愛してるゲームに巻き込まれる神々廻「神々廻さん、愛してるゲームしよう」
「何やそれ」
「交代で愛してるって言って、照れたり目を逸らした方が負けだよ」
テーブルの向こうの大佛が、いつもと変わらぬ無表情のままアホなゲームを提案してきた。「静かに飯食えや」と言いかけて大佛の手元を見れば、配膳されたばかりのメインディッシュが既に空になっている。なるほど。デザートが届くまでの時間の暇つぶしをしたいんやな。先輩の俺で。
「ルール聞いとんちゃうねん。お前そろそろ俺の言い方で嫌そやな〜とか感じ取ってくれへん?」
「じゃあ初めは神々廻さんからね」
いつ了承したことになったんや。しかし経験上、大佛が折れる確率は天文学的に低い。なので結局、俺が合わせることになる。
「はいはい愛してる愛してる。それよりお前、この前の任務やけどさぁ」
「そんな雑に言っちゃうなんて、それじゃモテないよ神々廻さん。あ、そっか……」
「あえてや。あえて流しとんねん。人のモテ非モテを決めつけんといてくれる」
何ともいえない哀れみの目を寄越した大佛にきっぱりと否定する。大事なことやから。
「でもその言い方じゃ誰も照れないと思う。心がこもってないから……」
「すんません心も表情筋も死んどるんですわ」
「頑張って神々廻さん。このゲームを通して一回り成長しよう」
「どの立場で言うとるん。そんなことよりお前の話や。敵の人数多かったかてあれは散らかしすぎやで。もうちょい丁寧に仕事しよな」
「じゃあ次は私の番ね」
俺の話を綺麗サッパリぶった斬り、何事もなかったように話を進める。相変わらず自分の都合の悪い話は耳に届かないらしい。残念や。また一つ心の中で小さな落胆を飲み下している間に、大佛は椅子の向きを調整し、改めて俺に向き直った。それからもったいぶったようにコホンとひとつ咳払いをし、一呼吸置いて口を開く。その動作の丁寧さ、普段の俺への扱いで見せてほしい。
「神々廻さん」
「なんや」
「愛してる」
「知ってる」
返事が来ると思っていなかったのか、大佛は目をぱちぱちと瞬かせ、不思議そうな顔をした。
「ゲームだよ、神々廻さん」
「知っとるわ。残念なもの見る目すんなや」
「あ、わかった。照れ隠しで言ったんだ。攻撃は最大の防御……」
普段人の話を聞いてないくせに、ここぞという時は勘がいい。鋭いんか鈍いんかわからん。しかも確信を持っているのか、ちょっと得意げなんが腹立たしい。それに対して、俺は何事もなかったかのように平然と返した。
「ちゃうし。さ、もうええやろ」
「だめ。言われた方は少なくともそのまま五秒は言葉の意味を噛み締めて……」
「そんなん最初言うてなかったやん。なんで? あと、あれやめてくれへん、本題に入る前の『神々廻さん』てやつ。調子狂うねん」
聞き慣れたその前置きのせいで、嘘のゲームでも普段の会話の延長上のように聞こえる。しれっとはしているものの、かなり効果は抜群で、すでに心の中はざわつき始めていた。
「? わかった」
大佛は意外にも俺の意見をすんなりと受け入れた。そして、では仕切り直しでとばかりに一度小さく一礼し、また平気で嘘を吐く。
「神々廻さん」
「……なんやねん」
「愛してる」
「それつけんのあかん言うたやろ」
動揺の裏返しか、反射的に返事がキツくなる。途端に大佛は、親の機嫌を損ねてとまどう子供のような顔をした。その顔を見て、少し冷静に戻る。
「癖になってるから……ごめんなさい」
「や、別に怒ってるわけやないから。じゃあ二回聞いたしクリアで」
ほんまは途中でちょっと危ないとも思たけど、表情には出んかったし、動揺したというのも勘違いかもしれん。しかし、大佛の黒くて深い洞穴のような瞳は、そんな俺の気持ちを見透かすように視線を外さなかった。
「神々廻さん」
「もうええて」
「次神々廻さんの番だよ」
思わず、へ、と間抜けな声が出た。驚いたことにまだこのゲームは続いていたらしい。負けず嫌いもここまでくると立派やな、と呆れ半分で肩を落とす。
「俺もう続けたないわ」
「じゃあ神々廻さんの負けでいいの?」
「引き分けやん」
「とどめをさせなかった方が負けだよ」
「とどめて……趣旨変わってもてるし」
ほんなら大佛が勝ったと思うまで続くやん。まぁ知っとったけど。いやもう付き合いきれへん。でも言わな終わらんねやろうな。
「あ……」
俺の言葉を待つ大佛は、何かを待ち侘びているようで、それでいて単純にゲームを楽しんでいるようにも見える。それでも薄い涙の膜の張った瞳と紅潮した頬が、大佛の緊張と興奮をわずかに伝えていた。
「……やっぱええわ。俺お前と違うて嘘つかれへんし、もう終わりにしよ」
「ひどい。私も嘘つきじゃない」
今度はわかりやすくショックを受けた顔をした。でもな、これ口に出す時自覚がなくても、後で違和感がなかったらそれが本音ってことになってしまうやん。期待して待ってるんも、言われて喜ぶんも同じやと思う。だったら、こんなゲームで気づかん方がいい。
「大体これ俺らに向いてないと思うで」
「そう……?」
「そうやろ。俺もやけどお前も大概何考えてるかわからん顔してんで。こんなん一生決着つかんわ」
やっと話を切り上げたと思ったところで、きょとんとした顔の大佛が素朴な質問を投げる。
「じゃあ一生二人で言い合わなきゃいけないの……?」
はぁ? 何をアホなことを、と言いたいけれども。目が合って、どうしようもなく次の言葉が出ないので、何秒も見つめあったままになってしまった。
「ごめんなさい……それはちょっと嫌かも」
「ちょっと申し訳なさそうに言うなや。別に傷つかへんからいいけど」
いいけど。ほんまに。と繰り返す俺に、大佛は何か考え事を始めた。
「ううん違うの。嫌っていうか、なんだろう……」
大佛は顎に手を当てて、首を左にこてん、次に右にこてんと傾ける。大佛なりに悩んでいるようなのでそのまま見守っていると、今度は何か思いついたように顔を上げ、少し上目遣いのまま目を合わせて、ふふ、と笑った。
「お爺ちゃんになっても愛してるって言い合ってる神々廻さんと私を想像したら、なんだかくすぐったくなっちゃった」
それはたまにしか見せない柔らかい笑顔で、あ、と気づいた時にはテーブルに顔を伏せた、はずだった。
「今のは完全に照れたね〜」
「え、ほんと……? じゃあ私の勝ち……カツ丼奢ってもらえる……」
「チッくだらねぇ」
テーブル周りの連中が好き勝手に話し始める。聞いとったんかいお前ら。
「いつ賭けになっとってん殺すで」
「そういうのは顔上げてから言いなよ〜」
「皆様、そろそろ初めてもよろしいでしょうか」
「お前らいい加減にしねぇか!! 入谷さんが新しい任務の説明始められねぇだろうが!!」
「いえ、またこうしてオーダーの皆様にお会いできたことが至上の喜びでございます。それでは、新しい任務のご説明をさせていただきます……」
うやむやになったゲームの勝敗は持ち越し、それでも結局俺は大佛にカツ丼を奢ることになる。その後味を占めた大佛が何度もゲームを持ちかけるようになるのはまた別の話。