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    doh_tikamiti

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    doh_tikamiti

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    愚者のみる夢、5と6の間の話。
    ゾフィスに優しいブラゴとレイラがいます。色々自分時空。

    燃える手紙と泣けない子供 広間から出る。
     ゾフィスはため息をついて、振り返った。
     重厚な扉、流麗な彫り物が施された壁。足首が埋まるほどに立派な絨毯が敷き詰められた、廊下。
     ここは自分を惨めにさせる。
     王の命令でなければ、誰が来るものか。
     足早に立ち去ろうとしたとき、彼を呼び止める少女がいた。
    「ゾフィス」
    「レイラ」
     時は、彼女を美しくした。黒い髪の毛は肩に触れ、神秘的な紫の瞳が美々しい。
    「どうなさいました」
    「あなたに話があるの。私も、さっきの広間にいたわ」
    「ええ、気づいていましたよ」
     ゾフィスは頷いた。
     広間にいたのは百人の子供。その中に、千年前の子供たちも混じっていた。
     ゾフィスがレイラに近づかなかったのは、彼女の側に、まるで姫に傅く騎士のように辺りを警戒しながら、一人の少年が立っていたからだ。
     星のように輝く信念と正義をもっている、彼が。ゾフィスは彼が嫌いだった。だから、声をかけることもしなかったのだ。
    「パムーンは?」
    「先に帰ってもらったわ」
    「それで、話とは?」
     レイラはちょっと言葉をのんだ。
    「ここじゃ、いえないわ」
     レイラの躊躇に、ゾフィスは嫌な予感を感じたが、それを顔には出さない。
    「……では私の部屋にでもいきますか」
     あくまで冷静に、そう提案する。レイラは頷いた。
     二人で肩を並べて歩く。
     レイラの細い手足が、窓から差し込む日光で薄い影をつくるのを、なんとなくゾフィスは目の端で感じていた。
     階段を下りた。天然の石でつくられた手すりには、職人の技巧が凝らされている。細工一つとっても、ひどく繊細だ。
     ゾフィスが顔をゆがめたのは、豪奢な王宮を目の当たりにしたからではない。
     階段の下に、一人の青年が立っていたからだ。
     黒い髪、黒い服、黒い身体。
    「ブラゴ」
    「ゾフィス」
     思わず名前を呼ぶと、彼は壁に預けていた背中を離した。
    「待っていた」
    「どうして」
    「話がある」
    「私もあるの」
     レイラが一歩前に進み出た。
     ブラゴとゾフィスの間に、割り込むようにして。
    「ブラゴ、近くにどこか、使える部屋はないかしら。彼と落ち着いて話がしたいの。あなたも、来て欲しい」
    「………近くに会議室がある。この時間は使っていないはずだ。来い」
     ブラゴは、ゾフィスとレイラを交互に見返したあと、踵を返した。
     ゾフィスは後を追うことを躊躇ったが、レイラに目線で促され、仕方なく二人の後を追った。



     通された会議室は、会議室というよりも応接間であった。
     あくまで柔らかく、上品な茶色のソファ。黒檀の机の上に、麗しい花束が生けられていた。
     ブラゴは、そのうちの一つにどっかりと腰を下ろした。ゾフィスとレイラも、それぞれ手近なものに座る。
    「単刀直入に言うわ、ゾフィス」
    「どうぞ、レイラ」
     ゾフィスは、机の下で手を組んだ。
    「あなたは手紙を持っているはずよ。人間界宛てのレターセットを、使っていないはずよ。どうして名乗り出なかったの?」
     予想通りだ。
     ゾフィスは瞠目した。
    「余計なお世話です、レイラ」
     口から出てきた言葉は、思った以上に冷たいものになった。
