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    八丁目

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    八丁目

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    💜仗億
    仗助が30歳の億泰のとこ行ったり
    億泰のところに30歳仗助が来たり

    TwitterことXにて不定期連載予定。
    30歳仗助×億泰が今回の新着となります。

    #仗億
    billion

    片想い 片想いは好きじゃない

     side 16 Jousuke

     ふと目が覚めた時、明らかに東方邸ではないのに、何故だか我が家のような落ち着きを感じた。
     昨夜寝ていたベッドは自室のいつものシングルベッドのはずだったが、体を起こして辺りを見渡せば、寝ているベッドはやたらと広いベッド。デザインはシンプルだが、二人は寝れるであろうベッドに居たたまれなくなって、気付いた途端に仗助はすぐさまベッドから飛び起きた。
     何が起こっているのか分からないまま、ブランドのパンツは昨夜と同じだったことだけを心の救いにして、寝室であろうその部屋から飛び出した。
     何が起きているのか分からない。
     スタンド攻撃か。一体何のために。何が目的だ。
     どこかで本体が自分の焦った姿を見て嘲笑っているのかもしれない。だが、とてもじゃないがこの違和感に落ち着いてなどいられなかった。
     階段を転げ落ちるように降りていくと、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
     「仗助ェ?!どうしたんだよ、お、まえ……」
     階段を降りてすぐに玄関があり、真っ先にそこから出ようとしていたところへ、階段と廊下を挟んだ向かいのドアから見慣れているはずの相棒がいた。見慣れているはずなのに、アイツはいつもと違っていた。
     ガチガチな固めていた特徴的なポンパドールはふわりとしていて、後ろでヘアゴムかなにかで縛られていた。サイドも自分と同じようなリーゼントではなく、刈り上げられている。顎には微かに髭が生えていて、顔の骨格も元々縦長ではあるが、骨ばっている。背丈もいつもより高ければ、体格もより逞しい。明らかに同い年のあの相棒ではない。しかし、雰囲気はどう見てもアイツで、顔面のバッテンを見れば明らかにアイツ。アイツしかいない。
     「お、億泰なのか……?」
     ──虹村億泰。
     東方仗助の相棒であり親友であり、つい先日に告白し、晴れてお付き合いをすることになった大事な恋人でもある。
     「おう、ガキん時の仗助じゃあねえかよ!なーんだ今日だったのかァ!」
     「ガキん時って……、な、なんだよ!なんでオメェは分かったような口ぶりなんだ?なんか知ってんのかよ?!」
     「まあいいから来いよ。腹減ってっからよォ」
     言われて手招きされた。
     いつもの億泰ではないが、信頼出来る相手に促されるまま、仗助は億泰の背中を追った。
     入った部屋はリビングだった。ソファーやテレビ、テレビにはゲーム機も置かれているが見た事がないゲーム機だった。そして、リビングボードの上の写真立て。その写真に億泰と写っているのは誰なのだろう。
     億泰はさらに奥へと歩いていく。奥はダイニングとキッチンになっていて、食事をする場所の割にはやや散らかっているようだった。仕事着や道具、趣味のものも転がっていたりしている。バイク雑誌やブランド雑誌もいくつか乱雑に置かれていた。
     けれどもテーブルは綺麗で、既に朝食が準備されていた。
     「食パンに目玉焼き……」
     「おうよ、休日の朝はやっぱりラピュタ飯だぜェ」
     「腹膨れねぇよ」
     「ああ、ガキだから足りねえか」
     「億泰オメェさっきからガキ呼ばわりすんじゃあねぇぜ!いや確かに今のオメェから見りゃガキだけどよォ~」
     「わりぃわりぃ、足らねえならカップ麺もあっからよ」
     「そいつはグレート」
     朝からカップ麺など普段なら食べられない。母の朋子がそれを許さないからだ。しかし、今、この家には母朋子はおらず、大人になった億泰のみ。
     カップ麺はいつ食べても美味いが、普段は食べてはいけないはずの朝に食べられるという背徳感が、よりカップ麺を求めてしまう。
     「ぶはっ!湯沸かしたほうがいいらしいな仗助ッ」
     仗助の顔を見るなり察した億泰が笑いながらキッチンへ向かいガスコンロのカチカチという音を鳴らす。対面式のキッチンから見える億泰の姿に何だか新婚気分を味わっていたが、リビングにあった写真立てをふと思い出しては不意に気持ちが沈んでいった。
     ラピュタパンを食べ、背徳がより旨さを際立てさせるカップ麺を食べて満足する。
     食べ終えたばかりの空になったカップ麺に億泰の左手が伸ばされ、すぐ様それを片付けた。パンがのっていた皿も既に流し台に片付けられて、何もかもやってもらっていたのではガキと言われても致し方ない。仗助は、洗い物を始めた億泰の左側に立って食器を拭き始めた。
     片付けも終えて一段落したところで、再びダイニングテーブルを挟んで座る。
     食事をする前と全く違った二人の様子に、お互いが気付いていた。
