君に甘さと愛しさを「かさくん、2週間甘いもの及び必要以上の間食厳禁!!!」
フィッティングルームに甲高い怒鳴り声が響く。
各々が真新しい衣装に袖を通す最中、司はブラウスのボタンを止めるのに1人悪戦苦闘していた。
どうにかならないものかと、無理やりボタンを留めても、肉厚なお腹によってぱつぱつとし、少々危うさを感じさせる。
こんな状態で踊ってみるものなら、きっとどこかでボタンがはち切れて観客のおでこなんかへダイレクトヒットをお見せする最悪な事態になりかねない。想像するだけで恐ろしく、ぞっと悪寒が走る。そしてなにより、アイドルとして見栄えが全く宜しくないだろう。
そんな自分を目敏く見抜き、般若の様な表情で放った瀬名の怒鳴り声は、分け目も振らず作曲に没頭するレオの手元を止める程、盛大なものだった。
「そ、そんな!瀬名先輩、無茶です!いくらなんでもそんな仕打ちはひどすぎます!!」
「あのねぇ!衣装がそんなパツパツでどうするつもり?!普段からあれだけ言ったのにありえないんだけどお!」
迫り来る様な気迫で責め立てられるが、瀬名の発言には何一つとして間違いなどありえなかった。
プロポーション云々の話になれば彼の右に出るものはそういない。
しかし、自分は知っている。決して自慢できることではないけれど、衣装合わせの際に瀬名から叱責されることは今までにだってそう少なくはない。
後に決まって彼は、この体たらくを晒した自分に対する後輩指導という名の地獄の減量プランを執行するに違いなかった。
どうにか瀬名による鬼畜な減量計画から逃れたい自分は咄嗟に言い返そうと頭を捻るが、どれも出てくるものは片手で跳ね除けられそうな言い訳ばかり。
彼のストイックさは尊敬こそしているけれど、食べることを一つの癒しとしている自分には到底相性が悪すぎる話である。
「ま〜たいつものセッちゃんス〜ちゃん論争の幕開けだねぇ」
呆れた様に深いため息を吐きながら、凛月は身に纏ったばかりの衣装を脱ぎ、すっかり馴染んだ制服へと袖を戻す。
「ふん、論争もなにもないよ。そもそも、約束の体重を破ったかさくんがいけないんだから」
もう用済みだとばかりに体重計やらウエストメジャーやらを元ある棚へと戻していく瀬名の所作は荒々しい。
けれど、彼がこれほどまでに気を張っているのには一つ理由があった。
「分かってる?今回はただのPV撮影じゃない。
あのマッドハーター直々のプロモーション依頼ってこと。いつもより俄然、気合い入れて当然でしょ」
「ゲ、でた。セナのオタク魂」
ようやく五線譜から面を上げたレオが、ドン引きする様に眉間に皺を寄せるとアクアブルーの猫目が爪を立てた様に細められる。
事の事情を説明するとあのMad Party以降、自分らを評価してくれたマッドハッターがアイドル向けに新たな衣装を仕立てたらしい。そのお披露ステージの依頼を我々Knightsが担うことになったのだ。
「こうなったセッちゃんはなかなか止められないからねぇ…前科あるし」
「そうねぇ、あの時の泉ちゃんもかなり骨が折れたもの…」
凛月と嵐の陰口大会は瀬名の気づかない背後でこそこそと繰り広げられている。
「神経質になるのも分かるけど、少しくらいはいいんじゃん?極度の我慢も身体的によくないと思う」
珍しくレオが阻止の間に入ったことで、瀬名の表情は一瞬動揺を見せたのも束の間、直ぐに整った顔を背けふんと鼻で嘲笑した。
「ダメに決まってるでしょ。こいつ、一回でも許したら瞬く間にぶくぶく太ってくんだから」
そう整った指先で勢い良く指されると、思わず萎縮してしまう。
「そ、そんなこと……!」
散々な言われようだ。否定をしようと咄嗟に口を開けたが、どれもしっかり自覚症状がある為言い返す言葉が見つからない。充分、自分にも前科がありすぎる話だった。
引き下がらない瀬名は追い討ちをかけるようにしっかりと腕を組み直してから話を続ける。