    「あなたにそんなことを指示される理由はありません」
    「持っていることは、否定しないのね」
     レイラの言葉に、ゾフィスは沈黙した。
     肯定したようなものだ。レターセット自体は、持っていることを。
    「………百人の子供、百通の手紙、残されているのはあなたの手紙だけ。そして、清麿と連絡さえつけば、また行き来ができるようになるって、証明したのはあなたじゃない。どうして名乗り出なかったの?」
    「人間に、そんなことが可能ですか。本当に人間界であの機械をつくることができると? 多大な資金と労力、それに頭脳が必要になるのですよ」
    「それなら大丈夫よ。あなたは、清麿を知らないんだわ」
     ブラゴは黙って、二人のやり取りを眺めている。
     ゾフィスは苛立ちを隠さない声で言った。
    「私のやることに、口出しなさらないでください、レイラ。私がどうしようと、私の勝手でしょう」
    「それはわかっているわ。でも、どうして名乗り出なかったのか、それが知りたいの。もしも人間界にまた行けるのなら、すごく素敵なことじゃない。あなただって、そう思うでしょう? もう一度パートナーに会いたいと、そう思わないの?」
    「よしてください」
     ゾフィスは首を横に振り、意地悪く笑った。
    「そんな言い方。はっきり仰ったらどうです? あなたが、あのアルベールとかいったパートナーともう一度会いたいのだと。自分の欲望を私の欲望のように語るなんて、そんな恥知らずなことが出来る方だとは思いませんでしたよ」
     レイラは、はっきりと傷ついた表情を浮かべた。
     口唇を噛み締める。ゾフィスがこうやって、面と向かってレイラを批難することは、今まで極端に少なかった。
    「ゾフィス」
     ブラゴが、低く押し殺した声で名前を呼んだ。
     ゾフィスは一瞬肩を震わせた。
    「………ブラゴ、あなたまで、私を説得するつもりですか」
     ブラゴは首を横に振った。
     ただ一言、簡潔に話す。
    「手紙をよこせ」
     この手紙が、何を意味しているのか。この場合は考えるまでもない。
     人間界に通信する唯一の手段、もはや魔界に一つしか残されていないレターセット。
    「……私の手紙をつかって、あなたが送るおつもりですか?」
     ゾフィスは一瞬で頭をめぐらせた。
     もしも彼が力で訴えてきたのなら、渡さざるを得ない。
     けれど、彼がそういう手段を好まないことは知っていた。やるとしても、最終的な手段であることを。
     彼が何を考えているのか、うまくつかめなくて、顔色を伺うと。
    「違う。焼いてやる」
    「………何ですって?」
     レイラも、信じられない、という目をしてブラゴを見ていた。
     ブラゴは淡々と語る。
    「どうせお前は、色々考えているんだろう。あの広間の一瞬にも。ガッシュが、誰かレターセットを持っていないかと言って、広間を見回したとき。お前は色々なことを考えただろう。俺の考え付くようなことはすべて」
     ゾフィスは肩を震わせた。机の影に隠した手が震えていることを、二人に隠しとおせるかと、そんなことばかり考えていた。
    「その手紙をつかえば、ガッシュに恩を売ることができる。王たるガッシュがそれを望む以上、お前が望めば、その手紙と引き換えになんでも手に入る。莫大な報奨金でも、地位でも、権力でも、土地でも。ゼオンがなんでも準備するだろう」
    「……………」
    「なのに、お前はそれをしなかった。お前は、自分の利になることを逃がすことはしない。なのにしなかった」
     ブラゴの声は冷静で、部屋の沈黙に染みとおるようだった。
     彼の視線は、ゾフィスから動かない。ゾフィスはその視線から意識的に気分を背け、机の上の白い花をみていた。
     青いガラスの花瓶は、底にいくにつれ深く暗くなっていく。きれいなグラデーションに意識をうつして、なんとか冷静さを保とうと努力した。
