Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ゆだち

    これまでに書いた流三の文章をポイポイしています。
    (1~45は加筆修正してまとめたものをpixivにアップしています)

    ☆quiet follow
    POIPOI 30

    ゆだち

    ☆quiet follow

    74.自然に手をつなぐ二人が見たーい!という話
    ※66と同じ二人です
    ※令和軸

     その日、世界を驚きが襲った――と言うと大袈裟だが、一部の界隈を大きく騒がせたことは間違いない。
     日本人NBAプレーヤー、流川楓。彼の所属チームのスポンサーが、シーズンオフに大きなイベントを主催するにあたり、チームから何人もの選手が参加することになった。スポンサーは服飾に関連する企業のため、選手たち、場合によってはその配偶者やパートナーに、自社製品を身に着けてレッドカーペットを歩いてもらい、ファン向けにアピールしようという試みだ。生粋のバスケファンだけでない幅広いファン層を持つ流川がその要員に選ばれるのも、納得の話だった。
     現に流川は、これまでに何度も似たようなイベントに駆り出されては、ひとりでカメラの前を歩き、バリケードテープの向こう側にいるファンに適度にサービスをし、記者のインタビューに答え、といった役目をこなしていた。借りてきた猫のほうがまだシャキッとしているのではと思われるような眠たげなまなこで、ではあるが、そこはもはや、流川という男の愛嬌のひとつとして受けとめられている。
     そして今回も当然、流川はひとりで現れると予想されていた。ところが、である。
     まばゆい照明の下に、優雅なブリティッシュスタイルのスーツで凛然と登場した流川の左手は、いつも手ぶらのその左手は――ふさがっていた。別の人間の右手によって。そして両者の左の薬指に納まる銀色のシンプルなリングが、彼らを照らし出す光を反射する。
     これまでと違い、流川はパートナーを伴ってやってきたのだ。
     まさに青天の霹靂。その場に集ったファンもマスコミも一瞬、呼吸を忘れる。不自然な静けさが伝播していく。
     そんな周囲の異変に気付かない様子で歩みを進める流川のとなりに並ぶのは、流川とおなじく細身のスーツを華やかに着こなす男。無数の視線に物怖じせぬ堂々たる姿勢は、衆人環視に慣れていることを呈している。体格も、流川にこそ劣るものの、一般人のそれではない。はるばる日本から駆けつけた熱烈なファンが、彼らが目の前を通り過ぎて行ってようやく、言葉を思い出したようにつぶやいた。「……ミッチーじゃん……」
     日本のプロリーグの第一線で長らく活躍しながらも、引退後は公の場からパタリと姿を消したスリーポイントの名手、三井寿。ファンからの愛称、ミッチー。――それが、流川のパートナーの正体だった。ファンのあいだでは、あれだけバスケに熱を捧げていた男がいったいどこへ行ってしまったのかと心配の声もささやかれていたが、まさかアメリカにいるとは思うまい。それも、流川のとなりに。恋人として。信じられないものを見た人々は、またも絶句する。
     一方、現地マスコミ側。いままで恋愛の“れ”の字の匂わせもなかった流川の予想外の行動に、日本人ファンとは別の意味で放心していた。三井は日本代表に選ばれた経験があるとはいえ、ここアメリカでは、よほど業界に詳しい人間しか知らないような存在だ。ルカワにはパートナーがいたのか、彼はいったい何者なんだ、と困惑に次ぐ困惑である。
     けれど、そこはさすがに臨機応変さが求められる世界。すぐに我に返った報道陣は一斉にシャッターを切る――とはいえ、プライベートの話題はNGで有名の流川だ。さまざまな番組のレポーターが勢いに任せて流川に近付いては、いまいち核心に切り込めず、結局、今季の総括や来季の目標といった差しさわりのない質問に終始。インタビュータイムが始まってから、気を遣ってか距離を取ったパートナーのことに、一言も触れられず退却する羽目になる。唯一、流川の渡米直後から交流のある記者だけが、最後の最後に「今日ご一緒しているのは……」と食い込ませることができたが、「パートナーです」という答えを得るに留まった。いやそれは見りゃ分かるわ、というのが全員の総意だろう。が、ここから掘り下げる勇気のある者は、残念ながらいなかった。
     黙り込んだ記者に、受け答えを終えたと見た流川は一礼する。それから振り返ってキョロキョロと辺りを見回し、パートナーの姿を見つけると、手を伸ばした。気付いた相手がそれを取って、ふたりの指は再び、自然に絡まる。普段から手をつないでいるのだろうなと、ひとめで分かるしぐさだった。
     げに恐ろしきはネット社会。独身有名人の最後の砦と思われていた男も、とうの昔に陥落していたという報は瞬く間に、確固たる証拠映像と共に世界中を駆け巡った。結果、悲喜交々の阿鼻叫喚。とりわけ日本では、ショックのあまり男女ともに学校や会社を休む人間が続出したという話だが、果たして嘘か真か。いずれにせよ、一大ニュースになったのは確かである。
    Tap to full screen .Repost is prohibited