「とにかく、依頼の仕事が終わるまでの2週間、かさくんは必ず約束を守ること!れおくん達も甘やかさないでよね」
もはや止まることを知らない瀬名の勢いに、諦めた様に3人の溜息が重なる。
で、かさくんはいつものこれね。とご満悦な表情で1枚の紙を渡される(というより半強制的に握らされる)と、これも後輩指導だから、言いたいことは分かるよね?といった表情で肩を軽くぽんと叩かれる。
「……減量強化メニュー……そ、そんな…」
思わず膝から崩れ落ちると、ひざに感じるフィッティングルームの床は思いの外硬くて冷たかった。
「じゃあ俺この後予定あるから。れおくんもちゃんと気合わせしといてよねぇ。じゃあ」
自身の絶望など微塵も気にも留めないまま、颯爽とこの場を後にする瀬名を唖然とした眼差しで見つめる。
視界に映っていた背中は微かに滲んでぼやけていた。
♢
欲というものは禁じられれば禁じられるほど膨れ上がるものだ。どうやらよくあるカリギュラ効果に近いものらしいけれど、そんなことはどうでも良くて。
少なくとも今はそんな話をしている場合ではなかった。
「ス〜ちゃん、これなぁに?」
赤く深い瞳を細め、不敵な笑みを浮かべながら静かに差し出された白い掌の上には、リボンで丁寧にラッピングされたものがのせられている。
「な、なんでしょう…?全く身に覚えがありませんね。」
練習の最中、凛月に学生鞄を覗き込まれたのが運の尽きであった。程よくヒートアップされたトレーニングルームの中で数回鼻を鳴らし、甘い匂いがする、と鋭い嗅覚と洞察力を彼はお見せした。
己の鞄が置かれている場所まで歩みを進め、開けて良いよね?という凛月の無言の圧に耐えられず渋々鞄を渡したのだ。
額から汗が頬へつうと伝う早さがまるで時限爆弾のスイッチを押すカウントダウンの様でとても居心地が悪い。
「ふ〜ん、このマフィン、今日紅茶部にあったものとそっくりだけど…もしかしてス〜ちゃん、盗んだ?」
「そ、そんなことしません!!それは、本日のビブリオンの集まりの際に頂いたものであとでこっそり食べようと……あ、」
やってしまったと気づいても、時すでに遅し。
凛月の笑みが益々深くそして愉快になっていく。
「ス〜ちゃんの正義感が裏目にでちゃったねぇ。これはきちんと没収しておこうね。」
「り、凛月先輩!!!こ、こんなの極悪非道です!!」
「ごめんなさいねぇ、司ちゃん。私たちも泉ちゃんからキツく言われてるのよ」
いつもなら場を落ち着かせる嵐でさえ、この様である。
なんて抜け目のない人達なのだろうか。
やる時は徹底的に、そんな騎士道精神はステージの上でのみ発揮して頂きたいものだ。
「うう、そんな、、あぁ、私のマフィンが………」
「俺たちもスーちゃんを苦しめたくてやってるわけじゃないんだよ。ごめんね。これで我慢してね」
「ごめんなさいね、司ちゃん」
そう言って手渡されたものを見て愕然と立ち尽くす。
なんて先輩達なのだろうか。まるで人の形をした悪魔である。彼らにどうやら慈悲というものは存在しないらしい。けれど、彼らは間違えていない。そう、何も間違えていないのだ。2人は瀬名の命令を全うしているだけ。
自身の欲が抑えきれなかったのが元凶だ。
そんな自分を困った様に少し見つめてから、珍しく凛月が手を軽く叩き、さぁもう一回頭からやるよ、といつも通りに練習を開始する合図をおくる。
(全く、不甲斐ないです。王として、もっとしっかり気を引き締めなければ)
手に渡されたものを一度強く握りしめ、鞄に入れる。
床を鳴らすシューズの音がやけに大きく耳に響く。
悶々と疼く鬱憤を振り払うように鞄のファスナーを思い切り閉めた。
♢
練習を終えてから数時間、司はらしくもなく星奏館の大広間で机の上に顔を伏せていた。いつもであれば、ここで一つ好物を口に入れ、束の間の休息を味わうところだが、今回ばかりはそれは許されない。