    「それは、お前が嫌だからだろう。本当に、人間界に行くのが、あれと再び繋がるのが嫌なんだろう。名誉も、金も、権力も、そういうものを手に入れるよりも、……このままがいいんだろう」
     レイラが何か言いたそうにした。彼女はゾフィスが何故嫌なのかが知りたいのだ。しかしそれをさえぎり、ブラゴは続ける。
    「それならそれでいい。それならそれで、俺は構わん。だが、その手紙がある限り、お前はずっと考え続けるだろう。今だって考えているはずだ。王と取引してば、何でも手に入る。切り札はお前がもっている。交渉次第でなんでも手に入る。行使するのか行使しないのか、お前はずっと考えているはずだ。ぐだぐだ悩んでいるお前を見ると、俺は苛々するんだ。だから、俺が決着をつけてやる。燃やしてやる」
    「…………あ、あなたに、何が………」
    「お前は、人間界のことを思い出すのも嫌なんだ。それなのにこんなことになった。最近、お前はずっと沈んでいるな。最初にお前を引っ張り出したのは俺だ。……お前がそんなに嫌だとは思わなかった。悪かったと、そう思っている」
    「………」
     ゾフィスは口ごもった。
     レイラもゾフィスをみている。それからも、視線を逸らしつづける。
    「………俺は、もしもう一度人間界に行けるとしたら行ってみたいと思っている。ガッシュと同じように。だが、お前が嫌なら、それはそれでいい。ただ、決着はつけるべきだ。でないと、お前が永遠に苦しむことになる。それを使って望むものを手に入れるか、使わないでずっと沈黙を守っているか、で」
    「…………ゾフィス、教えて」
     レイラがゆっくりと口唇を開いた。
     最初の詰問する調子は失われ、優しく、穏やかな口調で問いかける。
    「どうして、……どうして、なの。あなたがそこまで人間界を嫌う理由って、一体なんなの。確かに、あなたには……いい思い出がない場所かもしれないけれど、……ブラゴのいう通りだわ」
     レイラはそっと目を伏せた。
    「………」
    「………」
     部屋に、重い沈黙が満ちた。
    「わ、………」
     ゾフィスがぽつりと呟いた。
     レイラとブラゴは、身じろぎせずに意識だけをゾフィスの声に向ける。
    「…………わ、私は…………こいしいんです」
    「誰だってそうだわ。パートナーと、もう一度会いたいはずだわ」
     レイラは聖母ほどにも優しい声で言った。
     ゾフィスは、パートナーであるココにひどいことをした。操り、支配した。
     そのことによる引け目が、彼にはあるのではないか。だから、手紙を送ることに躊躇っているのではないか。
     そうレイラは思ったのだ。
     しかし、ゾフィスは首を横に振った。
    「違うんです、私は、別に、ココのことが恋しいと思っているわけではありません」
     ゾフィスは口唇を噛み締めた。
     赤い口唇が、いっそう血の色を濃くする。
     どういうこと、と、目を見張るレイラに対して、ブラゴは無表情のままだった。
    「私は、ココがこいしいのではなく、ココと共にいたころの自分が、こいしいのです」
     ゾフィスの手は、細かく痙攣していた。
     耐え切れずにこの部屋を出て行ってしまいたいと思ったが、今不用意に動けば、涙がこぼれてきそうな気がして出来なかった。
    「でも、そんなこと考えたくない、……そんなことを考えれば、私は、五年前とくらべて、ずっと惨めであることになるじゃないですか……! 私は、私を惨めだなんて思いたくない、絶対に……私は……!」
    「何かをこいしいと思うことは、惨めなことなの?」
     レイラが訊ねた。
     ゾフィスはすぐに頷く。
    「惨めです。ココといたころの自分を、鮮明に思い出すことは、………私を惨めな気分にさせます。とても」
    「………お前は、王になれなかったことをそんなに引きずっているのか」
     ブラゴの声には、僅かに呆れさえ目立っていた。
     あの戦いから、もう五年がたっている。彼が倒されてから復活するまでをいれれば、六年にもなる。
