「待て」はできない「イデアさん、好きです! 今日こそはお返事聞かせていただきますからね!」
一息にまくしたてるとイデアさんは苦虫を噛み潰したみたいな表情をした。
「……懲りないね、君も。」
「ええ、懲りませんとも! だって、まだお返事いただけていませんので。」
このやりとりは都合四度目、告白自体は五度目である。初めての告白のときに、イデアさんはため息をついて、ちょっと考えるから返事は待って、と返してきたのだ。以降、僕は定期的に返事の催促をしていた。だって、あれからもう一ヵ月だ。いくらなんでも待たせ過ぎだ。いや、たしかに最初の確認は一週間後だったけれど、それでも十分だと思う。他のことならまだしも、告白に対しての返事なのだ。一週間も放置なんてありえないだろう。現状、イデアさんは一週間どころではなく、一ヵ月放置しているわけなのだけれど。
「だからさ、考えるって言ってるじゃん。」
「でももう一ヵ月です。いい加減はっきりしていただかないと僕だって困ります。」
「……答えてなにか変わるの? たとえば、僕が君を振ったとして、君はどうするわけ?」
「そうですね、策を練り直してから改めて告白をしますね。」
「結局告白するの? それじゃなにも変わってないじゃん。」
変わってますよ、全然違います。だって策を練り直すんですよ。振られるということは、あなたは僕のなにかが気に入らないということでしょう? それを考えて改めて、そうして再チャレンジする。PDCAです。明らかに前進している。
対して、返事がないということは現状がいいのか悪いのかさえわからず、なにもできないということで。同じように見えてそうではない。ただの停滞だ。
「君、返事は待つって納得したでしょ。まだ結論は出てない。だから返事もまだだよ。」
はい、この話は終わり、とイデアさんは会話を打ち切ろうとした。
でもいい加減僕だって、はいそうですか、というわけにはいかないのだ。なにせ五度目なので!
「いつまで……。いつまで、待てばいいんですか!」
「いつまで、って……。そりゃ僕の答えがでるまで、なんだけど、期日をきれ、ってことね。まったく、急いたっていい結果が出るわけじゃないんですけど?」
それはまったくその通りで、YESかNOか、答えは二つ。確率は半々。
けれど本当にそうだろうか? だって、NOなら初手で切られている。イデアさんはそういうひとだ。少なくとも、完全なるNOではない――むしろほぼYESだと思う――から、こうして引き延ばされている。イデアさんはなにかを待っている。たとえばあとひとつ、僕に対するポジティブな感情、あるいはその逆。たとえば実家のなにか。なにかはわからないけれど、決定的な回答のための最後の1ピース。おそらくイデアさんはそれを待っているのだ。
「でも僕だっていつになるかわからない回答をずっと待つことはできないんですよ。だって、いまのままじゃ10年後とかになってもおかしくないでしょう?」
「うーん……じゃあまあ……結構先になるけど、いい?」
「10年後よりマシでしたら。」
「それよりはずっと早いよ。君の誕生日。そこを期限にして。」
僕の誕生日……。いや、結構先だな たしかに10年後に比べたら圧倒的にましではあるけれど!
けれどまさかそんな日を提案されるなんて思ってもいなかった。てっきり、一か月後、とか、半年後、とかの期間で提案されると思っていたし、そうでないならばイデアさんにとって意味のある日が選ばれると思っていた。だって僕の誕生日なんて、イデアさんにとってはなんの区切りにもならない日なのに。
僕の誕生日前後でなにが変わるのだろう? 変わるとすれば……僕以外にないのだけれど。
「……僕の、誕生日……?」
「そう、君の誕生日。」
変わるのは、僕の年齢。それ以外になくて。
17の僕が、18になる。それがどういうことかなんて海生まれの僕にだってわかった。陸の成人年齢。その日、僕は成人する。
「……イデアさん、僕のこと強欲だと思ってますよね?」
「実際そうでしょ。」
「それはそうですけれど、僕だってそれぐらいちゃんと待てます。」
そうだった。このひとは変なところで倫理観が強いのだった。誕生日前の、つまり、未成年の僕とはそういう関係にはなれない、と言われているのだ。
そりゃ僕だって性欲のひとつやふたつぐらいはありますし、お付き合いをしたらセックスだってしたいと思いますけれど、あなたが、成人するまで待て、というならそれぐらい我慢しますよ。我慢できます。あなたのことをむりやり襲ったりしません。だからさっさとお付き合いだけでも始めてくれればいいじゃないですか!
そう伝えると、イデアさんは口をへの字にして黙ってしまった。けれどさっきみたいに、苦虫を噛み潰したそれじゃない。なんていえばいいのか、もっとなにかに困っているような。
ああ、毛先がピンク色になっている、と気が付くのと同時のことだった。イデアさんがまた大きなため息をつく。肺の中の空気をぜんぶ押し出すみたいな、深いため息だった。
ややあって、吐き捨てるように口にした。
「君じゃなくて、僕が……っ、ぼ、僕が、我慢できないかもしれないだろ……ッ!」
だってイデアさんは倫理観が強いので。そうなってしまわないように、その日まで僕と付き合わない。
つまりイデアさんは最初から僕を好きだった。そういうことだ。