20××年2月3日某所にてとびきり冷えるな、そういえば今日は今年一番冷えるから早く帰って来てねと美々子と菜々子に言われたな。2人が心配しているだろうから早く帰らないといけない。
考え事しながら足早に歩いていると懐かしい気配を感じた。
「そこにいるのは分かっているよ。出てきたらどうだい?」
立ち止まり、後ろを見ずに声をかける。
だが背後の人物が現れる気配がない。
からかっているのか…?と訝しんでいると目の前に突然顔面いっぱいに一面の青が広がった。
とても良い香りがする、どうやらこの青は薔薇のようだ。
「やあ久しぶり。元気してた?教祖様」
薔薇の花束から声がする。━━━いや、花束を持った黒い男が喋っている。
「お祝いの品、届けに来たよ」
「何かと思ったら…日付が変わってすぐに送られて来たメールも君かい?誰かと思ったよ」
やれやれ、と黒い男が持っている薔薇の花束を勝手に受け取る。どうやら私の誕生日をこの男は祝いたいらしい。
わざわざこんな所に来てまで。
「誰も祝う奴いないと思ってさ、わざわざ送ってやったよ。日付け変わってすぐにメール送った僕偉い!ケーキ買って帰ろう」
黒い男が楽しそうな声音で好き勝手喋っている。楽しそうだが、包帯で目元が覆われている為、感情を知るのは難しい。
「わざわざありがとう。ありがたく受け取るよ」
黒い男を避けて歩き出す。後ろを振り返らないでお礼を言う。
振り返らないようにした。
振り返ったらいけない。
「誕生日おめでとう、傑」
黒い男はそう言ってスッと消えてしまった。気配はもうない。私だけが分かる彼の残り香だけが残った。きっとケーキを買って家に帰るのかもしれない。
ふと、あの日食べたショートケーキの味と彼の笑顔を思い出した。
堪らなくなってそっと彼の瞳の色をした薔薇を優しく抱きしめた。
「毎年ありがとう。とても嬉しいよ」
抱きしめていた薔薇を優しく大切に、宝物のように持って歩き出す。
家では家族達が私の誕生日を祝おうと帰りを待っている。
今日はとびきり寒いので、部屋をうんと暖めて待っている事だろう。
あの、2人で過ごした最後の誕生日のように。