    「だって! ……本当に、なりたかったんです、なれると思ったんです、あのときは! 本気で、王に、なれると」
     ゾフィスは、首を背けた。目じりが朱に染まっている。
    「今となってはそれがどんなに無謀なことだったか、無理なことだったか、今ではきちんとわかっています、理解しています。それをわかっているからこそ、……ココといたころのことをこいしく思う、その自分が許せない、認めたくないんです……!」
     ゾフィスの身体が震えている。尋常ではないものをそこに感じて、また、先ほどの自分の言葉がゾフィスを嫌な方向に煽ってしまったことに気づいて、ブラゴは出来る限り優しく聞こえるように配慮しながら、言った。
    「落ち着け、ゾフィス」
    「私が何を捨てても、何を得ても、結局何も変わりはしなかったというのに、………どうして、あのころの自分をこいしくおもったりするのか、それがわからない、ひどく不快です、……惨めなんです……!」
     ブラゴは立ち上がりかけて、レイラに視線をやった。彼女が頷くので、ブラゴはゾフィスの隣に場所を移す。
    「私は、私を、惨めに思うことだけはしたくない、自分を可哀相がることなど、……絶対にしたくない……!」
     惨めな自分こそ、この世から最も消し去りたくて、ずっと消し去れずにいるものなのに。
     ゾフィスは、隣にブラゴが座ったことに気づいて、反射的に身体を遠ざけた。
     それを阻止するように、ブラゴはゾフィスの肩に手をまわす。
    「ゾフィス」
     名前を呼んで、肩を抱く手に力を込めた。
    「………ブラゴ、あなたが私を可哀相だと、憐れだと思うくらいなら、私は、……」
     ブラゴは首を横に振った。
    「俺はお前を憐れまない」
    「ならば、励ましてでもくださるつもりですか。そんな言葉、ききたくもない」
    「俺はお前を励まさない」
    「結局、すべては無駄だったというのに、それで、どうしてこいしいと思うのか、私は、……私は、それが許せなくて、……情けなくて……! 私を嗤ったらどうですか、ブラゴ」
    「俺はお前を嗤わない」
    「足掻いたんですよ、私だって必死でした。それがすべて無駄であったということを認めてしまえば、うっとうしいだけのものになるはずの、あのときの私が、……どうしてこいしいと思うのでしょう」
    「それは俺にはわからない」
     ブラゴはゆっくりと首を横に振った。
    「ゾフィス」
     抱き寄せる。背中を、ぽんぽんと叩いた。
     縮こまったゾフィスは、ブラゴの腕の中にすっぽりと納まった。
     顔が隠れる。そのことに安心して、ゾフィスも抵抗はしなかった。
    「まあ、だがな。お前はよくやった、ゾフィス」
     二人のやり取りを静かに眺めていたレイラは、ブラゴがそう言ったとき、ゾフィスの身体が震えるのを、ゾフィスの口唇がきゅっと窄まるのを、見ていた。
    「あの戦いで、お前はよくやったんだ。……それだけのことだ」
    「あ、あなたに……認め、られても………」
     必死に抵抗するように、ゾフィスは言った。その声に迫力は無かったが、涙でぬれているような気もしたが、ブラゴはゾフィスを抱きかかえる腕を緩めはしなかった。
    「あのときのお前は、本当に強かった。俺は負けると思った。お前のおかげで、手と足が折れた」
    「………」
    「結果、結果で考えるのはお前の癖か。よくわからんな。確かにお前が負けたし、俺が勝ったが。お前は強かった。俺は苦戦した。お前をかわいそうに思うやつがいるとしたら、俺はそいつが間違っていると思う。そいつらが、お前以上に俺を苦しませることができるとは思わない」
     ブラゴは、一呼吸置いた。事実を告げるだけの、乾燥した口調で言う。
    「お前は、よくやったんだ。あの戦いで。なのに何故、それを思い出して、憐れむことがあるんだ?」
    「………………」
     ゾフィスは沈黙した。
     再び、部屋に沈黙が訪れる。
     凝り固まった部屋の空気をほぐしたのは、ゾフィスだった。
    「………放してください、ブラゴ」
