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    蒸しパン

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    蒸しパン

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     天候は左右できない。時期を見ても、予報を見ても、完璧に次の空模様を知ることはできない。こればっかりは、災難だとしかいいようがないな。

    「、やまないですねぇ」
    「そうだね。午前中は晴れてたんだけどなぁ」

     雨がポツポツと降り出してすぐに駆け込んだ喫茶店。店内のBGMは何かの、落ち着いた曲が流れていて。コーヒー豆を挽く音と共に悠揚たる雰囲気を演出していた。お客は少なく、俺たちの他に2組ほどいる程度だ。
     ここに座ってからこれ30分は経っている気がするけど、一向に止む気配はない。それどころかどんどん雨足は強まって、窓にはびたびたと水が叩きつけられている。

    「もう諦めようかなぁ。タクシー呼ぶから、帰っちゃいませんか」
     5分ほど、じっとスマホを眺めていた彼がはそんな提案をする。確かにこのままここにいても仕方ない気はするが。乗る時、降りる時の濡れはもう諦めるべきか。通雨のような気がしないでもない。

    「そうする? 俺はどっちでもいいけど、止まないのかな」
    「止みそうもないんですよねぇ」
     朝は晴れ予報だったのに、ねぇ見て、ずっと雨予報ですよ。

     画面をこちらに見せてくる彼の顔を見つめて、次にその表示された傘マークへと視線を移した。15時、17時、と時刻ごとに表示があるけど、変わらず傘がついている。どうやらこの辺り一帯、終日こんな感じらしい。
    「タクシー呼びますね」
     慣れた手つきで画面を操作すれば、それで呼べたことになったらしい。電話とかしなくていいんだ。
     彼にしては事を急いている、とは思ったものの、俺もなるべくならこの濡れたコートくらいはなんとかしたい、なんて気持ちがあったから丁度良かったかもしれない。

     どこかで不安げに下がった眉を見て、15分ほど。
     到着したらしいからと席を立てば、外はバケツをひっくり返したような土砂降りになっていた。アスファルトの上には水溜りができていて、それを勢いよく車が走っていくものだから、時折飛沫がかかる。これは流石に歩きでは帰れない。

     乗り込むのにもそれなりに濡れてしまう。シートまでぐっしょりと濡れているのを軽く謝罪しながら、運転手さんに行き先を告げる。彼は隣で黙ったままだ。
     ハンカチを握りしめて、俯きながらぎゅっと目を瞑っていた。

     ホテルの部屋に着く頃には、服も髪も靴の中までもすっかり濡れてしまっていた。ある程度はコートで弾けるけれど、ズボンはダメだ。俺は別に構わないけど、彼の場合はこのままでは風邪を引いてしまうのでは。
    「シャワー浴びておいで」
     脱衣所へ押し込んで扉を閉じる。タクシーからもそそくさと降りていってしまって建物の中に逃げ込んだ様子はいつもとはどこか違う。変な詮索をするべきではないと言うか、余計なことを考えるべきではないけれど。
     それでもやっぱり気になるよな。どうせ今日はもう外には出ないんだろうし。明日体調の悪い状態での長距離移動は可哀想だ。

     窓の外からは相変わらずざあざあと雨音が響いて聞こえて、遠くの方でごろごろと重たい音がしているのがわかる。近いうちに落ちそうだ。濡れてしまったコートだけ脱いでハンガーにかける。
     手持ち無沙汰を感じていたら、かなり大きな雷鳴が轟いた。予想は大当たり。随分近いところで落雷があったようだ。耳鳴りがする。
     まだ少しゴロゴロとした音が聞こえる中、ドアが開く音と共に彼が戻ってきた。
     髪の毛からはぽたぽたと雫が落ちて、肌や服を伝って床に落ちる。全く濡れたままの姿は、慌てて拭ってきたようで、服を着ただけにすら見えた。
    「、寒くない? 風邪ひいちゃわないかな」
     暖房はつけたとはいえ、このままじゃすぐ冷えてしまうだろう。
     バスタオルを手にしようと背を向けた瞬間、また雷鳴が響く。今度は先程よりも大きい。それから、背中側に体温と、濡れて冷えたような感触がした。あまりに思わぬ感覚に、抱きしめられていると気づくまでに時間がかかった。

     何も言わないまま。何事かと思ったけれど、ただ後ろから回される腕が震えているのはわかった。もしかして。
    「雷ダメだったり……?」
     返事はない。でも、それが何よりの答えだと思う。早く帰ろうとしていたことや、様子のおかしかったこともそれで説明がつくからだ。
     多分、あの時はまだ大丈夫だったのだ。タクシーに乗る前くらいまでは。ちょうど建物に入ったあたりから少しずつゴロゴロ言い出したから。今はもう無理なんだろう。

     とは言え、このままではろくに身動きも取れない。とりあえず体を捻って向き合うようにすれば、怯えきった瞳がこちらに向いた。それで、またひとつ雷が落ちる。それだけで、びくりと体全体が跳ねる。こんなに怯えてる姿は初めて見た。普段なら隙がなく余裕たっぷりで、すこし取り乱したこともあったけれどすぐ後には平然としていた。今はなんだか、小さな子供みたいだ。ぎゅうと抱きついてくる彼を受け止めながら、俺はどうしていいかわからずに、しばらくそのままでいるしかなかった。

    「とりあえず、さ。立ちっぱなしじゃよくないでしょ」
     ソファに移動して座らせてみたけど、それでも離れる気配はなかった。
    「……いつもどうしてるの」
    「、お布団、籠ってます。おっきく音楽流して……鞄とって、ください」
     ローテーブルに置かれた荷物。少し手を伸ばせば届く距離。手持ちの鞄を手渡せば、その中からイヤホンを取り出してスマホに挿す。いつもの対処法がそれなんだろう。
     どうすればいいかわからずに、隣に座ってその様子を眺めている。まだ指先が震えている。とても可哀想に思えるけれど、不用意に触れたりなんかしたら一発アウトだろう。ただでさえ一度やらかしているのに、これ以上警戒されたら後がない。
     だから、こう。できれば離して欲しいんだけど。目に涙を浮かべて縮こまる様子を見てそんなことも言えないな。
    「布団、入る? 寒いんじゃない、そのままじゃ」
     なるべく圧をかけないように。できるだけ優しく。できる限り穏やかな声色でそう尋ねれば、ゆっくりと顔を上げてこちらを見つめた。
     首を縦に振って肯定し、ふらふらしながらベッドへ向かう。そしてすぐにもぞもぞと潜り込んでしまった。顔も体も見えない。心配ではあるものの、とりあえずは大丈夫、なんだろうか。
     結局濡れたままで、熱が出ないといいけど。外からは未だ変わらず重い雨音と雷音がした。なるべく早く止むならその方がいい。このままじゃ最悪停電なんかもしかねないし、俺も風呂に入ってこようか。

    「潜ってると寝てるかどうかわからないから。……寝れそうなら寝た方がいいし、電気消しておくね」
     暗くなった部屋で、俺は静かにバスルームへと向かった。
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