     「今のオメェ、何歳なんだよ?」
     「三十だぜェ。仕事はそこのガレージでバイクの修理やってんだよ」
     雰囲気は違えど、声のトーンも顔の表情も、普段と変わらないフリをする。
     「…………、……。」
     「……」
     「億泰」
     「んー?」
     けれど、フリを続けることは出来なかった。
     名前を呼ぶ声は微かに震えていたように思える。
     「結婚、したんだな……」
     「……おう」
     即答ではなく、少し間があった。
     自分たちは高校時代に付き合っていた。だから気まずさを感じて、僅かな間があったのであれば少しは救われたのかもしれない。
     でも違った。
     顔を上げて目の前の億泰を見た時、億泰は自分の左手を見て、仗助が見たこともないくらいに、穏やかに、幸せに満たされているような顔をしていたのだ。
     なあ、相手は誰なんだよ。
     なんであの写真に映る億泰の相手の顔がボヤけて見えてしまうのか。他にも、億泰の相手が貰ったであろう賞状が額縁に飾ってあるが、名前の部分だけが仗助には読めない。
     「億泰、俺、お前が好きで……元の時代でもよォ……ついこの前だぜ……告白して、したらオメェも俺のこと、すきだって……」
     「ああ、そうだな」
     億泰は左手指に光るリングを眺めるのをやめて、しっかりと仗助のほうを見てくれた。しかし、仗助を見つめる表情に笑みはない。
     それはつまり──
     「なあ、億泰。今のオメェは、俺のコト……大人んなった俺のコト……」
     「──だよ、仗助」
     「……、は、なに?」
     「だから、……仗助には言っても分かんねぇんだよ」
     「っんだよ、それ……!」
     言っても分からない、仗助は知らない相手だから言う必要がないと、そう言っているのか。そんなことを言われて、好きだった相手と結ばれたばかりなのに、その未来の相手に別の知らない相手と結婚したという事実を聞いて、つらいのはこっちだというのに。どうして。
     なんで、億泰のほうがつらい顔してんだよ。
     いつ別れてしまったのだろう。別れた理由はなんなのか。聞くことはたくさんあるはずなのに、仗助は椅子から立ち上がっては億泰の胸倉を掴んで、情けない泣き顔を見せるだけだった。
     「なんでだよっ!……なんでっそんな、ききたくねぇよっおくやす……おれじゃねえ、だれかとなんて……」
     「仗助ぇ……」
     乱暴に掴んでいる手を億泰は優しく包んでくれた。その優しさが余計に悔しくて、惨めで情けなくて、腹が立った。
     大人になった億泰を椅子から引きずり降ろし、その上に覆い被さるのは案外簡単だった。というよりは、億泰は一切抵抗する気がなかったからだ。
     「なあ、付き合ってから俺たちキスしたか。何回した……?セックスは。俺とセックスするの、好きだったか……?」
     こんなこと、本当に聞きたいことなのだろうか。
     何も考えられずに、口が勝手に動いているようだった。
     「仗助、今のお前になに言っても分かんねぇかもしんねえけどよォ……」
     「『ごめんな、仗助』なら聞きたくねぇぜ」
     「────、仗助」
     聞こえない。
     なんで。億泰、今お前、何て言ったんだよ。どうして聞こえないんだ。
     「仗助、───。──、───ッ、──!」
     「ああぁぁっ!もう、っるせェッ!」
     言葉や声も聞こえない部分だけ、口の動きも何故か読み取れない。肝心な部分だけが分からない。それでも、何かを伝えようと必死に動かす唇に、仗助は自分の唇を重ねてやる。
     「……ん、っ……ょ、ひゅけ……」
     「る、せ……んっ、はぁ……しゃべんな……」
     付き合ってからキスをした事はあったのだろうか、仗助の初めてのキスは大人の億泰をかんたんに、とろけさせている。唇を舐めて、舌を絡めるだけの行為で。それとも、唇だけで感じてしまうように今の相手に教えこまれたりしたのだろうか。
     「なあ、……ヤらしてくんね?大人のお前とは一生出来ねえんだからよ」
     「あっ……く、そ……っ、ぼうそう、すんなバカ……っ」
     「とか言ってよォ、チンポ勃ってんじゃあねえかよ。昔の俺に犯されんの興奮すんのかァ?それとも、今のお相手さんには満足させてもらってねえとか」
     「じょう……すけ……やめろよ……」
     「じゃあ、抵抗したらいいんじゃねぇスか?」
     再び唇を寄せようすると、目の前の億泰が一瞬にして消えてしまった。
     奇妙なことだらけで全く追いつかないが、消えてしまったアイツの代わりに見えてきた床は見覚えのあるフローリング。色も木目も覚えている。いつも寝ている自室のフローリング床だ。
     「も、どってる……ゆめ、だったのか……」
     しかし、夢の割にはとてもリアルだと思った。あの家のベッドの寝心地も、床が軋んだ時の振動や、食べた食事の食感、味、腹が膨れた感覚。億泰の熱や唇の感触、なにもかも。
     「ゆめ、……夢で、いい、よな……」
     夢であって欲しい。ただの願望が、何度も夢だと呟いた。
     だが、例え夢だったとしても、億泰を手放してしまうような未来にはしたくない。
     絶対に別れるようなことはしない。嫌われるようなことは一切しない。
     あれが夢でもそうでなくとも。





