最愛と幸福の隣【虎トウ】「「この仕事を俺とトウマ(トラ)が?」」
3月も始まったばかりのこの季節、宇都木さんから渡された資料を手に取り、俺とトウマは素っ頓狂な声を上げた。後ろで休憩しながらメイク待ちをしていた悠と巳波も気になったのか、「なになに?」「どうされたんですか?」などと興味を示し近寄ってくる。
「ジューンブライド、6月の花嫁…そういえば来月同性婚が承認されて初めて式を挙げられる芸能人の方がいるとか…」
「そうなんです。ブライダル業界もその波に乗ろうとしているのか、今回ŹOOĻにその撮影のオファーが来まして」
巳波が見ている資料をもう一度受け取り、俺は改めてその内容を凝視する。
撮影の内容は実に簡単なものだった。
男性芸能人から6人、女性芸能人から6人、計6組の芸能人達によるブライダル撮影。以前の撮影と異なる点と言えば、恋人のように隣にいるトウマと撮影をしなければならないことだろうか。
俺とトウマが選ばれたスタイルはフラワーウエディング、使う花の詳細や衣装、撮影のコンセプトなどを見ると男性芸能人の残り2組よりは絡みの少ない撮影になると感じた。
悠が内容を読み、楽しそうな声を上げる。
「へぇ、すごいじゃん。ブライダル業界の中でも大手に選ばれるなんて…。しかもアイドル枠であのRe:valeを差し置いて!」
「確かにこういう内容はRe:valeの御二方に奪われがちですからね。狗丸さんも御堂さんもタキシード映えされますし」
仕事を受けてきた宇都木さんは勿論、悠と巳波も乗り気のようだった。
それもそのはず、俺とトウマが交際しているのを知っているから。アイドルという仕事であるが故、周りに言うことなど出来ないその関係を知っているのはメンバーと宇都木さん以外にいなかった。
隣で沈黙を貫くトウマを見れば、嬉しそうに微笑む視線と目が合った。嫌がるかと思ったが、その視線から見るに仕事を受けるつもりなのだろう。俺もそのつもりだった。
「嬉しいな、仕事とはいえトウマとこんなふうに撮影が出来るなんて……夢みたいだ」
「絶対に成功させような」
3人の目を気にすることなく、俺はトウマの腰を抱き寄せた。
□
撮影当日。
用意された衣装に腕を通し、軽くヘアメイクやセットをされる。仕事の都合で後から合流となってしまったため、まだトウマのタキシード姿を見れてはいなかった。
同じスタジオで撮影だったという巳波が、楽屋へ向かう俺の姿を見て苦笑する。
「緊張されてます?御堂さん」
「…案外な」
「狗丸さん、すごい綺麗でしたよ。楽しみにされててください」
撮影、私と亥清さんも見に行きますから!と何故かやる気を見せているのは謎だが、2人にも見てもらえるということに少し喜びを感じた。まるで、本当の結婚式みたいではないか。俺は楽屋で待っているトウマと悠の元へ早足で向かう。
楽屋の扉を開けようと手をかければ、緊張が故に指先が少し震えていた。俺らしくもない、昔の俺ならそう言っただろう。
トウマ、そう呟いて俺は楽屋の扉を開けた。
「あ、トラ、おつかれ」
「…………」
呼吸を忘れる、それはこういうことを言うのだろう。
楽屋の椅子に座るトウマ、俺の衣装とは少し違うが白ベースのタキシードを着ているトウマは少し恥ずかしそうに俺の事を見た。
少し広がった袖と足元、そこにあしらわれる花の刺繍、そして悠が幸せそうに持ち上げるトウマの頭に被せられたヴェール。
俺は脇目も振らずトウマへ駆け寄り、力強く抱き締めた。トウマは驚いた素振りも見せず、俺の背中へと腕を回す。
「ヴェール、俺とトラどっちでもいいって」
「…綺麗だ」
「え?」
「この世界の誰よりも綺麗だ。…幸せだな」
誰にも知られずに終わってしまう恋だと思っていた。もちろん、トウマにも。
