Good night. Good dream.◇◆◇
「トウマ!トウマ見てくれよ、ほらこの宝石!」
「ふはっ、トラが拾ってくる宝石全部緋色だな」
「まだ奥に少しありそうなんだ、いいやつ拾ってくる」
宝を求める旅の人数が2人から4人になって数ヶ月、旅に慣れていない錬金術師と助手がメンバーに加わった時から全員で洞窟に入ることは無くなった。旅に慣れていないミナミとハルカを守りながら秘宝の隠されている洞窟を攻略することは無理だ、と現実的な言葉を最初に放ったのはロマンを求めるトレジャーハンターのトウマだった。
トラオは2人守ることくらいどうってことないと4人で攻略することに前向きな姿勢を見せていたが、トウマはトラオの言葉に首を縦に振ることはしなかった。散々トラオとトウマは揉めていたようだったが、最後はトラオがトウマの言葉に折れたのか、それ以降ミナミとハルカは洞窟の外でトウマかトラオと洞窟に潜るどちらかの帰りを待つことになったのだ。
そして今日は最奥が比較的近い洞窟だったのか、何度もトラオは手に入れたお宝を見せに頻繁に外に戻ってくる。その度にトウマに自慢するように宝石を見せるものだからミナミとハルカは不思議そうに互いの顔を見合った。
宝石なんて2人からすれば珍しい宝でもないだろう。着た人間の姿が消える天の羽衣、肉体さえ残っていればどんな人間でも生き返らせることの出来る葉、1度訪れた場所に飛ばしてくれる不思議な翼。トラオとトウマと出会ってからミナミとハルカは今までの暮らしでは考えられない程、不可思議な財宝に出会っている。それと同時に危険な目にも当然遭っているのだが。
「トラオさんはなんで今日こんなに宝石トウマさんに見せに来てるんですか?おふたりからすれば宝石なんて珍しい宝じゃないんじゃ…」
「落石の心配がないからって頻繁に戻って来すぎだろう。トラオはアンタの言うことしか聞かないんだから」
「ちげぇって!トラが見せに来てる宝石、全部俺の好きな色のやつなんだよ!」
「………惚気ってやつですか!」
「お願いだからハルカの前では行為に及ぶなよ…、教育に悪いからな」
「ちげぇしお前らがいる時にはヤってねぇよ!」
大声を出したトウマがハッと口を閉じる。いくら落石の心配がないとはいえ、少しの油断が命取りになることをこの3人の中ではトウマが1番知っている。「トラ」小さな声でトウマが洞窟の中にいるトラオの名前を呼べば、10分もしないうちに洞窟の奥からトラオが帰ってきた。
宝石の入った袋を出口にいたハルカに預けると、トラオはトウマのすぐ傍へ寄る。「何かあったか」冷静に聞くトラオの姿にハルカとミナミは息を飲んだ。知り合ってから数ヶ月経つがごく稀にこの雰囲気を醸し出すトラオを見る。普段のトラオからは考えられない程視線は冷たく、トウマの伏せられたまつ毛をただジッと眺める姿はまるで躾を厳しくされた飼い犬のようだ。本当にこの2人はただのトレジャーハンターなのだろうか、ミナミが2人の名前を呼ぼうとしたその時だった。
「腹減ったァ……、飯にしようぜ?」
「…なんだ、腹減ったから俺の事呼んだのか!確かに洞窟に潜ってる間に日が少し昇ってるな。ミナミとハルカも飯にしてもいいか?」
「あ、あぁ、問題ない」
「はい!オレ、食事の準備手伝いますね!」
「ハルカ、2人の真似してオレなんて言わなくていい!」
トラオから受け取った宝石の袋を抱えたまま、ハルカは車の停めてある場所まで駆けて行く。そんなハルカを追いかけミナミが走って行くと、洞窟の前にはトラオとトウマだけが残された。前を行こうとするトラオの袖をトウマが引けば、その意図に気付いたトラオが静かに唇を重ねる。触れるだけのキスに満足したトウマが縦に頷くと、トラオは自分の方へとトウマの体を抱き寄せた。
「何か不安なことでもあったのか」
「……なんにもねぇよ、トラの目が宝石みてぇだったから近くで見たくなっただけ」
「……そうか、良かった」
トラオの抱擁からトウマは抜け出すと先に行ってしまった2人を追いかけるようにその場を後にした。ただ1人残されたトラオは旅を始める前に聞いたミナミの言葉を思い出す。
――もう一度、目を開いてと祈ったんだ
「……俺は、…『私』は絶対に貴方の前からいなくならない。あの日誓ったんだ、絶対に1人にしないって」
