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    復活。クロノ_クロス(カー_セル)自家発電

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    『対岸の、その先に進むには。』前

    クロノポリス攻略中の時系列です。
    セルジュを守りたいカーシュと、まだ少し落ち込み気味なセルジュ。
    全編R18描写なしです。


    支部の『花、開く。』の続きの話です。
    先にお読みいただくともっと楽しめるかも↓
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20077594

    対岸の、その先に進むには。六龍の加護をすべて集めて辿り着いた神の庭には、未知の施設がそびえ立っていた。


     蛇骨館と比べ物にならないほど巨大な建造物の中には、自律して動く鉄の塊——機械が多数配置されており、行く手を阻んだ。
     直立歩行型の機械から、エレメントとも違う高密度のビームが放たれる。すかさず避けようとするもかわしきれず、セルジュの頬を掠める。
    「……っ!」
     赤い鮮血が、空中に舞う。
     ひるんで、セルジュが床に転がる。
     ほんの一瞬のことなのに、セルジュの表情が苦痛に歪むのも、スワローを抱えながら後ろに倒れるのも、ひどくスローモーションに、かつ鮮明に見えた。
    「てめえ……っ!」
     やめろ。
     傷つけるな。
     指一本さえ、触れることは許さない。
     怒りが腹の底から湧き上がって、頭を支配する。
     駆けて間合いを詰め、細い脚を一閃してまとめて砕き、動きを奪う。
     三つ並んだ目らしき部分が、動揺して回転と収縮を繰り返す。
     大きく斧を振りかぶって、頭部を一撃で砕く。
     動かなくなった。
     が、まだ気が治まらない。
     セルジュを傷つける奴は許さない。
     刻む、砕く刻む砕く刻む刻む刻む……

    「カーシュ」
     後ろから声をかけられて、我に帰る。
     怒りが引いてゆく。
     軽く息が上がっている。
     後ろを振り向くと、イシトに支えられながら立ちあがろうとするセルジュがいる。
    「もう、動かないみたいだよ。…ばらばらだね」
     海の色の大きな瞳が、こちらを見つめている。見据えた表情には、初めて出会った時のように怯えた色が浮かんでいる。こちらの顔と足元を交互に見遣っている。足元には、もはやただの鉄屑と成り果てたものが、わずかに煙を上げながら転がっている。原型は全くと言っていいほどない。
     危害を加えた機械を徹底的に無力化したかっただけなのだが、結果として少年を不安にさせてしまったようだ。首を振り、軽く息を吐いて興奮を鎮め、少年に近寄る。既にイシトの支えがなくとも立てているようだ。
     先程敵から受けた傷からはまだ血が流れており、ベストに滴り落ちている。傷はおよそ三センチほどだが、思ったよりも深く抉れたようだ。先ほどの猛攻でエレメントパワーは充分に溜まっている。少年の頬に手を近づけて、回復量の多いエレメントで少年の傷を治療する。不思議と、手が震える。直接触れているわけでもないのに、頬に手を近づけることすら緊張してしまう。
     エレメントの光を直視しないように、大きな瞳が閉じられる。傷口が光に包まれるとみるみるうちに血が収まり、傷跡がきれいに消えていく。
     目を閉じながら光に包まれる少年が、神秘的なものに見えた。
     そっと手を離すと、入れ替わりで少年の手が頬に置かれる。傷口が消えているのを確認しているようだ。極力平静を装い、声を掛ける。
    「大丈夫か? 痛かったろ。痛みは残ってねえか?」
    「少しびっくりしちゃったけど、治してもらったからもうなんともないよ。
     ありがとう、カーシュ」
    「……おう」
     奥の鉄屑を見遣り、まだ不安を残しながらもこちらを心配させまいと笑顔で返答する少年。
     健気な態度は見ていて胸が締め付けられ、笑顔で気持ちが弾む。礼を言われたことも嬉しい。好意を持っただけで、こんなにも愛おしく思えるものか。顔が熱い。今、自分はだらしない顔をしていないだろうか。この少年への想いが、顔に出てしまってはいないだろうか。
     胸を抑え、呼吸を整えなければ…
    「少しやりすぎなのでは?」
    「……あぁ?」
     横槍が入る。思わず、不愉快さを隠せない返事が漏れ出た。顔に集まっていた熱と、胸のざわつきが一瞬でどこかへ行った。こちらに構わず、イシトが眉をひそめて続ける。
    「今の過剰な破壊を聞きつけて、他の機械が駆けつけるかもしれません。あまりひとりで出過ぎた行動はしないでください」
     遠くから、微かに機械駆動音らしき音が聞こえて来る。厳重な警戒体制を敷いているようだ。目の前に現れる脅威は、順繰りに潰していくべきだと思う。
     それに……今のは単純に、セルジュを傷つけた機械が許せなかったからそうした。セルジュを守りたい、それだけだ。それがわからないか?
    「なにがあるかわからねえから、完全にブッ壊しとく必要があるんだろうが。
     わかってねえなあ、軍人のくせによ!」
     互いに眉根の皺が深くなったが、心配そうに見つめる少年の存在に気づき、溜息と舌打ちが漏れる。…セルジュの前でみっともない喧嘩を見せたい訳ではないのに、仇敵の前では調子が狂う。とにかく、こいつに対しては苛立ちの原因が多すぎるのだ。
    「…とにかく、慎重に行きましょう」