     side 30 Okuyasu

     久しぶりの若い頃の仗助を見て嬉しくなった。ただ、この時が来るだろうと、分かってはいたのだ。
     過去の仗助がいつか来るだろうと思いながら、心内では期待と不安でいっぱいだった。
     そうして、その仗助にセックスを求められて拒否出来なかった。
     相手が仗助だから。
     それもある。
     でも、可愛くて、けれど可哀想で。だったら、セックスひとつで安心出来るならと、抵抗せずにいた。
     しかし、タイミング悪く仗助は元いた時代に帰らされてしまった。
     若い頃の仗助には見えない。
     写真に映る億泰の隣で一緒になって幸せそうに笑う自分の姿が。
     未来の自分が警官になり、今までの功績を称える賞状に書かれた自分の名前も。
     そして、何より億泰もつらかったのは。
     「好きだよ、仗助」
     何度『好き』『愛してる』と叫ぼうが、仗助の耳には届かない。口の動きも読めないからやはり伝わらない。
     こんなにも想っているのに伝わらない。
     まるで片想いでもしているような感覚だ。
     あの頃の自分が抱いていた感覚と同じ。
     だが仗助も、好きな相手が他の誰かを想っているんだろうという苦しみを抱いている。
     「俺もつれぇーよ、仗助。お前を安心させてやれなかったことがよォ」




     .

     



     片想いじゃない


     side 16 Okuyasu

     朝早くに目が覚めた。
     普段なら朝五時に起きては睡魔とたたかいながらだらだらと家の事をこなす億泰だが、今日は休日で遅くまで寝ていようと思っていたのに、いつもより三十分も早くに目が覚めた。今日は睡魔も襲ってこない。
     早起きしたのならさっさと家の事をやってしまって、それからゆっくりするのも良かったのだが、そんな気分にはならず、使い込まれた固いソファーに座り、当時のことを思い出す。

