Love letter in your heart「今日のデート楽しかったね!」
『やっと終わったよ、ダルかった』
「はい、はい……承知しました!午後確認します!」
『それくらい自分で確認出来んだろクソ部長が』
広場のベンチに座って掛けていたサングラスを少し下げ、辺りを見回すと人と文字がごっちゃになって見えた。
あのカップルは長続きしなさそうだし、あのリーマンは頑張れとしか言いようがないな……。
次第にそこらに居る人の周りに文字が浮かんで来て少し気持ちが悪くなってきた。サングラスを掛け直してため息を吐く、こんなことになってからため息ばかり吐いてる気がする。
「っ!冷たっ!」
「悪い、待たせたな。はい、コーヒー」
急に頬に冷たい感覚がして何かと思ったら自販機に飲み物を買いに行ったイヌピーが戻ってきた。
「サンキュ。遅かったな?」
「これこれ」
「かき氷?」
少し大きめのカップに山盛りの氷がそびえ立っている。
「二色?何味?」
「ブルーハワイレモン」
「爽やかそうなの選んできたじゃん」
隣に腰掛けてもぐもぐとかき氷を食べるイヌピー。
オレも受け取ったコーヒーの缶を開けて飲む。メーカーや味に特にこだわりはないけど、毎回イヌピーはこの缶を買ってくるから気にってはいる。
「ん、ココも食べろ」
「貰う」
缶を一度置いて、カップとストローのスプーンを受け取って何口か。体の中から一気に冷えて気持ちが良い。
「どうだ?二日ぶりの外は」
「今日暑くね?去年こんなだったか?」
「暑いよな。でもサングラスがサマになってる」
「はは、あれからずっとだもんなこれ。ようやく出番って感じか?」
「……少しはマシになんのかそれ」
「だいぶ。掛けてると掛けてないじゃ大違いだよ」
……あれからとか、マシになるってのは、人の考えていることが文字になって見えるようになった話のこと。
何が原因でこうなったのかは見当がつかない。ただ急に人の周りに文字が現れて、それがその人の考えてることだって気付いた。
最初は気のせいかってレベルだったのにいまでは視界に入る人全て現れるようになった。人通りの多い場所に行くともう最悪、視界全体が文字でぐちゃぐちゃになって気分が悪くなる。
以来自分から外に出ようとするのはやめた。それを心配したイヌピーがたまにこうやって外に連れ出してくれる。
幸いにも現れる文字は暗めだから、酷くなってからは家でもサングラスを掛けて生活するようになった。一番見ちゃいけないっていうか見るのが怖い相手が一緒に住んでるからな……。
「……ココ」
「ん?何?」
イヌピーの顔を直視しないように受け答える。
「この後買い物するか?」
「だな。誰かさんが人のアイスまで食べるから買い足さねぇと」
「バニラはオレのだって言っただろ」
「バニラはバニラでもあれはクッキー入ってるやつだ。三つずつ買ったのに四つも食べやがって…」
「クッキー美味かったな」
「だろ?あのしっとり……って話変えたなイヌピー」
「ふっ」
まぁこの調子ならイヌピーの考えてること見ても大丈夫なんじゃないかと思うけど、万が一知られてほしくないことまで見てしまったらオレも良い気分はしないし。
イヌピーの知られたくないことかぁ……やっぱりあるよな。
「?どうしたココ」
「いや、なんでもねぇよ」
べーっと舌を出して誤魔化す。
「舌青い」
「ブルーハワイ効果だな。もう少し食べたい」
症状がいつ落ち着くかは分からないけど、落ち着けば何も気にせずに過ごせる日がまた来るからそれまでの辛抱だな。
缶やカップをゴミ箱に捨てて広場を後にする。いつものスーパーに向かい買い物を済ませて帰路に着く。
今日は陽射しを浴びたからか体が凄く軽いし、気分が良い。
「……疲れた……重かった」
「ワリィ、つい……」
買い物中、食品以外もあれこれ買い足さなきゃいけないことに気付いてカゴに入れてたら凄い量になっていた。
家までそんな距離ではなかったけど、この暑さの中無事に帰宅出来たのは良かったと思う。
「シャワー浴びてきていい?汗凄い」
「いいよ、オレもその後入るわ」
イヌピーがシャワー浴びてる間に買ってきたものを仕分ける。そうだ、アイス……さっきは冗談気味に話したけど、これだとまた一つ多く食べそうだから今度は名前書いておくか。
イヌピー ココ とそれぞれに記入して冷凍庫にしまう。
他の物も冷蔵庫にしまって、買ってきた新発売のお茶を一口。まぁまぁ美味い。あとは洗剤とか、さっさと詰め替えるか。
脱衣所に行くと浴室からシャワーの音に混ざってイヌピーの鼻歌が聞こえる。
「あぶねぇ、洗剤あと一回分じゃん」
洗濯用洗剤のボトルを見てみるとほぼカラに近い状態だった、買って正解だったな。詰め替えたあと一通り整理整頓してシャワー中のイヌピーに声をかける。
「イヌピー?イヌピーのシャンプーまだある?」