     エントランス以外に外光が一切射さない施設内部では、何時なのかもわからない。覚えている限りでは、この施設に入る時、南の空高くに太陽があった——およそ正午から、ここにいるはずだ。
     イシトが持ち歩いていた懐中時計も未知の施設の中では意味を成さず、長針と短針がありえない速さででたらめに回転を続けている。
     ここに来てから慣れない機械の仕掛けと、鉄の塊たちを相手にし続けてきた。
     さらに、謎や衝撃の事実が増えるばかりだ。
     ここが遥か先の未来の施設であるということ、
     エルニド全土が研究を目的とした人工島であること、
     時のたまごとかいう物質、
     他にもあるかもしれない可能性世界。
     ……情報量が多過ぎる。
     特に、エルニドの人間たちが運命の書により全ての行動や思考を意図的に操られていたことにショックを隠せない。仮に、ダリオへの劣等感やリデルへの想いもこれによるものだとしたら、たまったものではない。道中、清掃ロボの操作やカードキーの探索にも手こずった。体感では、とっくに日は沈みきっているはずだ。
     機械どもは指示された動きしかできないようで、視界にさえ入らなければ決められたルートを往復して警護している、とわかったのはついさっきのことだった。機械たちの行動パターンがわかったところで、ロッカーが並んだ無人の小さな部屋を見つけた。この部屋で、夜明けまで休むことにした。奴らの移動範囲に割り込まなければ、警戒されることもない。息を潜めて部屋に飛び込む。小さなスライド音を立てて鉄の扉が閉まると、セルジュは溜め込んでいた息を腹から吐き出しながら床にへたり込む。その横を陣取るように、足を伸ばして床に座る。
    「はあ〜っ……なんとかひと安心だね……」
    「ドッと疲れたな…大丈夫か、小僧」
    「うん、ちょっと疲れたけど大丈夫だよ。ありがとう」
     額の汗を拭いながら少年が返答する。ひんやりとした施設内だが、緊張感から火照っているようだ。少し赤らんで汗をかいたその顔はとても愛らしい。見ているだけで元気が湧く。やや遅れて、安全を確認しながらイシトが入ってくる。セルジュの目の前にしゃがんで、顔色を伺う。
     …こいつがいなければ、ふたりきりなのだが。
    「セルジュ、大丈夫ですか? 君にばかり傷を負わせて、申し訳ない」
    「イシトさんが謝ることじゃないよ。もしかしたらヤマネコの指図で、ボクを攻撃するように言われてるのかもしれないし」
     そう、なぜかここの奴らは不思議とセルジュばかりを狙っている気がする。実際、戦闘が終わるたびにセルジュを集中して回復させている。
     セルジュの言葉を聞いて、イシトは顎に手を当ててふむ、と唸った。
    「それは…ありえるかもしれませんね。本来なら古龍の砦で私達を足止めしたかったのでしょうが、それもかなわなかったのですから」
    「んで、最後の一押しで邪魔をしようとしているのかもしれねえな。ったく、余計なことしかしねえな、ヤマネコの野郎はよ…!」
     不本意ながらもイシトと意見が一致してしまった。自身の姿を借りた仇敵のおぞましさに、あっという間に顔色が曇ったセルジュが頭を下げる。
    「…迷惑かけて、ごめんなさい」