     『好き、だ……億泰っ……』

     密かに、いつ爆発してしまうかも分からないぐらいに膨らんだ想いを寄せながら、親友で相棒という信頼関係を壊さないように抑えつけていた。
     もし、この気持ちが知られてしまったら。
     思ったことはすぐに口に出してしまう自分がほろっと滑らせてしまったらどうしようかと怯えていたこともあった。
     けれどそれは、仗助も同じだったらしい。ただ、爆発してしまった気持ちが溢れてしまったのが仗助のほうが早かっただけという話。
     男なら自分から告白するのが当然であると考える億泰にとって、先に仗助に言われてしまったことだけが唯一の不満であった。
     「可愛かったよなァ……」
     真っ赤になりながら今からわあわあと泣きじゃくる子どものように歪む顔、綺麗な瞳は波打って瞬きをすればすぐにでも涙が溢れてきそうだった。いつもすましたような美しい顔が、好きだと必死に訴え顔を歪ませる姿に、こっちが泣きそうだった。
      けれど、その日から一ヶ月ほど経った頃。なんとなく、仗助の様子に違和感を覚えた。






     「俺が可愛いだとォ?」

     不意に掛けられた言葉に、持たれていた背をソファーから離した。
     この家には億泰と親父、そしてストレイキャットのみ。言葉を話せるのは自分以外にいないはずなのに、いつの間にか億泰の横に立っていた男に問い掛けられた。
     「なっ……!じょう、すけ……じゃあねえ、誰だよオメェッ!」
     その男は東方仗助のように見えるが、億泰の知っている仗助とはいくつも違う点があった。年齢は明らかに同い年ではない、体格もひと回り大きい。雰囲気は仗助と似ているが、やはりどこかが違う。
     「東方仗助だぜ。まあ、オメェんとこの俺ではねえけどよ」
     間田のサーフィスでもないのなら、なにかまた別のスタンドか。警戒しながらも、億泰は東方仗助と名乗る男が自分のすぐに隣に座ることを許してしまう。どうにも臨戦態勢には入れなかった。これもスタンド攻撃かなにかなのだろうか。
     「なに言っても怪しい奴にしか見えねえかもしれねえけどよ。俺、もうお前と付き合ってんだろ?」
     「なんで知ってんだよ」
     「だって俺、未来の仗助クンだから」
     「みらい、って……」
     信用しているわけじゃない。
     それでも、自分の知っている仗助と、大人の姿をした東方仗助と名乗る男が同一人物であることに納得してしまう。億泰を見る男の目が、声や喋り方。見た目は違えど、中身は億泰の知る仗助だったから。
     こんなことで人を信じてしまうようでは、もし兄貴がいたらきつくどやされていただろう。それでも、億泰は目の前の男、東方仗助を疑うことが出来なかった。
     男は隣に座ったかと思えば、するりと手を伸ばしては手を握ってきた。それすらも振りほどくことが出来ないぐらい、彼はあの東方仗助であると自分の中で確信している。
     「まあ、夢見てんだと思って聞いてくれよ。俺もアレは夢だと思ってたくれェだしな」
     夢、そうか。きっと夢なんだ。だから、この男を警戒出来ないんだ。
     「なあ、億泰。俺、今すげえ幸せなんだよ」
     何を言い出すのかと思って聞いていれば、突然そんなことを言われた。しかし、握られた手の甲に当たる小さく固いものに気付いて目線を下げると、チラつく銀色。それがあの指でなければ驚きはしなかった。何度も主張する銀色は間違いなく左手四指に嵌められていた。
     ──なんで、誰と。
     そんなことを聞けるほど、心の準備は出来ていない。なにせ、ずっと一緒にいたいと思っていた男と気持ちを通わせたばかり。浮ついていた気持ちに水を差すように、その銀色はキラキラと億泰の目の前で輝く。
     「……惚気話に付き合えってかァ?」
     「時間があればそれもしたかったけどよォ」
     絡ませてくる手指を離して欲しかった。自分からは離したくなかったから。この手がいつか他の誰かのところへ行ってしまうのなら、今だけは存分にこの熱を知っておこうと。
     「言っとくけどよ、……コレと同じモン着けてんのは大人になったお前だぜ」
     大人になった、オレ……?
     「え…、あァ?!ええぇッ?!」
     「やっぱ昔のオメェは分かりやすいわ。まあ、あの頃の俺はお前のこと何にも分かってやれなかったけどよ」
     「なんっだよォ!俺ァてっきり……っおれじゃねえ、だれかと……」
     押し寄せる安堵に言葉を詰まらせた。
     視界がじわじわと歪んでくる。溢れ出そうな雫を見せまいと誤魔化そうとして、荒っぽく腕で目を擦ったが、鼻声になってしまったのは誤魔化せない。垂れそうになる鼻も何度も啜ってしまう。
     「悪ィな億泰。今、すげえお前のこと抱きしめてキスして可愛がりたくて仕方ねえんだけど、時間が無ェんだ」