それをトウマに受け入れて貰え、悠や巳波、宇都木さん、大切な仲間達にも受け入れて貰えてそれ以上の幸せなど存在しないと思っていた。否、存在しないと思おうとしていた。
今、タキシードに身を包むトウマを見て、それ以上の幸せを感じる。
もし、明日交通事故に遭ってしまっても文句が言えないほどの幸福だった。
俺はカバンの中からリングケースを取り出し、トウマの左手薬指をとる。トウマはようやく驚いた表情を見せてくれた。
「…本当は俺の誕生日に渡すつもりだった、けじめとして。だけど用意された指輪でもトウマにはつけて欲しくないと思ってな。少し早いけど受け取ってくれ」
トウマの指にぴったりのサイズの指輪をゆっくりと通す。シンプルなシルバーリングだが、考えに考えて用意した世界で1つだけの指輪だった。もう片方をトウマへ渡し、俺は左手をトウマへ差し出す。
トウマが目に涙を浮かべて、震える手で俺の左手をとった。
「おれっ…メイクもう終わってんのにっ……やり直しになっちまうッ……」
「むしろメイクなんていらないだろう、しなくていい」
トウマの視線と俺の視線が交わり、トウマの唇がゆっくり弧を描く。
俺の左手薬指に指輪がはまった。
「トラ、大好き。俺と出会ってくれてありがとう、愛してるぜ」
「俺こそ、俺を受け入れてくれてありがとう。愛してるよ」
どちらからともなく、トウマと俺の唇が重なり離れていく。トウマの口に塗ってあったグロスが俺の唇へと移る。
「あらあら、私たちがいるの忘れられてるのでしょうか」
「俺が未成年の時にやってたらなんとか罪かな」
俺はそんな言葉を吐く2人に笑って言った。
「証人は2人必要だろ、お前たちだ」
□
「狗丸さん御堂さん入られます」
「「よろしくお願いします」」
まずは単純な個人撮影から。
先程まで撮影していた読者モデルで結構時間を取られたのか、それとも上手く撮影がいかなかったのか。カメラマンから御堂くんも狗丸くんも飲み込み早いね、なんて声がかけられ、カメラに写らないトウマが「恐縮です」と返した。
何枚か撮影を終えれば、ついに2人での撮影が始まるため、個人撮影を終えたトウマの隣に俺も向かう。
30分程度指示された通りのポーズをとり、撮影が行われていたが、カメラマンのお眼鏡に適わなかったのか俺たちへの指示が告げられた。
「自然に、恋人を思うように表情をとってください。作られた表情はやめてね」
そんな指示にトウマが笑う。
背中合わせで座っていたのを向かい合うように座り、俺とトウマが指を絡めた。トウマが小さい声で「今日の夕飯、カレー」なんて俺にしか聞こえない声で呟くものだから、俺はぶはっと笑って「今言うことか?」とトウマに笑いかける。
「んーいいねぇ!じゃあ最後にフラワーウエディングってことで……」
「私たちが花降らせますね」
「任せてよ」
「えぇ…どこから出てきたの……」
食い気味にスタッフの横から口を出てきた2人に宇都木さんが頭を抱える。
撮影を見ていた悠と巳波がスタッフから花びらの入った籠を受け取り、カメラに写らないギリギリの場所へ立った。
結婚式を想像させる白い花びらがトウマと俺の頭上から舞い降りてくる。
トウマがその1枚の花びらを手に取り、俺の唇へ押し当てた。トラも綺麗だよ、そんなトウマの言葉に俺は返事をするよう、トウマの顔を自分の方へ寄せた。
唇が触れるか触れないかギリギリの距離、カメラマンやスタッフからわぁ…!と感嘆の声が上がる。
御堂虎於だからこそ許される行動、このくらい許してもらおうか。
「トウマ、この衣装買い取るか」
「……やだよ、何考えてるか想像つく」
「ははっ、残念だ」
左手薬指の指輪が見えるよう、最後にカメラへ俺たちは視線を向けた。
その日撮影された写真が載った雑誌は発売日から売り切れが続出し、重版に重版が重ねられたことは言うまでもない。