     ——昨日のことが、頭をよぎる。
     目の前の少年は、自分と同じ顔の男が仲間を傷つけたことにひどく心を痛めていた。
     姿を奪われていた時に、かつての仲間逹や街の人々に心無い言葉を投げかけられたことで、心に影を落としていた。
     そのことで思い詰めて、ひとりで戦いに赴こうとしていた。
     そんな少年を見て、こちらも胸が痛んだ。
     その時に、はっきりと好意を自覚したのだ。
     寂しさが埋めきれない分、愛情を注ぎたい、と。
     味方でいるために、ずっとそばにいると約束した。

    「なんでてめえが謝るんだよ。悪いのは全部ヤマネコだ。気にすんな」
     隣に座る少年の背中を、軽く一回叩いて励ます。手袋とベスト越しでもわかるくらいに、暖かく逞しい背中だ。…強く叩きすぎていないだろうか、怖がらせていないだろうか。惚れてしまっただけで、こんな些細なことでも気になるものか。
    「そうですよ。迷惑だなんて思ったことは一度もありませんから、あまり落ち込まないでください」
    「…ありがと、カーシュ、イシトさん」
     双方からかけられる言葉に、ほんの少しだけ言葉を詰まらせながら少年は微笑んだ。


     持参した軽食を三人で食べたのちに、イシトに「ふたりだけで、少し話をさせてください」と言われ、廊下の方に呼び出された。正直、こいつとふたりきりになっても全く嬉しくない。
    「…なんか言いてえ事でもあんのか」
    「ヤマネコが急襲してくるとも限りません。君と私とで、交代で見張りをしませんか」
     いきなり呼び出されて不愉快だったが、犬が考えた割にはいい提案だ。セルジュは内心緊張が続いているに違いないから、少しでも休息を取らせたい。それに……ほんの少しの間でも、ふたりきりになる時間が欲しいものだ。素直に乗ることにした。
    「そうだな…小僧は休ませてやりてえしな。で、言い出しっぺのてめえが先に立ってくれるんだよな?」
     素直に提案に乗られたことと、更なる提案が驚きだったらしく、一瞬目を見開いてから、むっとした表情を見せるイシト。
    「…まあ、仕方ないですね。ただし、交代時間は厳守してください。では、今から二時間後に」
     そう告げて、片手に銃を構えて早速扉の前で警備体制に入るイシト。部屋の中に戻ると、部屋の中央でゆったりと座っていたセルジュが不思議そうに見つめてくる。
    「あれ、イシトさんはどうしたの?」
    「おう。俺とパレポリ野郎とで、交代でこの部屋を見張ることにした。だから、てめえは安心して休みな」
     大きな目がより大きく見開かれる。
    「え、そうなの…? 悪いからボクも見張りするよ」
     そう言いながら、立ち上がって部屋を出ようとするセルジュ。相変わらず健気なのは良いことだが、昨日のことをまだ引きずっているに違いない。そうやって気負わせたくないから交代での警護を受け入れたのだが、セルジュを見張りに立たせることになっては意味がない。セルジュの肩をやんわりと掴んで、外に出るのを阻止する。
    「ヤマネコの狙いはてめえだろうから、一人で外に長時間いるのはまずいだろ。俺達に任せとけよ」
    「でも、ボクだって…」
    「まだ言うか、わかってねえな!
     昨日みてえに、てめえひとりが気負ったところでどうにかなるわけじゃねえんだ!
     いいから言われた通りにしろ!」
     言い切ったところで、肩を掴んだ手に力が入っていたことに気づいた。発したままに、口が塞がらない。
     少年は大きな瞳を潤ませる。そのまま唇を噛み締め、ベストの裾を握りしめながら部屋の隅まで引き下がり、乱暴に腰を下ろした。その顔には、やり場のない怒りと悲しみが見えた。
     感情のままに怒鳴りつけてしまった。口を閉じかけたところで、出した言葉は戻らない。肩を掴んだ感触が、やたら手に残っている。
     自分が、過ちを犯したことを悟った。