     抱きしめてキスして可愛がりたいなんて言ってにこやかに笑うけれど、当然ながら大人の仗助はやはり帰るべき時代へ帰らなければならないらしい。そしてここ、過去の時代にいられる時間には制限があるようだ。
     まだ熱を持つ目頭にぐっと力を入れて、仗助のほうへと向き直す。
     「億泰、俺はお前に告白してからもずっと好きだ。だから結婚もしたし、一生傍にいてえと思ってる」
     先日、仗助から告白を受けたばかり。今にも泣きじゃくる子どもみたいに可愛い顔で必死に億泰に訴えてきた。だが、目の前にいる大人の仗助はあの時の仗助とは違って、何かに怯えているようだった。
     「今俺がお前に伝える言葉を間違えて、元の時代に戻った時、もしお前がいなかったらどうしようって怖くて仕方ねえ。億泰……、昔の俺はお前を傷付ける。お前のことが好きで、好きなのに傷付けちまうんだよ」
     怯えていた顔は次第に歪んでいって、眉間に皺が寄っていく。くちもへの字に曲げて、綺麗な瞳が震え出す。いい大人になった仗助が、また億泰の好きなあの可愛い顔で訴えてくる。
     「だからっ、億泰っ、……ああっ、チクショー!泣かねえって決めたのにっ」
     ついにぼろぼろと涙を流す仗助。
     仗助の瞳から流れる涙は信じられないくらいに綺麗で、ダイヤモンドのように光る。そのダイヤモンドを掬い上げるために、億泰が手を伸ばした。
     「ごめん、おくやすっ……たのむからっ、おれのことっ、しんじてくれよォ……」
     あの仗助がこんなに情けない顔を見せるのは自分にだけだと思うと、必死で訴えてくる仗助を目の前にして、不謹慎かもしれないが、かわいいと思ってしまう。可愛いのに自分よりもひと回り以上は大きな体。そんな大きな子どもを慰めるように、両頬を包んでやる。
     「仗助ェ、オメェが何に怯えてんのかとか、何でそんなに泣いてんのか、俺には全然わかんねえんだけどよォ」
     瞳のから溢れるダイヤモンドが止まらない。
     「俺ァ、きっとこの先ずっと……仗助しか好きになれねぇから。だから、オメェが元の時代に帰っても、俺がいなくなったりすることはないと思うぜ」
     もし、この仗助の言動ひとつで未来が変わってしまうなら、帰った後にも自分がいるかどうかなんて分からない。けれど、この先、何があろうと仗助と離れるつもりは毛頭ない。
     「それによォ、好きで傷付けちまうってのもよく分かんねえけど、それでもよォ、仗助も俺が好きなら傷付けられようがどうにかなるんじゃあねえかな」
     億泰仗助コンビはそんなヤワじゃねェから。あ、今は付き合ってっから、か、カップル、だよな。
     『カップル』なんて自ら言うのは気恥しくて顔がニヤつく。
     こんな慰めで仗助が安心出来るだろうかと、顔を伺えば、きょとんとした表情でこっちを見ている。
     「悪りィ、あんま気の利いたこと言えてねェな……」
     自分は学生で、ガキで、恋をしたのも初めてなのに、なにを偉そうなことを言っているんだと、申し訳程度に笑顔を作って見せた時だった──。
     「うおぉッ!」
     「オメェ……やっぱ、さいッこうに、かっこいいヤロウだぜ」
     一瞬、息が止まるくらい突然に、ずしりと体が重くなったかと思えばきつく抱きしめられた。苦しくて重い。でも、仗助を想えば受け止められる。いや、受け止めてやりたいと思った。
     仗助の背中に手を回し、相手に負けないくらいにちからいっぱい抱きしめかえす。両腕を回して自分の手が届かないぐらい広い背中。高い体温、仗助から香る匂いは今まで嗅いだことがないけれど、上品な匂いで心地いいと思った。
     「億泰、キスしてい?」
     「──ぁ?!」
     耳元で囁かれた声は大人の魅力たっぷりで、けれどどこか甘えたような可愛げを見せる。そんなふうに言われたら誰もが許してしまうだろう。
     「な、なに言って、はぁ?!」
     十六歳の仗助ならば抗えたかもしれない。─十六歳の仗助のキスの要求に抗うことはないのだけれど─だが相手はその倍も年上で、何倍も色気を振りまいている。
     「そろそろ戻っちまうから最後にいいだろ?」
     な?─なんて小首を傾げるただでさえ顔のいい男は、大人になると自分の魅力をも熟知し、ここぞとばかりに誘惑することも覚えたようだ。タチが悪い。
     『最後に』なんて言われて拒むことが出来ない億泰をいいことに、仗助の唇は有無を言わさず頬をゆっくりと掠めて口角までたどり着く。
     「ま、待った!」
     手のひらで仗助の口を抑えてぐっと押し退けた。
     「やっぱダメだ…、俺が好きなのは、まだガキで一緒にバカやってバカみてえに笑う仗助だからよォ」
     オメェのことを好きな俺はもっと後の俺だろ。
     偉そうに言いながらも欲を言えば、目の前にいる仗助とキスをしたい、したくて堪らない。手のひらに感じるふっくらとした唇に自分の唇を押し付けてやりたい。けれど、この仗助とキスをしてしまったら、その後ろめたさをずっと引きずったままになってしまう。

