甘々えっちになるはずだった山ツナ(2414)ピンポーン
カタンッ
エンターキーを押すのと同時に鳴り響いたチャイムの音に、山本は顔を上げた。
時刻は深夜0時を過ぎたところだ。緊急時以外でこんな時間にこの部屋を訪ねる者など1人しか思い当たらないが、その人は今―――
(ああ、アイツのことで何か分かったのかな)
朝から技術班がせっせと調査していた件で進展があったのかもしれないと、山本はデスクワーク用にかけていたメガネを外し席を立った。
随分と集中していたようだ。凝り固まった肩をぐるぐる回しながら玄関に向かう。
ここはボンゴレ本部内の山本の自室だが、古城のような外観に反して守護者に割り当てられた部屋は現代的なつくりに改修されている。
広めの一人暮らし用マンションの一室といった間取りで、リビングと寝室は分かれているし、キッチンもあれば風呂やトイレに続く廊下もあり、部屋の外にはインターホンも設置されている。扉だけ昔のままの重厚な見た目をしているのが室内からはアンバランスで面白い。
「はいはい、どちらさん……っと」
「あ……山本……」
ドアを開けてまず山本がしたことは、視線を30㎝ほど下げることだった。
視線の先には、見慣れた栗色のふわふわと、同じく見慣れたココナッツブラウンの瞳を持つ山本の愛しい恋人が―――10年前の姿でそこにいた。
「おおツナ。どうした?こんな時間に」
「あっ、ご、ごめん……。お、起こした?よね……?」
夜中に突然恋人が10年前の姿で訪問してきても、山本は動じることはなかった。
なんのことはない、いつもの(と言い切ってしまうのもどうかと思うが)10年バズーカの誤作動で、今朝方この時代のツナと10年前のツナが入れ替わり、半日以上経った今も戻れないでいるのだ。
10年バズーカに詳しい正一には時空がどーの亜空間がこーので心配することはないと説明されたが、ツナも山本も難しいことはさっぱりなので、この件については頭の良い人たちにまかせることにした。
日中山本は任務で外出していたので、今日一日ツナは獄寺に屋敷を案内されたり、クロームと一緒にお菓子を作ったりしたのだと、帰ってきたときにツナ本人から聞いた。
不器用なツナはお菓子作りは遠慮したかったのだが、他にやることもないのだからとクロームに押し切られたらしい。
「いや、まだ起きてたから気にしなくていいぜ。そうだ、クッキーサンキュな。うまかったぜ」
「あ……よ、よかった……あの、ほとんどクロームが作ったから……うん……」
わしゃわしゃと髪をかき混ぜながら礼を言うと、ツナはほんのりと頬を赤らめ俯く。
10年前のツナにそうされると、山本からはツナの顔が全く見えなくなってしまう。ふわふわとした頭頂部を眺めながら、ツナも10年ででっかくなったんだなー、と山本はしみじみと感じた。
いつもそばにいる人間の成長は気付きにくいものだ。
この時代のツナも山本から見れば十分小さいのだが、それでも俯いた時に山本からその小ぶりな鼻の頭が見えるくらいには身長は伸びている。
「で?どーしたんだ?」
「あー……えっと……その……」
「…………もしかして、眠れねえ?」
「っ!」
図星だったようだ。
しばらくあー、だのうー、だのうなっていたツナだが、観念したようにこくり……と小さくうなずいた。
「ご、ごめん……あの、この歳で恥ずかしいんだけど……なんか、えっと……やっぱりこわくて。ほんとにちゃんと戻れるのかなって……」
「気にすることねーよ。大人だって不安なことがあったら眠れねーもんだ」
「そうなの……?」
「ん」
実際のところ、山本はわくわくして眠れないことはあっても不安で眠れない経験はないのだが、こう言ってやればツナは安心するだろうと思った。
にこっと笑って頷くと、思惑通りツナは安心したようにほっと笑みを浮かべる。
かわいいなーと思いながら、頭に置いたままの右手で栗色の毛先をくりくりといじってみる。
「あの……それで……や、山本といたら不安も紛れるかなって……山本の隣って、すごく頼もしいっていうか、その……安心する、から………」
「ツナ………」
目の前にいるのは山本にとっては10年前のツナであるとはいえ、歳を重ねるごとに甘えるのが下手になっていく親友兼恋人にこうして素直に甘えられるのは悪い気はしない。どころか、もうなんでもしてやろう、どろどろに甘やかしてやろうという気持ちになる。