     あれだけ望んだふたりきりの状況なのに、気まずい空気が流れている。
     少年は大きな箱の前で、膝を抱えながら座っている。
     俺はというと…斜向かいになるように、部屋の反対側の隅に背中を預けている。
     ああ言った手前、目を閉じて身体を休めるフリをしているが全く気が休まらず、様子が気になって仕方がない。
     薄目を開けては少年の方を伺う。
     ……顔を膝の間に押し込んで、周囲を見ないようにしている。
     時折、鼻を啜る音が聞こえてくる。
     膝に添えられた拳が、時折小さく握られる。
     顔を下げているせいで、トレードマークのバンダナの端も垂れ下がっている。
     その姿は、小さく儚く見えた。

     力を合わせて仇敵に立ち向かわねばならないのに、少年を傷つけてしまった。
     時間が進むのがやたら遅く感じる。
     吸い込む空気すら重く、痛い。
     イシトはまだか。

     セルジュに笑っていてほしいと願ったのは、誰だ?

     ……くそっ。

     …馬鹿か、俺は。





     鉄の扉が開く。
     かっちりと着込まれた青い軍服が入ってくる。正直、この男をこんなに待ち侘びたことなど今まであっただろうか。長い二時間だった。
    「交代の時間です」
    「……ああ」
     重い息を吐いて、気怠い返事をしながらゆっくりと立ち上がる。こんなに近くにいるのに、斜向かいにいるセルジュの姿が見られない。
    「気分が優れませんか。もう少し、私が立っていましょうか」
     この男にこんな発言をさせてしまうとは、よほど酷い顔をしているらしい。余計、自身に腹が立つ。怒りを必死に覆い隠す。
    「……いや、別に何ともねえ。てめえだって少しは休まねえと保たねえだろうが」
    「何かあったら、すぐに声をかけてください。事が起こってからでは遅いのですから」
     聞こえなかったことにして返答はせず、部屋を出た。