けれど、例の減量プランが執行されてからというもの、食事制限や例外をのぞいて睡眠起床時間の指定、定期的な運動、トレーナーも顔負けなのではないかと思うほどに完璧に組まれたそれらに蝕まれ、想像以上に疲弊していた。
Knightsの王として冠を譲り受けてからというもの、必然と自身の肩にかかる責務は倍々に増えていった。ユニットの取り纏め、家業の手伝い、次回のライブに向けての練習、自身の本文である学業。それらに不満などは微塵もなく、寧ろ誇りにさえ思っている。けれど人間は誰しもストレスを抱えるものであるし、それらを解消する権利がある。
瀬名に制限を強いられた今、体の中で疼く息苦しさはその術を見つけられず、持て余してしまっているのだ。
(もっと気を引き締めなければ。やらねばならないこともまだ沢山あるというのに)
思い出した様に、鞄から先ほど凛月に渡されたものを手に取ると、重たいため息が吐き出された。
そこにはプロテインバーと大きく印字されており、見るからに健康食品と言ったものだった。
この手のものはあまり口にはしたことはなかったが、身体の為に作られたものであるならば、食べて害を成すものではきっとないのだろう。
何せ現状、とやかく言っている場合ではないのだ。
腹に背は変えられない。
恐る恐るパッケージを開け、口に含んだ瞬間思わず眉間に皺が寄る。
感触がもそもそボソボソとして気持ちが悪い。
素朴な味だ。ほんのりストロベリーの味がしないこともない。もう一度確認する様にパッケージを見れば、申し訳程度に「ストロベリー風味」と記載されていた。
「strawberryがこんな味だなんて、私は絶対に認めません………」
力のない独り言が1人にしては広すぎる室内に寂しく響く。
禁止勧告を受けてから1週間と少し。
瀬名の残酷かつ念入りな指導のおかげで、体重は減量に成功しつつあるけれど、正直に言って精神の方がそろそろ限界を迎えそうになっている。
カスタードクリームが沢山詰まったシュークリーム、果物をふんだんに使用したフルーツタルト、カカオの濃厚な香りを放つフォンダンショコラ、もう頭の中はこればかりだ。想像すればする程、現実の口の中は寂しく虚しい。まさに枯渇状態である。
「お!いたいたスオ〜!!!」
突然、頭上から声をかけられ面を上げるとそこには見慣れた橙の青年が立っていた。
「レオさん?何故こちらに? 」
「おまえ、珍しく電話にもでないから探したんだぞ!いた場所はオバちゃんに聞いた!たどりつくまでに結構時間かかったけど!」
そう軽く笑いながら手に乱雑に握りしめられている楽譜たちを見れば、道中作曲しながら訪れたのだとすぐに合点がつく。
床や壁ではなく、きちんと紙に書くようになったのはレオ自身の大きな成長を現していた。
あわてて胸ポケットからスマートフォンを取り出して確認すれば、着信5件。全て同じ名前、目の前の人物からのものだった。
「すみません、全く気づかず…。ご用件は何でしょうか?」
視線を画面から離し、レオへ向き直るとじっとこちらを見つめるモスグリーンの瞳とかちあう。
探るような目つきでしばらく見つめられながら、二人の間にわずかな沈黙が流れた。
「・・・スオ〜、大丈夫か?」
先に口を割ったのはレオの予想外な言葉だった。
何が、と口を開ける前に、翡翠色の視線が自身の手に握られているものへと注がれると、彼の口にしたいことがなんとなく察してしまえた。
「心配には及びません。…といいたいところですが正直かなり堪えてます。ですがまぁ、あと数日ですし・・・ってちょっと!!」
言い終える前に手首を力強く握られ、そのまま部屋の外へと連れて行かれる。戸惑う自身を無視し、そのまま腕を引っ張りながらズカズカと歩みを進めていく。
「いいからついてきて!!」
どういうことなのか全く分からないが、こうなった彼を止めることは難しいと、今までの付き合いと経験上から知っている為、大人しくついていくことにする。
トレーニングルームだろうか?
あるいはレコーディングルーム?もしかして庭園?
