浴衣とスイカ夏の日の夜。
狩猟は昼夜関係なくあるものだが、愛弟子は久しぶりに狩猟をお休みし、自宅で涼んで過ごしていた。
寝転がり、うちわでゆっくりと自身を扇げば、ぬるい風が頬を撫でる。
狩猟の時は気にならない程気を張っていたが、ひとたびこうして気を抜いてしまえば、夏の暑さを嫌でも感じてしまう。
このまま寝てしまおうかと布団替わりの薄布をかけ、まどろむ意識に身を任せようとした時。
「その恰好で寝るのは感心しないな。」
耳元で聞こえた声に、一気に覚醒する。
見上げるとそこには教官の顔があった。
「戸が開けっ放しになってたよ。平和な里だし、暑いのはわかるけど、寝る時は戸締りしようね。」
にっこりと、やんわりと、注意される。
「どうしたんですか、教官?こんな時間に…」
「すごく大きいスイカを頂いてね。早く我が愛弟子に見せたくて、持ってきちゃった!」
見ると、教官の傍らには大鍋サイズの大きいスイカが横たわっていた。
「……本当に大きいですね。」
「そうなんだよ!せっかくだから一緒に食べよう?」
よく冷えてるんだよ、と包丁とまな板、皿を取りに行く教官。
相変わらず、勝手知ったる我が家のように振る舞う教官。
そして今食べるのが決定事項になっている今の事態。
まぁ指摘してどうにかなる事でもないし、寝るにはまだ早い時間だ。
言われてみれば喉も乾いていたから、スイカは丁度いいのかもしれない。
スイカに触ってみると、確かにひんやりと冷たかった。
ごくり、と愛弟子の喉が鳴る。美味しそうだ。
暫くして、スプーンだけ手に持った教官が戻ってきた。
「さすがにこのサイズのお皿はなかったから、このまま食べちゃおうか。」
「え?良いですけど、どうやって…」
スパン!
…と音がしたかと思うと、大きなスイカは綺麗に真っ二つに割れていた。
「おっとっと」と、すぐさま畳に汁が垂れないように割れたスイカを起こす教官。
「汁、掛かってない?大丈夫?」
「だ、大丈夫です…。」
この人、手刀でスイカ割ってる…。
「それならよかった。はい、どうぞ。」
にこやかに割られたスイカとスプーンを愛弟子に手渡す教官。
スイカ半分をスプーン食べするという贅沢な夜食だ。
「夜食にしては、多いですね。」
「食べきれなかったら、残していいからね?残りは俺が食べるから。」
「いえ、食べきれそうです。」
そう言いながら「いただきます。」と食べ始める愛弟子。
一口食べると、清涼感のある甘い果汁で口の中がいっぱいになる。
「…!このスイカ、すごくおいしいですよ!」
「そっか、良かった。俺も食べようかな。」
でもその前に、と愛弟子の胸元へ手を伸ばす教官。
「浴衣、乱れてるよ。」
そう言って、衿を直してくれた。
そうだ、浴衣が売っていたので、買って着替えたのだった。
そこでふと気づく。
……今、どれだけ乱れていた?どれだけはだけていただろうか?
確かに先ほどまで風の通っていた胸元が、今は衿を正され風が通らなくなっている。
もしかしたら、想像以上にはだけていたかもしれない。
……今更これ以上考えても良い事はなさそうだ。
「……どうも。」
とだけ返し、火照った顔を冷ますべくスイカを頬張った。
「ふふ…浴衣、涼し気で似合ってるね。」
と、微笑ましそうに見守った教官も、口元の鎖帷子を下ろし、同じようにスイカを頬張った。
「本当に美味しいスイカだね!いくらでも食べられそうだよ!」
「そうですね。」
それから、話に花を咲かせながらスイカを食べ進めた。
昔は『種を飲んだらへそから芽が出てくる』という迷信を信じこみ、種を飲んでしまったと泣きながら助けを求めてきた事もあったね、と教官が言うと、そんな昔の事忘れました、と頬を染めた愛弟子が返す。
「それから昔は縁側から庭に種を飛ばして、そこから芽が出ないか目を輝かせていたキミが可愛かったな。」
「昔の話ばかりですね。」
「もちろん、今のキミも可愛いよ!」
「かわ…っ!?…ごほん、自分はもう大人ですので。可愛いというのはちょっと…。」
「大人になったら可愛いと言っちゃダメなのかい?」
「ぐ……いや、もういいです。好きに呼んでください。」
「もちろんだよ!可愛い我が愛弟子!可愛いといえばこの間の狩猟の…」
「あの時は入れ替え技を試して…」
結局、狩猟の話になっていく。二人ともワーカーホリックなのだ。
教官の淹れたお茶を飲んで一息つく二人。
傍らには綺麗に白い部分が見えるスイカの皮の器が二つ。
「美味しかったですね。ご馳走様でした。」
「スイカをくれた人に感謝だね!」
片付けてくるよ、とお茶やスプーンの入った皮を下げて奥へ向かう教官。
さすがに大きなスイカ半玉を一気に食べたらお腹いっぱいだ。
夜も遅くなってきたし、何だか眠くなってきた。頭が働かない。
教官が片付けを終えて戻ると、そこにはすやすやと寝息を立てる愛弟子がいた。
「その恰好で寝るのは感心しないって、言ったんだけどなぁ。」
教官の目に映るのは、はだける胸元や隙間から覗くスラっとした脚。
ごくり、と教官の喉が鳴る。美味しそうだ。
一度目を瞑り深呼吸した教官は、愛弟子を抱き上げ布団に寝かせ、布団をかけてやる。
「おやすみ。可愛い可愛い、俺の愛弟子。」
今はまだ我慢するけど。いつか食べさせてね。
そう呟きながら愛弟子の頭を優しく撫でて。
「スイカは体が冷えるから、しっかり暖かくしないとね。」
朝起きたらどんな顔をするだろうかと気を躍らせながら、愛する弟子を抱き寄せて共に眠りについた。