     何分経っただろうか。
     廊下は驚くほど静かだ。室内の物音が全く聞こえない。防音対策をしっかりしているのだろう。どうりで、さっきの言い争いの時にイシトが来なかったわけだ。認めたくはないが、反応速度は仲間内の誰よりも速い。いつもなら、誰かが少しでも声を上げればあの犬は飛んでやってくるはずだ。
     ……イシトに仲裁して貰えばよかったとでも?
    「…くそッ」
     まだ、自身への怒りがおさまらない。奥歯を噛み締め、拳を背後の壁にぶつけ、天を仰ぐ。
     涙を浮かべて唇を噛んだ、悔しそうなセルジュの表情が浮かぶ。
     少年とは敵対関係から始まったが、短い付き合いながら少しずつ絆を育んできた。すでに二度も負かされていたこともあり、実力は認めるところだったが、協力関係を結んですぐに素直で優しい性格だということがわかった。直後、セルジュにとって悲しい出来事があった。憔悴したセルジュを慰めつつ、さまざまな話をしたり、戦いの中で助け合うことで友情が深まっていった。
     この少年と一緒に時空を超える旅をしていなければ、ダリオやリデルへの感情を清算できないままだったということも大きい。そんな機会をくれた少年には、心の底から感謝している。精算できたからこそ、新しい感情が生まれたのかも知れない。
     好意を自覚した昨晩は、不思議な多幸感に包まれた。リデルに想いを抱いていた時とは明らかに違う暖かさ。仲間になって初めてまともにセルジュの姿を見られたということがとても嬉しかった。夕日に照らされ、憂いを帯びたたセルジュの姿を見て胸がざわついたが、本能的に守ってやりたくなったのだと後から悟った。少年との友情が愛情に形を変えて、今や全身を満たすほどに膨れ上がった。
     ヤマネコや凍てついた炎の因果に巻き込まれて戦ってはいるものの、本来ならばセルジュは戦うことを知らなくて良い、普通の少年だ。自分やイシトのように、騎士や軍人という肩書きがあるわけでもない。出会った頃に比べれば、見違えるほどに強くなったのはわかっている。さまざまな強敵との戦いの中で、逞しく成長する様をそばで見てきたから。実力的には守る必要はないかも知れないが、楽天的に見えて実は考え込みやすい性格というのも旅の中でわかってきた。だからこそヤマネコという敵に向かう重荷を少しでも軽くしてやりたかった。
     