「よいしょ」
「わあっ」
軽々とツナを横抱きにした山本は、そのままずんずんと寝室に向かい、セミダブルのベッドにふわりとツナを下ろす。
見慣れたベッドも小さいツナが横たわるといつもより2回り以上は大きく見えた。
「待ってろな」
ツナを下ろした山本はキッチンへ向かい、手早くホットミルクを作る。
仕上げにブランデーをひとさじ…入れかけて、おっと危ねえ、と手を止めた。
(ハチミツでもあればよかったな)
そんなことを考えながらマグカップを手に寝室に戻ると、ツナは起き上がってベッドの縁に腰掛けていた。
「ホットミルク。ヤケドしないようにな」
「う、うん…ありがと……」
両手でマグカップを持ち、ふーふーと息を吹きかけてからひとくち口をつける。
舌に馴染む優しい甘さに、ツナはほぅ…と息を吐いた。
「うまいか?」
「うん。……なんか、安心する味だ……」
「ああそれ、並盛牛乳だぜ。日本から取り寄せてんだ」
「ええっ!?」
「こっちのも美味いけど、なんかしっくりこなくてな~。でも牛乳って国際便で送れねーし…って愚痴をヒバリに零したら、色々手を回してくれたんだ。やけに手厚いなと思ったら、ついでにこっちの飲食店に仕入れさせることにしたとかなんとかって」
さっすがヒバリだよなー、抜け目ねえ。と笑う山本にツナの緊張は完全に解れたようで、あははっ、と声を出して笑った。
「ツナ?」
「さすがなのは山本もだよ。10年経ってもそんなに好きなんだね、並盛牛乳」
「そっか?まあガキん頃から毎日飲んでるからなー」
「……なんか安心した。山本が変わってなくて」
ん?と続きを促す。
「……今日、お昼過ぎまでは獄寺くんがずっと付き添ってくれてたんだけど……なんかオレの知ってる獄寺くんと違うっていうか……落ち着いてて、笑顔もすごく大人びてて……獄寺くんじゃないみたいで」
「……そりゃー……」
おまえにいいカッコしたいからだろ。と思ったが、獄寺の名誉のために言わないでやった。
外から見ると昔に比べておとなしくなったと思われがちだが、仲間内での悪態は相変わらずだしこの時代のツナの前では大抵しょーもない。まあ、オンオフの切り替えができるようになったということなのだろう。
「クロームもね、あの、良いことだとおもうんだけど、すごく明るくなったっていうか……たくさん笑うし……やっぱり、オレの知ってるクロームとは違って。みんな、大人になったんだなあって……」
「その言い方だと、オレだけガキのまんまって言われてるみたいだぜー?」
「わっ、ちょ、こぼれるこぼれる!」
言葉尻だけは拗ねたみたいに、笑いながらツナの肩を抱きこんで、うりうりと脇腹に拳を押し付けるフリをする。
「も、ちが……っ、や、山本はさ!昔……いやオレにとっては今なんだけど、その、中学のときから……大人っぽいっていうのとは違うけど、いつも余裕があって冷静で、みんなを安心させてくれるだろ?そういうとこが変わってなくて安心したし……それに……」
「それに?」
「…………その………か、かっこいいなあって………」
突然の告白に、山本は面食らった。
感情をオープンに伝える自分とは違いツナは今も昔も照れ屋で奥手で、こちらがねだらない限りなかなか思っていることを素直に伝えてはくれないのだ。
試合でホームランを打ったときなどは興奮気味に「かっこよかった!」と誉めそやしてくれることもあったのだが、こういう、恋人同士の睦言のような雰囲気の中で言われるのは非常に珍しい。
もしかすると、14歳と24歳という歳の差が、ツナを少しだけ素直にしてくれているのかもしれない。
大人である山本に、子供のツナは甘えているのだ。
「ありがとな、ツナ」
それが10年前の相手であっても、恋人にかっこいいと褒められて嬉しくないはずがない。
山本はとろけた笑みを浮かべ、ちゅ、とツナの額にキスをした。
途端、ピキッと固まったツナを見た山本は、あれ?10年前ってまだそういう関係じゃないんだっけ?と過去を振り返ってみるが、記憶違いでなければすでに一線も超えている仲だったはずだ。
「ああああああのッッ!」
ガバッ!と身体を引き離したツナが、そろりと伺うように山本に振り向く。
「あの……やっぱりこの時代でも、オレと山本って………」
ああなるほど。そういえば、きちんと話していなかった。
「ん、付き合ってるぜ」
「!」