     ──グレート。

     手で覆われながらも唇は籠った声でそう呟いていた。しかし、発した言葉とは裏腹に、元々垂れ目な目元がどこか寂しげに見えた。
     「そんな顔すんなよォ……」
     やっぱりキスしたい。気持ちが変わりそうになる。
     それでも、あの学生服を着たまだ幼い仗助を思い出して、溢れる欲を押し込めた。
     「仗助ぇ」
     次第に手のひらにあった熱が、感触が、薄れていく。見れば目の前の仗助の姿が透過していた。
     「時間切れみてえだな」
     消えていく自分の体を見て笑う。しかし帰った時に大事なやつがいなかったらという不安が拭えないのか、下手くそな笑顔だった。
     「やっぱキスしてえなァ」
     「そ、れは……帰ってからしてくれよ。何回でも、何百回でも、うるせぇくらいにしてくれて構わねえから」
     「そうだな。オメェが足腰立たなくなるくらいキスしやっから覚悟しとけよ」
     今の自分にはしてやれない。だから未来の自分にその役目を託す。
     今の仗助とまだキスはしていないけれど、きっとこの仗助の言うように、とろっとろに蕩けてしまうんだろう。
     微かに見えている仗助の頬に手を添えた。全く触った感覚はない。それでも、優しく撫でてやった。
     「だから、……必ず仗助のそばにいるから、心配すんなよ。俺がお前から離れるなんてこたぁ、絶対ぇねえんだからよォ」
     「おう、ありがとな億泰。好きだぜ、ずっと。愛してる」
     その言葉を最後に、仗助の姿はすっかり消えてなくなった。頬に添えていたはずの手が虚しい。
     愛してる、なんて言葉はまだガキな自分には恥ずかしくて言えなくて。
     「おれも……、」それしか言えなかった。それすら伝わったかどうかも分からないが。



     愛してる。

     最後の言葉が耳に残って離れない。
     億泰はそのまま、かたいソファーの上に寝転んで、熱くなっていく顔を腕で覆った。



     side 30 jouske

     目の前にいたはずのガキだった愛しいアイツがいなくなった。
     かたいソファーに座っていたのに、今はふかふかのベッドの上。見覚えのある普段から使っているベッド。部屋の間取りや匂い、掛けてある服、置いてある家具全て記憶に新しい。
     そして、左手に嵌めているリングも、間違いなくアイツと交換したものだった。
     


     

     



     
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