そんな司の予想を見事に裏切り続けた先には、見覚えのある建物の目の前にいた。
野外に置かれた看板には「Caffe cinnamon」
何度も目にしてきたものである。
え、ここは、と自分の言葉を聞かずして、レオは躊躇うことなくドアベルを鳴らしながらその中へと入っていった。
♢♢
「すみません、2名お願いできますか?」
「はい、あちらのお席をどうぞ。」
スオ〜の抵抗を無視しながら、店員に案内された席へとそのまま足を進める。
椅子の前についた途端、彼の肩を静かに押しそのまま腰かけたことを確かめた後、自分も席についてからメニュー表を渡す。
「好きなだけ食べて良いとは言えないけど、食べたいやつ一個、奢ってやる!」
そう言うと、目の前の末っ子は驚いた様に大きなアメジストをぱちくりさせる。
「いやいや、ちょっと待ってください!レオさん、もしかしてお忘れですか?私は今減量中で…」
瀬名が愛しい恋人へ悪魔の発令をだしてから1週間と3日くらい。
スオ〜がこれらを口にすることが許されるまで、まだ日がある。
作曲以外のことは大抵抜け落ちてしまう、しがない自分の脳でも流石にそれくらいは覚えている。
「忘れてるわけないだろ〜。でも、そんな辛そうにしてるスオ〜、そのままにしておけない。」
そう、自分がらしくもなく司に電話をかけたり、ES中を探し回ったのもこの為だった。
彼と同室のソウマや同じサークルに所属しているこはくに、スオ〜の元気がないと話をされて益々落ち着いてはいられなくなった。
薄々心配はしていたが、最近の司の表情には覇気がなくて、少しやつれても見える。
本当は様子を見て誘って断られたら静かに見守るだけにしようと思っていたのだが、広間で見た司の弱りきった様子にいても立ってもいられなかったのだ。
「お気遣いありがとうございます…。ですが、お気持ちだけ受け取らせて頂きます。これも仕事、Knightsの為です。何より、王としてみっともない姿を晒すのは私自身としても避けたいですし…」
断られることは覚悟している。この強情で頑固で意地っ張りな王さまが、最初から素直に首を縦に振るとは思っていない。
けれど、その可愛げなさの裏に必要以上の我慢が隠されていることを自分は知っているつもりだ。
自ら素直になれないこいつが、少しでも肩の荷を下ろせるそんな存在でいたい。そもそも、恋人っていうのは少なくともそういった時に寄り添えるものであるとレオは思っていた。
言葉はまどろっこしい。言葉で全ての説明がつけられるのであれば、音楽の価値はないも同然。言い合いは嫌いだ。埒が開かない。何より面倒くさい。ならば手段は一つだけ。
司の手に掴まれたメニュー表を勢いよく取り上げ、そのままベルを鳴らすと
数秒数える間もなく、店員が自分達の席へと駆け寄ってくる。
「お呼びでしょうか?」
「すみません、このフルーツタルトを2つと、飲み物はアイスティとホットコーヒーで」
何を頼めば良いのか分からないので、取り敢えずすぐに目に付いたおすすめデザートと互いがこの店でよく頼む飲み物をチョイスする。
「ちょっ、レオさん……?!」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ。」
自分が頼んだものを、サラサラと伝票にペンを走らせた店員は書き終えると、颯爽と立ち去っていく。
「レオさん!今、タルトを2つと……」
「あはは!!間違えて2つ頼んじゃったな!一個余っちゃうしスオ〜にあげる!」
勿論、間違えた、なんて大嘘だ。きっとスオ〜にもバレバレだけど、そんなことは心底どうでも良かった。
こうでもしないと素直に受け取れない末っ子の為に口実を作る為、一芝居打っただけの話だ。
「全く……レオさん、あなたってひとは…」
あまりにも見え見えの嘘に、司は溜息をつくと困った様に額に手を当てる。
「はぁ、こうして私はまた体重が増えていくのですね… 特にあなたと、その…お付き合いを始めてからより拍車がかかっているような気がしてなりません。 」
「あはは!おれは少しふくよかなスオ〜も今のスオ〜も大好きだし可愛いって思ってるから全然気にしないけどな!」
「貴方が気にしなくても仕事柄、許されません。そもそも、レオさんの所為ですよ・・・そうやって私を甘やかして・・・まあ多くの原因は自身の堪え性の無さにあると重々承知はしておりますけど・・・」
もじもじと綺麗な指を弄りながら恥ずかしそう口篭る司の顔は真っ赤だ。
