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    蒸しパン

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    蒸しパン

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    ディーディリヒ君と愉快な長兄たち
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     ユーリア君には意外とお友達がいたらしい。今日はご近所さんに誘われてランチへ行ってしまった。いつも暇をしているんだし、気の合う人と、自分のことは気にしないでと言ったのはそもそも俺だし。楽しんでくれるといいな。なんて、それは恩着せがましいか。
     自分の昼飯はどうしようか。何か食材が余っていたら適当に作ろうと思っていたけど、昨日のうちにちょうどよく使い切ってしまったような気がする。ユーリア君からお昼ご飯を写真に撮って送れと言われているのだ。ある程度マシなもの食べないと楽しむものも楽しめないだろうし。かといって。
    「どうしよっかなぁ……」
     彼が食べる食事のために食材を買いに行くのは苦じゃない。けど、自分のためとなると話は別だ。というか外寒いし。どうせ買い物は行くんだけどもうちょっと気温上がる昼過ぎにしたいというか。
     キッチンで冷蔵庫のドアハンドルを掴んだままうだうだ考えていると、チャイムが鳴った。ユーリア君が忘れ物でもしたのかと思いながら扉を開けると、そこにはやたら顔の整った男が立っていた。郵便でもなく集金でも詐欺でもなく、体格のいい男。……誰だこの人。
    「だっ、誰だお前!」
     男は目が合った俺を見るや否や大きな声を出した。え、なに。誰この人。思わず声が上擦る。不審者。だったら話は早いんだけどこの場合はもしかしたら。いやでも。
     一旦ドアを閉めてしまおうと力を込めた瞬間、2人目に現れた男がそれを阻止する。
    「Bonjour. やぁ、ユーリアは不在かな?」
     その男はユーリア君から写真を見せてもらったことがあった。ユーリア君のお兄さんだ。ユーリア君は時折家族の話題を口にする。お世話になってるお家には血はつながらないけど家族がいて、兄が2人、妹が2人いると。迷わず家にたどり着いてインターホンを押したところ。外見特徴の一致。ユーリアという名前を出した。これは間違いなくお兄さんだろう。
    「不在、です。あの用があるなら預かるけど……」
    「構わないよ。僕は君に会いに来たんだ」
    「はぁ!? 俺はユーリアに会いに来たんだけど」
    「残念だけど今日はお出かけだって」
     何なんだろう、この人たちは。ひとまず中に入ってもらってお茶でも出すか? いや、家に俺しかいない状況でこの人たちを家にあげるのはちょっとハードルが高いような。
     悩みながらもドアノブから手を離したタイミングでお兄さんの方が俺を押し退けて中に入ろうとする。ちょっと待てと再び力を入れるももう遅かった。力では確かに敵わないことないかもしれないけど、よりにもやってユーリア君の身内だから。あんまり悪いイメージつけたらよくないだろう。どうしよう。
    「そんなに警戒しないでおくれ。ちょっと様子見に来ただけなんだ、ちょっと立ち寄っただけ」
     困ったような表情で弁解する。様子見に来ただけって、何しに来たんだろう。よくわからないけど。
     お兄さんたちは俺に構わず家の中にズカズカと入っていく。
    「申し遅れてすまない。僕はリアム・コシュマール。2区でオートクチュールデザイナーをしている」
     よくユーリア君が話す方の人がにこやかに名乗る。服をよく送ってくれるから知っている。ユーリア君は学生時代から兄から服をたくさん貰うんだと言っていた。というか、多分色々お世話になっているような気がする。ところどころで聞くのだ。兄を頼ったという話を。
     デザイナー、と言っただけあって本人もすごく華美な感じだ。もう1人はなんだか居心地悪そうに後ろで控えている。ユーリア君のお兄さんにしてはずいぶん大人しそうというか、寡黙な人のように見えた。
    「君にも常々服を仕立てたいと思ってたんだよね! 背高いし! ね!」
    「あっいや俺は汚しても大丈夫そうな服のほうが、」
    「デート用の服だと思ってクローゼットに入れておけばいい!」
     ユーリア君のお兄さん、リアムさんは俺に構わず喋り続ける。俺に合いそうな服の形とか、作りたい服とか、ユーリア君の好みとか。色々聞かれたけど、俺は服のこととかよくわからないし。最近はずっと適当な服を着回しているから、今更スーツとか着てもシャキッとしなさそうだ。
     リビングに自宅のように腰掛けたリアムさんと、もう1人のお兄さんは、やっぱり自分の家のようにキッチンへ向かった。飲み物を用意してくれるらしい? 俺がやるべきなんじゃないかと思ったけど、一歩近づいたら無言で睨まれてしまった。それから、背負っていたリュックからは大きな紙袋が出てきた。
    「ごめん。彼人見知りなんだよね」
    「あ、ああ……。少し立ち寄っただけ、って何か用事でも?」