「すごい…!温かいご飯久しぶりですね、先生ッ!」
「ハルカのことをこんなことで喜ぶようにしてしまった、私は保護者失格だな……」
「ミナ、俺たちなんて冷えた飯どころか葉っぱ食って生きてたこともあるんだぞ……?」
「そしたらその葉っぱがエロい気持ちになるやつでトウマが三日三晩苦しんだってワケだ」
「トラだって顔真っ赤にして俺はなんともないって俺じゃなくて犬に話しかけてたじゃねぇか!」
ギャアギャア喧嘩を始める2人を無視して食事を続けるミナミと賑やかなのは楽しいと笑うハルカ、そんな穏やかな食事の時間に似つかない声が4人の周りに響く。
一足先にその気配に気付いたのはトラオだった。森の中から投げられてきた石を手に掴むと、その石をあった場所へ返すように投げつける。「トウマ!」名前を叫ばれるより先にトウマはミナミとハルカのことを自らの背に隠した。一瞬のことで何が起こったか分かっていないハルカは大きく目を開き、事の大きさを理解したミナミはハルカの頭を守るように抱き抱える。
「ハル、絶対に顔上げちゃダメだぞ!ミナ、俺も離れるからハルのこと頼んだ!」
「あれは一体…!」
「寒くなってきたから能無しは食料ゲットできねぇんだ!」
トレジャーハンターの最大の敵は落石でも崩れる足場でもモンスターでもない。考える力を持ち、自己愛が留まることを知らない同じ血の通った人間なのだ。トウマとトラオがふざけて言った言葉に嘘は無い、食べるものがなければ葉に落ちた水滴すら飲み干すのがトレジャーハンターや盗賊たちだった。
盗賊たちにとって4人は洞穴を掘るよりも確実に手に入る宝だと思われたのだろう。トウマも平均的な体格はしているがトラオの隣に並ぶとどうも劣る。体格の良いトラオさえどうにかしてしまえば楽に奪えるとでも思ったのだろうか。そんな単調な考えしか出来ないから食糧難に陥ることになるのだ。
「ッ、トウマ!お前はミナミたちと一緒に…!」
「このくらいなら俺にも倒せる!ちっちぇ頃から俺は剣術学ばせられてたんだ!」
「俺はお前よりも早く武術習ってたんだよ!お前のこと守るために!」
2人の会話にどこか違和感を覚えたのはミナミだった。幼い頃から共に生きていたと話していたから、勝手に孤児同士が出会い互いに支え合って生きてきたのかと思っていた。だが、トラオとトウマの口ぶりは剣術も武術も師がいたように聞こえる。トウマのワガママを何だかんだ文句言いながら聞くトラオ、外でとる食事は必ずトラオが1口先にトウマの食事に手をつける姿。
2人へ賢者の石の依頼をした時に何故気付けなかったのだろうか。この2人は、トラオとトウマは。
トラオとトウマが粗方盗賊を殴り倒し終わったその瞬間、ハルカの声が森に響く。
「――トウマさんッ!うしろッ……」
「ッ、あっ……!」
「――ッ、トウマッ!」
矢がトウマの体を射るよりもトラオがトウマの体を庇う方が早かった。腕の中にいたトウマにトラオの全体重がかかる。「怪我は」小さく問われた声になんとか首を横に振るとトウマにだけ聞こえるようなか細い声でトラオの安堵の声が鼓膜に響いた。
◇◆◇
「弓の刃先に毒が塗られていたようでした、さすがトラオさんというべきでしょうか。1日も寝ていれば治るとお医者様が」
「その毒が熊でも殺せるものだとしてもか」
「トラオさんの筋肉の賜物ですね!」
「筋肉で毒が防げるなら私も鍛えた方がいいな」
騒ぎの間にハルカの充電の時間になってしまい、急遽とった宿で4人は体を休めることにした。おやすみなさい、と別室へハルカが移動してしまうと3人になった部屋には無言の時間が流れる。時計の針の音だけが響く部屋の空気を破ったのはミナミだった。
「16年前の殺戮兵器による貴族の殺害事件、その生き残りか」
「…俺が4つの時だった。戦う遺伝子とやらをもった人間の実験台になったらしい、俺の家族は」
16年前、城の中の異常に一足早く気付いたトラオは眠っていたトウマの手を引いて誰よりも早く城から逃げ出した。僅か5歳だったトラオは自分の家族の残酷な姿を横目に、トウマの両親の亡骸を背に、ただトウマのことを守るためだけに我武者羅に前に走ったのだという。家族の悲惨な姿に泣き叫びたかったに違いない、一緒に殺されてしまえばよかったと1度でも思ったのかもしれない。
