「3つの恋のお題」より❄️🍑習作行動には結果が伴う。自分以外の他者へ起こしたものであればなおのこと。
だからこそ行動する時にはある程度結果を予測しておくし、うまく希望通り運べるように動きもする。
なのに、こんな、勢い任せのことを。
わずかに頭の隅で喚いている己の声の警鐘など、もう知らない。
目の前で何も気づかずに眠っている、このうつくしい人の唇にふれてしまいたい。
今はただそれだけ。
一度だけ。この一度だけ。これっきりだ。
覚悟だけはしてふれたからか、そこから容易に動けない。
早く、離れろ。せめて間に合ううちに離れろ。明るみに出ないうちに、早く。
そう思うのに、身体が言うことをききやしない。
ぴくりと身動ぐ気配を感じて、ようやく弾かれたように顔を離した。
その瞼が開く前に、彼の視界にこんな卑怯な自分が映り込む前に、立ち去らねばと思うのに。
うっすらと覗く灰青の瞳はまだ夢現を彷徨うようで。
それなのに、ふと焦点が合ったのか、目元も口元もやわらかな曲線を描く。
音を成してもいないのに、唇があまりにも見慣れた動きを辿るから。
その甘やかな表情からも、呼ばれた自分の名前からも。
やっとの思いで後退り、駆け出したい焦燥をねじ伏せて、音を立てずに部屋を出た。
どうか。頼むから。
睡眠欲には滅法弱い、いつも通りの彼のまま、このまま夢だとでも思ってくれ。
ずるずると崩れ落ち、自ら閉じた寝室のドアに背を投げ出すようにして、天井を見上げる。
5年の期限も取り払われ、自分には勿体無いくらいの言葉も想いも、両腕から零れ落ちてしまうくらい沢山もらった。
公明正大に隣にいられるだけでよかった。過去形でなく今この時だってそう思っている。
「何やってんだよ、オレのバカ……」
情けなくて涙も出なくて、見上げたままの顔を思わず両手で覆う。お手上げだとでもいうかのように。
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春原百瀬から折笠千斗への3つの恋のお題:
衝動に身を任せた/はにかんだ笑顔の君に/ただ傍に居てくれたらそれだけで良かった
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やわらかな感触と、わずかな熱。
ぼんやりした頭のまま目を開けると、不明瞭な視界ながらもなんとなくわかってしまう。
目の前の人が、誰よりも愛しい相手だから。
自然笑みも浮かべば、唇も彼の名を紡ごうとする。
けれど常であれば、喜んで距離を詰めてくるはずのその人は、すぐさま視界から消えてしまった。
これは夢か、現実か。
眠気に再び引きずりこまれそうになりながら、それでも少しずつ、覚醒しようと自分に言い聞かせる。
今夜は約束もしていない。日中仕事で顔を合わせた時も気にかかる様子はなかった。上がる前はそれぞれ単独の仕事でタイミングも違ったから、また明日と別れたきりだ。
それならなぜ、こんな夜更けに彼がいるのか。
光の落ちた寝室に天井を眺め、無意識に指が唇をなぞる。触れた感触が現実だというなら、確かめなければならなかった。
どうしても手にしたくて、掴めそうで、幾度となく手を伸ばしてもやんわりと躱されてしまいそうな。
容易に隙を見せてくれなかった相方の、わずかばかりの綻びかもしれないのだ。
とはいえ、自分に都合の良すぎる夢ならこれまでにも見たことがあったので、半信半疑ではある。
せめて一度部屋から出て、痕跡だけでも残っていないかは確認しておこう。
寝室のドアの取手へ手をかけ、開くために押そうとした。
手にかかる負荷に、思わず顔が緩んでしまう。
「……逃げないでよ」
ドア1枚隔ててなら聞こえるはずだ。先手を打って声をかける。
もう一度ドアを押す。硬さはないが重い感触はまだそこにある。
逃げずにいてくれるのはいいが、これでは面と向かって話もできない。
おねだりし慣れてないわけではないが、この状況では効果的な手札でもある自分の顔は使えない。
出す手を間違えれば、ありし日の彼のように本当に飛んで逃げ帰ってしまうだろう。
さてどうしたものか。少し考えて、ただ素直に自分の気持ちをぶつけてみる。
「ねえ。せっかく会いにきてくれたのに、顔を見せてくれないの?」
「……今とてもじゃないけど見せられない顔してる……」
無言の抗戦にはならずに済んで、ドアにこつんと額を当てる。
「どんな顔だって、僕は見せてほしいよ」
ことさらやさしく、想いをのせる。
寝ぼけ眼だったせいもあり輪郭すら朧げで、まだまともに顔を見ていないのだ。
あの感触が現実だったなら、今どんな表情を隠してそこにいるの。
「すごく、良い夢を見たんだ。でも夢でないのなら、ちゃんと確かめたいんだよ」
だからどうか、このドアを開けさせて。
ドア越しの背に向けてするように、手のひらでとんとんとドアを叩く。
そうして再び取手をゆっくりと押すと、扉もゆっくりと開いていく。
向こうに見えた背中は丸まっていた。こちらを向いていてはくれなかったが、でも逃げないではいてくれた。
また少し考えて、彼の正面へと回る。膝を抱えるようにして、その上へ顔を押し付けている。
ぎゅっと重ねられた両手が、祈りのようにも見えた。
抱擁してやりたい気持ちをぐっと堪えて、めいっぱい力のこもったその手にそっと両手を重ねた。
確かめたいことも、伝えないといけない気持ちもある。
自分だっていっぱいいっぱいなんだと、情けなくも震える手から少しでも伝わればいい。
これからもこの手を離さずにいられるように。
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折笠千斗から春原百瀬への3つの恋のお題:甘えるってどうすればいい?/いつまでも交わらない、ねじれの関係のように/君の手を握りしめて
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