    「末の妹の保護者面談だよ。ちょ〜っと問題児でね、でも放課後だから今少し暇なんだ」
     16時の予定だからあと1.2時間はここに居座るよ。とウインクして指を唇に当てて笑う。先ほどの挨拶はフランス語だったか、そんな仕草が様になる。というか、見た目の派手さとは反対に、性格は落ち着いているなと思った。話に聞いてたよりはまともそうだ。ユーリア君がお兄さんのことをとんでもない変人だと言っていたから身構えていたんだけど。
     あと、すごく癖のない標準ドイツ語だ。うっすら感心していたらすぐに見透かしでもしたかのように、あれだけわかりやすく方言なのは家ではユーリアくらいだよ、って笑われた。
    「フィン君ー。君自己紹介くらいしなさいよ、無愛想だぞ」
     キッチンに消えたお兄さんに向かってリアムさんが声をかける。返事はない。聞こえないのか? 振り向きもせず、忙しなく手を動かしている。
     5分ほどしてから、キッチンの彼はようやく姿を見せたか。不機嫌そうな顔で俺を睨みつけてコーヒーカップを俺の目の前に叩きつけた。
    「フィン・ジェルマーノ。……Non darò mio fratello a uno come te」
    「え、すみません……?」
    「なっ、なんでわかるんだよ!」
     イタリア語だからだ。イタリア語ならわかる。ビルマ語とかに比べたら全然わかる。あんたみたいなのに弟は渡さないからな! と。あまりにも俺がわかってしまったのが意外だったのか、彼は顔を赤くした。
     慌ててキッチンに戻るフィン君を見てリアムさんは笑いを堪えきれないみたいに口を押さえている。今のやりとりを言語的に理解しているようだった。
    「ごめ、っく、ふふ、君みたいなイケメン見たら悔しくなるらしいよ。ごめんね、君はエリートなんだね」
    「いやいや……イタリア語くらいで」
    「謙遜しいなのかな。居心地が悪いかい?」
     リアムさんが少し不安そうにこちらを見る。居心地が悪い、というよりはどう対応したらいいか迷っているところだ。悪い人ではないと思うんだけど、初対面だし。だいたい同年代の少し上、しかもこういう育ちの良さそうな人たちとは全く関わってこなかったから。無碍にもできない相手で余計に。
     続けてお菓子を持ってきてくれたフィンさんが俺の向かい側に座り、やっぱり無言だ。たださっきよりかは不機嫌な様子ではないというか。自分が持ってきたケーキを美味しそうに食べているし。
    「あ、そういえば結婚するんだって? おめでとう。デザイナー兼アートプロデューサーでもある僕にウェディングは任せたまえ」
     そういった仕事も引き受けたことがあるからね。リアムさんはそう言いながらコーヒーを一口。アートプロデューサーってなんだろう。と一瞬思ったけど、聞くだけ野暮か。語感から考えることしかできないなりに、ある程度は想像つく。多分。
     俺はころころと移り変わりゆく話に相槌を打つことしかできないんだけど、リアムさんはそうしてぎこちなく相槌を打つ俺を見てまた笑った。やっぱり少し変わっているのかも。悪い人じゃないのは確かだけど、変わってる。
    「まぁあとはあれだね。パパを説得するのが1番難関か」
    「やっぱそう、そうかぁ」
    「、詳しくは聞かないけれど、何かパパに詮索されたらまずい心当たりがある?」
     そんなこと言われたところで。思い当たる節がありすぎて困る。この人たちどころかユーリア君にも死んでも言えないようなことが山ほどあるからだ。言い逃れを考えて視線をずらす俺の顔を見て何かを察したらしいリアムさんは、軽く肩をすくめたのちに深くは詮索しないでおこうと言ってくれた。それはそれで己のやましさを肯定しているようだったが、そうしてくれると本当に助かるので頷いておいた。
    「秘密の一つや二つ、何個だってあろうよ。パパが君の素性を探るのは僕が絶対に阻止するから!」
     だから安心しなよ、と。大っぴらに感謝するのはまた話が違うけれど、正直めちゃくちゃ有難いと思った。すぐにボロが出るほど杜撰な隠し方はしてないはずだが、相手は相当な金持ちのようだし徹底的にされたら絶対はなくて。わからないから。隠してる方が悪いって? それはそうだけどどうしようもない。
     リアムさんは、隠したいことと言ってもそう大したことではないと踏んでいるらしい。重篤犯罪の一つや二つくらい隠して見せようね! なんて冗談感たっぷりに話すのには変な笑い方しか出なかった。


     約束の1時間が経とうとしていることに気づいた2人は各々に身支度を始める。リアムさんは名残惜しそうに、フィンさんはややソワソワとしながら席を立ち玄関に向かう。ので、俺もその後を追う。
     去り際リアムさんはまた会おうとか今度来る時は客として来るからねとか言っていたけれど、俺は曖昧に笑って濁してしまった。それが少し罪悪感というか申し訳ないというかなんというか。フィンさんは2人分の荷物を持って玄関を出るなりスタスタとどこかへ行ってしまった。
     客人が帰った後、家の中にまた静けさが戻ってくる。さぁ今度こそ昼飯をどうしようかと思ったら、キッチンには覚えのないパスタがサラダ付きで置いてあった。
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