「なに笑ってるんです?」
「いーや!おまえやっぱりかわいいなって思って」
「っ〜〜!」
素直な気持ちを口に出せば、林檎になっちゃうんじゃないかと思うほど、益々顔を赤らめるので思わず吹き出してしまいそうになるのを堪える。
これ以上怒らせてしまうのはなんだか忍びない。
「お待たせ致しました!限定フルーツタルトでございます♪お飲物はこちらに置かせて頂きますね!」
手際よく注文した品をセットアップしてもらうと、店員はごゆっくりどうぞ、とにこやかに微笑んで席を後にする。
「セナには内緒だからな〜?あと一応、これ食べたら暫く我慢すること!」
「も、勿論です!!」
待ちきれないと言った様に大きなアメジストは既にもうタルトに釘付けである。
視力がおかしくなったのか、今のスオ〜には尻尾が見える気がする。
タルト一つでこんなに瞳をキラキラさせる程、喜んでもらえるのならなんだってご馳走させてやりたくなる。
甘やかせすぎだろうか。だとしても構わない。
彼が1人重荷に潰されてしまうのであれば、例え周囲から指を刺されたとしても、自分はその権力を振りかざすことに躊躇はしない。彼の笑顔がいつでもそこにあってくれるのであれば。
美味しそうに頬張る司を見守りながら、自分もタルトをフォークにのせる。
口に含んだそれは、自分には眩暈がしそうなほど甘くて幸せな味がした。
♢♢
「おや、先に戻られていたのですね?」
聞き覚えのある声に面を上げると、その主は朱の髪を揺らしながら控え室のドアからひょっこりと顔を覗かせた。
「おおスオ〜か!さっきの撮影中、新しいインスピレーションが沸いちゃってさぁ、つい居ても立っても居られなくて!」
先程まで夢中になって書き走らせた五線譜を何枚か手に取り、ひらりと見せてやる。
それらに引き寄せられるかのように側によってくると、一緒にしゃがみこんでくる様はまるで雛鳥みたいだった。
「なるほど」
床に正座をつきながら楽譜を覗いて暫くの間、沈黙が流れる。
「……なに?なんかあった?」
「レオさん、ありがとうございました」
急に口を開いたかと思えば、スオ〜は綺麗にお辞儀をしてみせた。
「なんだなんだ?!改まって!」
「レオさんのお気遣いがなければ…今回、どうなっていたことか…」
「あぁ!そのことか!気にするなって。結果、成功したんだし。それにあれはおれがしたくてしたことだから」
プロモーション撮影は成功というより大成功を収め、5人が期待するよりはるかに多くの反響を得たのだ。
それにこれは謙遜でもなんでもない。
もしあの時、自分が手出しをしなくてもきっと彼なら、何がなんでも自力でやり遂げることができた筈だ。
朱桜司はそういう、確固たる強さや力を持っている人間であることを誰よりも自分が知っている。
「?」
どういうことです?とでも言うように、不思議そうに首を傾げる。
言葉にするのは苦手なのに、更に説明を求めてくるあたりが彼らしい。
「うう〜だから、恋人として力になりたかったんだって!」
驚いたように大きなアメジストをぱちりと一つ瞬きさせると、華が綻ぶように優しく微笑む。
「ふふ、私は自分で思っていたより、貴方に愛されているようですね」
「おまえ…よく恥ずかしげもなくそんな事が言えるなぁ?!」
ああもう、なんでそんなに綺麗に笑うんだ。
「いつも愛してるなんて軽々しく口にする方が何を言ってるんです?」
「その愛してるとは形も音もぜんぶ違う!」
そう、彼に対する「愛してる」は、自分が世界に放つものとは何もかもが違う。たった一つだけ、この世界で奇跡のように生まれて育ったもの、唯一無二、大切にしたいもの。
(そう、こんな風に)
「レオさん…?」
朱く染まった横髪を優しく耳にかけ、形のいい耳が姿を現わすとその輪郭、頬、あごを親指でゆっくりなぞっていく。
指先にあたる唇に優しく触れれば、目の前の愛しい朱は喉をこくりと鳴らした。
「わからないなら、教えてやる」
「っふふ、ではお手並み拝見といきましょうか?」
そう悪戯に細められたアメジストが、薄い唇が、あまりにも綺麗で愛しくって、引き寄せられるように唇を重ねる。
触れた先が柔らかくて暖かくて、体の底がじわりと熱を持つ。
ーーああ、これは暫く離してやれないかも。
こっそり合わせた唇は2人で食べたフルーツタルトより甘くてとろけてしまいそうな味がした。
その後、遅れて戻ってきた凛月、嵐、瀬名にどやされたのはまた別の話である。