しかし聞こえてないのか返事はない。
「イヌピー!聞こえ……おわっ!」
「あるよ」
突然扉が開いてぬっとイヌピーが出てきた。サングラス越しでも少し分かる、イヌピーの周りに何かモヤモヤと現れた気がして咄嗟に目を逸らす。
「あ、あるのか、それなら棚にしまっておくな?」
「……」
「どうした、イヌピー?」
「いや……もう少ししたら出るから」
「分かった」
扉が閉まって一呼吸おく。危うく見てしまうとこだった。シャワー浴びる準備でもしておこう、それでいつもどおりに過ごせば何の問題もない。
部屋で着替えを出しているとペタペタと足音が聞こえてきた。これ多分さ……。
「イヌピー!ちゃんと拭いて出てこいって何度言ったら!」
「部屋着取ってから入るの忘れた」
「関係ないだろ!タオルはあるんだから拭け!」
「脱衣所あちぃじゃん」
「そうだけどさぁ……オレ入るから床拭いておけよ?あとちゃんと髪も乾かすこと」
自分のことはあまり拭かないのに床はしっかり拭いてくれるから、良いのか悪いのか。とりあえずはこの汗ばんだ体を早くスッキリさせてしまいたい。
浴室の扉を開けると、イヌピーが愛用してるシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。
「はー、クーラー気持ち良いな……」
「クーラー凄い……」
風呂上がり、髪を乾かしてベッドに二人並んで腰掛けてクーラーの風に当たる。
「なぁココ」
「んー?」
「……そうなってからさ、全然オレの顔見てくれなくなったよな」
「……」
急に痛いところを突かれて言葉が出ない。
「何で?」
「……何でってそりゃ、イヌピーにも知られたくないことあるだろ」
「オレが何か隠してるって思ってる?」
「そうは思ってねぇけど……やっぱり怖えじゃん、好きな奴の本心知るの」
本当は知りたいけど、一度知ったら後戻りが出来なくなるから。言葉だけで充分。
「……それ禁止」
「えっ、ちょっと!返して!」
不意打ちでサングラスを取られてしまった。咄嗟にイヌピーから顔を背けたけど、肩を掴まれて向き合わされる。そして。
「っ!」
「……ちゅ」
唇と唇が重なった。そういえばこうなってからずっとしてなかったな。
「オレを見てよ、ココ」
「……良いの?知られたくないことまで見えるかもよ?」
「ココには全部知ってほしいから」
「……うん」
恐る恐るイヌピーと視線を合わせてみる。久しぶりにしっかり見たイヌピーの顔は凄く綺麗で微笑んでいた。
次第に周りに文字が浮かび始めた。
『ココのシャンプーの匂い好き』
「どう?」
『ココ可愛い』
何度見ても、何度文字が変わってもそれは全部オレに関することだった。
『ココ好き』
「かなりその……はずい……ってか」
「え、嘘、マジ?」
「イヌピーが見回したって見えないだろ」
「お、笑った」
『笑った顔も可愛い』
なんだ、全然じゃん。何を怖がってたんだろうオレ。
「な?言っただろ?何も隠してないし、ココには全部知ってほしいって」
『久しぶりのココの顔。キスしたい』
「うん」
「だから家でサングラス禁止な、文字邪魔かもしれないけど」
『キスしたい』
「う、うん……あのさ、イヌピー」
「何?」
……思ったけどこれはある意味地獄だったりするのか?
「さっきから言ってることと考えてること、全く違うけど……」
「んなわけないだろ」
「……でも、オレもしたい!」
今度はオレからイヌピーにキスをする。
「これでイヌピーはオレに隠し事なんか出来なくなったな?」
「隠すことがないからね」
『ココ好き、大好き』
「どうだかなぁ?」
「当たり前だろ?全部知ってよ。だからさ、ココ……」
おでことおでこがくっついて視界全体がイヌピーだけになった。
「ココのことも全部教えて?」
「……良いぜ」
そう答えて三度目のキスをした。
「……にしても暑くね?」
「夏越せる自信ねぇよこれ……」
イヌピーの本心を見てから数日。外では文字だらけになるからサングラスは付けてるけど、家では外すようになった。
ところが思ってる以上にイヌピーが考えてることは真面目、素直、直球。嬉しい意味で前より悩んでるってレベル。
「あーかき氷食いてぇ……」
「またブルーハワイレモンか?」
「うん」
「はは、どんだけ好きなんだよ。家にもまだアイスあるんだぞ」
まぁ、いまそれがすっげぇ幸せだけど。
「ココ、前よりよく笑うようになったな」
「そうか?」
「オレのおかげだな」
「ったく、よく言うなそれ……ん?」
ふとイヌピーの周りに文字が現れた気がする。サングラスを外して読んでみると……。
「……なぁイヌピー、またオレのアイス食っただろ」
「いちごはオレのだって言ったじゃん」
「いちごはいちごでもあれはストロベリーチーズケーキだ!今回は名前書いたから言い訳はさせないぞ」
「やべ、バレた」
「っ!この……っ!」