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    kazami_k

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    kazami_k

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    ##七宝

     夢を、見ていた。

     ぼんやりと目を覚ました意識に刻まれている、悲しい白昼夢の傷痕。

     自分が夢だと思っているだけで、目は開いているし、寝転がっているわけでもない。つまりはひどく現実感のある妄想だ。と、言ってもこれは過去に体験したこと。
     決して忘れてはいけないはずの―――ただ忘れてしまうことが出来たなら、俺は手放しで君を抱きしめられただろうかと、馬鹿なことも考えたりしたけど。きっと自分自身、そんなことは許せないし、許さない。


                   


    「………」
     しばらく頭が動かなかった。見慣れた天井、柔らかな布団の感触と、遠くで聞こえる鳥や人の声。障子越しに差し込む朝の空気は少し肌寒く、それでも外に昇る太陽のせいで室内は明るかった。
     ここが影屋敷の一室だというのはわかる。それで、なんで…と、ぼんやり探ろうとした意識に、突然流れ込んできた風景は生々しい戦の記憶。大神渡りに襲われた都は火の海と化し、建物は崩れ、人々の悲鳴に、血と埃と、いろんなものが焼ける臭い。祟りがそこらじゅうに発生して、やがて…

    「! …ぃッ……てぇ…」
     慌てて身を起こせば体中が痛い。反射的に呻くも、痛みの後一気に血の気が引いたのは怪我のせいじゃなかった。

     居ない。
     ………いや、居なくても不思議はないはずだ。舞手が寝泊まりする場所じゃないし。だけど、それでも。あの小さな手が、柔らかな春色が、ここに存在しないことにひどく動揺した。
     大丈夫だ。橋で落ちた後微かに仲間の声を聞いた。彼女自身の声も。無事であるはずだ。わかってる。自分のそばに居ないからと言って、不安に囚われ過ぎだ。…わかってる。それなのに。
    「……穂兎李」
     傷がじくりと痛み、想像より苦しげな息が漏れた。
     自分の失態を認めておきながら、弱みに耐えかねて甘えたのは自分だったこと。いつのまにかそばに居るのが当たり前になって、ただ寄り添っているのは自分じゃなくて、寄り添ってくれていたのが彼女だったこと。
     傷の熱さに腹を抱えながら、不安と情けなさが入り混じった感情はあまりに滑稽だ。
     彼女に知れない場所で、自害を夢見た一瞬は何だったのか。彼女のために、彼女を守るために、俺は一体何をしただろう。それに引き換え、もらったものの暖かさは比べようがなく、だけどそれが俺のしてきたことで、彼女のしてきたことだった。
     自覚した瞬間、なんというか、あまり良くないけど今更少し目が覚めた心地になった。自嘲、感謝、自責。自己表現は苦手だしいつも足りない気がしてる。
     身を起こした体勢も息苦しく、再び寝転がる。
     心の中で、穂兎李、と繰り返し語りかけた。こんなこと言えた立場じゃないのはわかってるけど、早く彼女に会いたい。
     会って、それからどうしよう。恨みつらみを投げてくれたら嬉しいけど。どこまで謝るべきか考えたところで、あとの判断は彼女次第。ひとまず少し痛み止めでももらって動けるようになったら、探しにいかないと。
     どんな面して会えばいいかもわからないまま、傷を引きずったまま、それでも歩けるなら、君に会いに行かないと。
     残された俺に何ができるだろう。

     穂兎李。
     俺は、あの時取り落した君の手を、



    「浅葱」
    「ぁ」
     ふと、景色が一変した。視界に広がるのは、復興途中とは言え店が並んでいる賑やかな通り。それを背景に、穂兎李が俺の顔を覗き込んだ。

    「聞いてた?」
    「………悪い。なんだっけ?」
    「もう」
    「だってお前、なんか話が盛り上がってるみたいだったから」
     あどけなく頬をふくらませる彼女も、見様によってはそろそろお年頃というやつだ。…見様によっては、とか言うと多分怒られる。
     穂兎李が店主と世間話に花を咲かせている間、ぼんやり目をやった先に当時の事故を彷彿とさせる崩れた橋が見えてつい耽ってしまった。彼女も不服そうな態度をしたものの、俺の視線を追った後、それ以上咎めることはなかった。

     買い物を終えて家路をたどる途中、ほとんど無意識に聞こえない程度の声で「穂兎李」と呟いてたらしく、きょとんとした大きな赤い目がこちらを向く。

    「なぁに」
    「…」
     どうしようか。少し目線をうろつかせると、手を差し出された。

    「どうぞ?」
    「………………どうもー……」
     悩んでから渋々その手をとる。彼女はにっこりと笑んでみせた。女には察する力がある、と言ったのは誰だったか。まるで子供のように寂しいだけなら、俺も笑えただろう。
     もしもあの時手をつないでいたら、手をつないだまま二人落ちていたら、それはそれで幸せだったのかもしれない、なんて。


     手をつないで辿る道に、あの日の後悔と思念を引きずる影は伸びていく。
     あれから随分と、俺は弱くなったけど。
     夢から目を覚ませば、少し現実に向き合う覚悟ができた。後を引く苦さはきっと、これを忘れてはならぬという教えだと思える程度には。
     俺が最期に願い、掲げるものがあるとするなら、それはきっと君に。

    「穂兎李。あのさ…」
    「うん」
    「明日、うさまん買いに行こうか」
    「えっ うん!嬉しいけどどうしたの?」
    「んー… なんとなく」
    「またそうやってはぐらかして!」





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