     ブラゴはあっさりと腕を解いた。ゾフィスは立ち上がる。その顔色も、声も、普段と寸分も違わぬ冷静さを取り戻していた。
    「……私の家に行きましょう。……レイラも、ご一緒にどうぞ」
     ゾフィスの真意はわからなかったが、とにかく三人は歩き出した。
     部屋を出て、廊下を歩き、王宮の門をくぐり、街中を通って、ゾフィスの家へ。



     ゾフィスの部屋は、いつも整頓されている。
     彼が愛用している、黒い机。その一番上の引き出しには南京錠がついている。
     懐から取り出した小さな鍵、黒い宝石があしらわれた、装飾的なそれを、鍵穴に差し込んだ。
     引き出しを探って取り出したのは、黒い大きな封筒だった。
    「………どうぞ、ブラゴ。その中に、レターセットが入っています。燃やしてください。マッチはそこにあります」
     ブラゴはそれを受け取った。ランプの隣にあるマッチを手にして、躊躇い無く火をつける。
    「ちょっと、……」
     レイラが一瞬何かを言いかけ、手を伸ばしたが、すぐに諦め、手を降ろした。
    「ゾフィス、本当にそれでいいの?」
    「………」
     レイラの問いに、ゾフィスは答えない。
     ブラゴは、封筒の端に火をつけた。
     下から上に、火が燃え広がる。
     灰になった部分から、清潔に磨かれた石造りの床に、ひらひらと落ちていった。
     ブラゴは、それをじっとみている。
     ゾフィスは、封筒ではなく、ブラゴを見ていた。
     ほどなくして、全てが灰になった。
     消えてなくなる。
     レイラはしゃがんで、床に散らばる灰を眺め、瞠目した。
     唯一の希望が目の前で燃えてなくなった。
     それを止めることができなかった。
    「………しばらく、私、笑えそうにも無いわ」
     言いようも無いほどの無力感に、絶望からそんな言葉が出た。
    「………」
     ブラゴも、床を眺めている。
     彼はいつものように無表情だったが、その実、すこしだけ寂寥感を漂わせていた。
     三度、沈黙が流れる。
    「…………」
     やがて、ブラゴが無言で頭を振り、部屋を出てこうとした。
     レイラも後に続く。
     窓際の壁に背中を預けて、床に染みのように広がった炭を見ていたゾフィスが、ぽつりと言った。
    「………レイラ、ブラゴ。帰らないで下さい」
     二人は足を止めた。
     振り返り、ゾフィスを見る。
     窓から、細い陽の光が差し込み、ゾフィスの表情をわからなくしている。
     柔らかな曲線を描くまばゆい金糸のような彼の髪だけが、きらきらと輝いていた。
    「出来れば、一緒に考えていただきたいのです。あなたがたがいたほうが、やりやすい」
     ゾフィスの声には躊躇いが色濃かった。かすれた声は不恰好でさえあったが、それでも彼はしっかりと言い切った。
    「……ココに、手紙を書きますから」
    「………ゾフィス、だって」
     レイラが床の炭を指差した。
     ゾフィスはなんでもないことのように言う。
    「今のは、ただのレターセットです。本物は、別のところです」
    「…………」
     何故だますような真似をしたの、とレイラは言いかけて、やめた。
     窓縁に置いたゾフィスの手が、まだ震えていたからだ。


     考えていたよりも遥かに深遠に、過去の記憶は彼を捉えて離さない。


     ブラゴが腕を伸ばした。
     肩から指まで、一分の隙もなく鍛えられた逞しい腕、
     張り詰めた皮膚に施された荒々しい文様、
     横顔には鋭利な精悍さが漲っている。
     薄く口唇を開いて、ブラゴの手は、驚くほど柔和に、ゾフィスの頬に触れた。
     レイラも近寄り、ゾフィスの手に自分の手を重ねた。
     ゾフィスは二人の手が触れた瞬間、安心したように、目を閉じた。
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