     そう、ただ大切にしたいだけなのに…
     どうして、うまく思いを伝えられないんだ。

     
    「わかってるなら、もっとうまくやればいいだろ?」

    「!」
     …いきなり聞こえた声に、心臓が止まるかと思った!
     天を仰いでいた顔をゆっくりと下ろすと、白塗りの顔に赤い頭巾の道化師——ツクヨミがこちらを見上げていた。
     紫色に縁取られた唇が、わずかに上がる。
     すかさず、壁伝いに体をずらして間合いを取り、斧を構える。
    「っ、てめえっ! 何しに来やがった! ヤマネコの差金か!」
     ツクヨミは戦闘体勢すら取らず、呆れたような表情を浮かべて首を振る。
    「違うよ? おまえ、前からずっと勘違いしてるけどさ。あたいはセルジュの格好したヤマネコ様に協力したことは一度だってないよ」
    「何とだって言えんだろ、てめえが急にいなくなったから、小僧は…セルジュは、余計悲しんだんだぞ…!」
     セルジュと協力関係を結んで間もない頃、ツクヨミはセルジュの傍にいた。見た目に合わせて『ヤマネコ様』と呼んでセルジュを慕っており、リデル奪還の際にも手を貸してくれた。…ただ、ヤマネコの側近としての印象が強い女だったので、何か裏がある、とずっと勘繰っていた。リデルを救い出し、ラディウスの小屋でセルジュと龍騎士団が合流した直後、案の定ヤマネコとキッドがセルジュを襲った。
     キッドに対し必死に訴えかけるセルジュを、ツクヨミは掴みかかって押さえていた。
     最後に顔を合わせたのは神の門だった。ツクヨミはこれから進むべき道を示したのちに、セルジュに問いかけた。
    「世界かあたいか、どちらか選べって言われたら、どっちを取る?」と。
     心優しいセルジュは、どちらかなど選べなかった。その後、ツクヨミはいつの間にか姿を消していた。キッドの急襲だけでなく、しばらく付き添っていたツクヨミがそばを離れたことで、龍探しを始めた直後のセルジュは沈み切っていた。本当のヤマネコの方へ行ったと思ったらしい。騎士団としてもほぼ全員がツクヨミが裏でヤマネコに連絡を取った可能性を考えたので、無理はない。
     セルジュは「『ツクヨミがいい』って答えたら、離れずにそばにいてくれたのかな…」と嘆き悲しんだ。肩を落とした亜人の大男の影に、小さな少年の姿が見えた。
     セルジュの旅は理不尽に傷つけられたり、何かを失うことが多かった。俺も、セルジュを傷つけたうちの一人だ。あんなに純粋で優しい少年が、これ以上傷ついていいものか。
     斧を握る手に、力が入る。一歩でも変な動きをしたならば、ツクヨミを断つ。自省の念も込め、少年を傷つける奴は誰であろうと許さないつもりだ。
    「尻尾巻いて逃げるなら今のうちだぞ、てめえ…」
    「ホントだってば。嘘ついてどうするんだよ。今はどっちかっていうとおまえに用事があってさ」
     こちらは怒りや緊迫感が増すばかりなのに、ツクヨミからはそう言った類のものが一切感じられない。
     それどころか、俺に用事がある、だと…? セルジュではなく? 
     からかわれているようで、余計に腹が立ってきた。
    「てめえ、何考えてやがる!」
    「考えるも何も、用事がなきゃなきゃわざわざこっちから顔を見せに来るわけないよ。
     …だって、あたいはセルジュに協力できないからさ」
    「…は?」
     メイクに覆われたその顔に、悲しい笑顔が貼り付く。本当にツクヨミに闘志はなさそうだ。あたりには空調機で整えられた、人為的な冷たい空気が漂っている。頭が徐々に冷えていく。ゆっくりと息を吐きながら斧を下ろし、真意を問う。
    「……どういう意味だ」
    「意味も何も、文字通りさ。あたいは『セルジュには』協力できない」
    「あんなにべったりだったのにか? わけがわからねえ」
    「それは、ヤマネコ様の姿だったから協力したまでさ。セルジュを途中で失うわけにはいかなかったしさ。おまえだって見ただろ? 古龍の砦の惨状をさ」
     粉々に砕けた像と大量の血を流す蛇骨大佐が脳裏をよぎった。確かに、惨状としか言えないものだった。あの頃の出来事は正直思い出したくもない。わずかながら吐き気が込み上げてきて、思わず右手で口元を覆った。
    「ヤマネコ様は、セルジュになれたのが嬉しくて好き勝手したと思うんだよね。でも、本物のセルジュを放っておいたら大変だったのも、わかるだろ?」
     あの時に見かけたのは、間違いなく『中身がヤマネコの方のセルジュ』だったはずだ。本物のセルジュとその仲間たちは行方知れずだったが、蛇骨大佐の命を繋ぐ方が優先事項だったため当時はそこまで気が回らなかった。後からセルジュ本人に聞いたが、「絵の中のような世界に飛ばされて、ひとりで彷徨っていたところをスプリガンとツクヨミに助けられた」と言っていた。にわかに信じがたい話だったが、セルジュが不思議な世界をひとりで彷徨う羽目になったのは、もしかしたら龍の涙の力によるものなのかもしれない。ただ、なぜツクヨミは行き方もわからないような次元の狭間に辿り着いて、セルジュを救えたのか。疑問が残る。