「子供の足じゃすぐに追っ手に捕まっちまう。まぁ白い綺麗な服を着た人達とか、なんか陽気なマジシャンが匿ってくれてなんとか2人であの国を抜け出したんだ」
「…それだけじゃないだろう、何も無ければあの兵器たちが大きくもない城主の命を狙うはずがない」
「その意味は俺にも全く分からない、トラは知ってるのかもしれないけど教えてくれねぇし。1つしか違わないのに兄貴ぶるんだ、トラって」
「……兄貴と普通セックスはしないだろ」
「……あぁ、だからそれも俺のワガママ」
傍から見ればトラオがトウマに依存しているのかと思ったが、実際にトウマの口から語られる事実にミナミは息を飲むことしか出来なかった。
トラオに言い寄る女がいればその女とトラオが関係を持たないよう、自ら媚薬を飲みトラオを誘惑した。主を抱いてしまったという罪悪感をトラオに持たせる為に。
顔の綺麗なトラオはよく女に言い寄られたのだと言う。その度にその女を呼び寄せ、わざわざ自分たちのセックスを見せるのは快感だったとトウマが笑った。
「…トラの家はさ、代々俺の家に仕える護衛の一族だったんだ。本当なら俺の護衛はトラの家の1番上のお兄さん、トラは俺なんかに捕まらなければいい所のお嬢さんと結婚して普通の幸せを手に入れられたのに」
両親が殺されたと、トラオの家族が殺されたと聞いた時に震える体はきっと悲しみだけではなかった。トラオとずっと一緒にいることができる、トラオのことを己の人生に縛り付けることが出来る。両親が死んだのになんて薄情者だと呆れた。
「トラには幸せになってほしい、だけど俺がトラのこと離してやれないんだ」
◆◆◆
「トラオ、何してるの?」
「トウマが悪夢見て眠れないって言うから――さんに聞いて薬を調合してるんです」
「トラオは優しい子だねぇ、トラオは眠れてる?」
「……トウマが起きなかったら怖くて、眠れなくて」
片目を美しい薔薇の眼帯で隠した青年がトラオの頭を撫でる。数日前に両親や家族を失った2人を匿ったのは見目麗しい白い装束の似合う2人の男だった。――に聞いたという薬の調合をしながらトラオは――と会話する。調合の内容を見て青年はクスクスと微笑む。随分優しい魔法の薬を教えてあげたものだと。
トラオが懸命に調合する薬の匂いを嗅ぎながらトラオとする会話はまるで音楽のようだった。――はきっとトラオも一緒に眠れるように、この薬を教えてあげたのかと思うと、この何千年という時の中で随分柔らかくなったものだと笑みが止まらなくなる。
「――さん、そんなに笑ってどうしたんですか?」
「ううん、良かったらその薬トラオも飲んであげてね。そしたら夢の中でもトラオとトウマは一緒だから」
「ほんとうっ!?夢の中でも2人なら寂しくないかな」
「……トラオはお父さんとお母さん、お兄さんもいなくなっちゃって寂しくないの?」
青年の言葉にトラオが微笑む。
まるでその微笑みが――のようで青年は背筋の凍る感覚を覚えた。まるであの日、青年に「いかないで」と叫んだ彼のような視線だと、思わずトラオから視線を逸らしたくなってしまう。そんな青年のことも気にせず、トラオがまるで将来の夢を語る子供のように言葉を発する。
「……あの日燃えるお城に誓ったんだ、トウマのことを絶対に1人にしないって。俺はトウマのことを守る盾である前にアイツの家族になるんだ」
家族ならずっといっしょだから、そう微笑んだトラオの顔は――にとてもそっくりだった。
◇◇◇
これは1つの物語。
歪な愛を得てしまった少年が次に求めたのは護衛であり友人であったはずの少年の心だった。少年はこの愛を捨てなければならないものだと分かっている。しかし、孤独に魘された少年はその歪な愛を捨てられずにいるようだ。
かたやもう1人の少年はこれが究極の愛だと語る。自分には相手しか存在せず、相手にも自分だけだと。夢の中の約束であったとしても「1人にしないで」と泣いた少年を必ず幸せにするのだと歌を奏でるように屍の約束と踊る。
「どちらが狂ってしまったんでしょうかねぇ…、あぁとても愉快なおとぎ話だと思いませんか?」
今宵飛行艇が1つ、4人の眠る街の上を過ぎったと言う。
その飛行艇を見つけた2人が呟いた。
「トラのことを嫌いになりたいのに、嫌いにさせてくれ」
「愛してるんだ、1人の人間としてトウマのことを」
ここに1つの物語の幕が開ける。
【To be continued】