折理由をつけては、何かと馬場の世話を焼いた。それはささやかなことから、互いの人生に関わるものまで。慣れない身には、有り余る幸せがどうにもむず痒く、与えられる気持ちにどう答えるべきなのか、生活を共にするようになっても未だ正解はわからぬままだった。
     自分なりに、良い関係性は保てているとは思う。それでもなにか少し、自分から捧げられるものが欲しかった。
     そういった背景もあり、たまには己の意志で、季節行事にかこつけた贈り物の一つくらいしてみても良いのではないかと、つい思ってしまった。たまたま通りかかった店で、冴島のことを思い浮かべながら、納得して商品を買った筈だった。それなのに、その些細な贈り物一つで思い悩んでしまう自分が情けない。
     自分で食べてしまうのも気が引ける。ならば潔く渡せばいいものの、負担にはならないだろうか、気に入ってもらえるだろうか、後ろ向きな思考が頭の周りをもやもやと包む。答えはとうに出ているはずなのに、いつまで経っても自信がなかった。

     そんな風に時間を浪費しているところを、いつの間にか帰宅していた冴島に見つかった。「何してるんや」と問われれば言い訳のしようもない。意を決して、「少し早いですが、」と添えて素直に彼宛の贈り物として渡せば、彼は少し驚いたような顔をしたあと、眉間を緩めて笑った。
     
    「バレンタインチョコなんて縁遠いもんやと思っとったけど、いざ貰うと嬉しいもんやな」
    「……店の娘とかから貰いません?」
    「それとこれとは全然ちゃうやろ」

     おおきに、と嬉しそうに微笑み、袋から箱を手に取る。表に巻かれたリボンをほどき、包装紙を開ける仕草は丁寧で、そういうところも好きだな、と考える。中には見本で見たものと同じように、シンプルなデザインのチョコレートが並んでいた。渡してしまった手前、味の反応が気になり、そわそわとした気分になりながらグラスの用意をする。ソファに座り、チョコレートを口に運ぶ冴島を横目に、隣に腰掛ける。
    「お、美味い。馬場ちゃんも食うてみ、ほら」
     一粒つまんだチョコレートを、手ずから口元に差し出される。餌付けのようで少し気恥ずかしかったが、そのままいただくことにした。甘くほろ苦い味が口の中に広がる。
    「うん……、美味いです」
    「な。ええやつっぽい味するわ」
    「口にあったようなら良かったです」
    「わざわざ選んで買うてきてくれたんやろ。嬉しいわ」
     ストレートに感謝の気持ちを伝えられ、喜びと安堵感に胸を撫で下ろす。気に入ってくれたのか、上機嫌で話をしながら、時折、甘さを共有するかのように、チョコレートがこちらにも分け与えられる。箱の中の数が減っていくのに合わせて、他愛もない時間がゆるりと流れていく。悩んでいたが、渡すことができてよかった。そう考えながら、隣の横顔をそっと眺める。
     小さな文字で書かれた説明書きを手に取り、少し目を細めて読む姿が、心底愛おしいと感じた。

     気づけば空になってしまった箱を片付けながら、冴島が呟く。
    「お返しなにがええかな」
    「いや、俺が勝手に買ってきただけですから。気、遣わないでください」
    「そうもいかんやろ。それに、こういうの考えんのも、結構楽しいもんやで」
    「……そういうもんですか?」
    「ん、そういうもんや」
     馬場ちゃんは遠慮しいやからなぁ、と笑う顔は、確かに心なしか楽しそうに見える。
     お返し。頭の中で反芻するも、返してもらえるようなことなど、何一つしていないのに。こうして隣で、数時間でも、数日でも、共に時を重ねることができることが、それだけで贅沢すぎる程充分だった。それでも、その気持ちが素直に嬉しく思えて、そのまま受け止めたいと感じた。
    「じゃあ、その、楽しみに待ってます」
    「おう。それでええ。……またなんか色々考えとったやろ」
    「そんなことないですよ」
     どうやらこちらが考えていることなど、何もかもお見通しのようだった。この人の前で取り繕いなんて意味を成さないな、なんて、いつも分かっていることなのに。素顔に触れられるようなその優しさに、今日も甘えてしまっている。
     彼の側で過ごしているこの日々が、全て甘い夢なのではないかということを、時折考える。それこそチョコレートのように、甘い思い出だけを残して、そのうちに解けてなくなってしまいそうで、時が経つ度に少しだけ怖くなる。
     それでも、今肩越しに伝わるぬくもりも、向けられている笑顔も確かなもので、無くしたくないと思った。きっと冴島も、同じ思いを抱えながら、自分と向き合ってくれているのだろう。

     ひと月後の春の訪れを、少しだけ待ち遠しく感じた。
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