    「どうやってセルジュを助けたんだ?」
    「それは秘密さ。こう見えて、あたいはいろいろと制約が多いんだよ? こうして話してるのだって、綱渡りさ」
    「…やっぱ、ヤマネコに何かされてんのか。できるなら、セルジュの所に戻った方がいいんじゃねえのか。あいつなら歓迎すると思うぞ」
    「何度も言ってるだろ。あたいはセルジュに協力できない。
     …だから、おまえはセルジュのそばから離れないで。それだけを言いにきた」
     ツクヨミの紅い大きな瞳に真剣さが宿る。
     少なくとも、この場においては嘘を言っていないことが伝わってくる。だが…
    「…なんで俺なんだ」
    「見てる限り、あんたが一番適任だからさ。キッドは自分のことで精一杯だし、他のやつは良くて親友止まりさ。あんたは、いろいろ悔いた上でずっと寄り添った。
     …あんたにとって今一番大事なのは、セルジュだろ?」
     心臓が、愛しい名を聞いて跳ねた。青い瞳を、赤いバンダナを、愛らしい顔を思い浮かべて体温が高まる。顔に熱が集まる。見透かされている。こんなことで赤面してしまう自分が恥ずかしい。
    「ほらね。…ま、あんたが見かけより誠実な男だってのはわかってるからさ。やってくれるでしょ?」
     身長の割に大きめの手で軽く肩を叩かれる。セルジュを守りたい気持ちはあるが、それはヤマネコを倒すまでの間の話ではないのか。
    「ヤマネコを倒しさえすれば、セルジュは戦う必要がなくなる。俺がそばにいる理由も無くなるんじゃねえのか」
    「んー、あたいの見立てだとさ、多分ヤマネコ様を倒してオシマイ、とはならないと思うんだよね」
    「てめえ、何を知ってる? なぜそう思うんだ」
    「そこも秘密だけどさ。だから、セルジュのそばにいてやってほしいんだよ。
     セルジュは強い子だ。自らの意思で前に進んで、他人の痛みや悲しみに寄り添える。けど、まだ若いしナイーブだからさ。あんまり強い言葉はぶつけないで、大事にしてあげなよ。…よろしくね」
     再度、念押しのように二度肩を叩くと、ようやくいつものいたずらっぽい笑顔が浮かぶ。本当に、こいつは何を知っているんだ。この先に、何が待ち構えているのか。ヤマネコを倒して凍てついた炎が奪われないようにすれば良いのではないのか。ツクヨミがセルジュに協力できない理由とは、何なのか。
     軽く身を翻して、華奢な背中を見せながらその場を歩いて去ろうとするツクヨミ。その足音は驚くほど軽い。
     少しでも何か手がかりを得ねば。どうにか質問を投げかけようとする。
    「おい…」
    「あっ」
     自動開閉式の鉄の扉をくぐる前に、何かを思い出したように首だけ振り向くツクヨミ。まだ、いたずらっぽく微笑んでいる。
    「セルジュは、おまえのことを結構気に入ってるみたいだよ」
    「は…っ」
     俺のことを、気に入ってる?
     再び心臓が跳ねた。愛しい少年の笑顔が脳裏をよぎる。
     自分の心音がうるさい。余計、思考がまとまらなくなった。
     落ち着け。
     落ち着け。
     舞い上がっている場合じゃない。
     誤魔化そうとしているツクヨミの嘘かもしれない。
     何か少しでもいいから、ツクヨミに聞け——
    「嘘じゃないよ。あたいは、全部見てるから。じゃあね」
     手をひらひらと振って、鉄の扉の向こうへ消えていった。静かな音を立てて鉄の扉が閉まる。
    「おい、待て!」
     後を追いかけて扉を開けたが、既にツクヨミはいなかった。追いかけたいが、この間にヤマネコに襲撃されてしまっては元も子もない。さらにこの先は警備機械がいるフロアなので、単独で追いかけて見つかると面倒だ。仕方なく元の廊下に引き返す。
     再び静かな音を立てて鉄の扉が閉まる。冷静すぎるその音で、頭が冷えていく。一気に疲労が押し寄せた。鼻から息を吐き、膝に手を突く。

    『セルジュは、おまえのことを結構気に入ってるみたいだよ』

     ツクヨミの悪戯っぽい笑顔から発せられた言葉が脳内に響く。
     結局辱められてしまった気がする。情報が筒抜けなのは運命の書だけで十分だ。額の汗を利き手で拭う。怒りと興奮と照れにより、思った以上に火照っている。
     気に入られている? 本当に? からかわれているだけじゃないのか?
     …いや、気に入られていたとしても、怒鳴りつけたままはまずい。セルジュばかりがひとりで全てを背負う必要がない、ということを伝えたかったのだが感情的になってしまった。『強い言葉はぶつけないで大事にする』べきだろう。正直、ツクヨミの言いなりになっているようで面白くはないが。



     明日、セルジュが目覚めたら謝ろう。元通りの関係に戻って、ヤマネコに挑もう。
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