Mehr als ein Freund世界グランプリが終わった。
「シュミット、お疲れ様でした」
「…ああ」
富士ノ湖サーキットの控室で、エーリッヒがタオルを持ってシュミットに声をかける。それに対し、シュミットは簡易的なパイプ椅子に腰掛け力無く返事する。モーター式インラインローラーの補助があったとはいえ、50km近い距離を走行してきて疲労が一気にきたらしい。
タオルを受け取り、額の汗を拭うシュミット。隣の空いた椅子を指差し、『座れ』と促す。エーリッヒは素直に従った。
エーリッヒが座るとすぐに、シュミットは口を開いた。
「…終わったな」
「…終わって、しまいましたね」
言い切ると、顔を見合わせたまま沈黙の時間が流れる。
アイゼンヴォルフを支える双翼ともいうべき二人は、最終日に万全の力を発揮できなかった。
シュミットは最終のピットストップで作業に手こずり、4位集団から置いて行かれた。
エーリッヒは中団から抜け出せずに、どんどん順位を落とした。
揃って悔いが残るものとなった。
ほんの少し息を整えたシュミットは、隣に座る銀髪の少年を見ながら心情を吐露する。
「そうそう、うまくいかないものだな。もっと良い順位で終われるものだと思っていた」
「ええ、僕もです。チームとしては総合2位でしたが、それはミハエルの力あってのことですから」
この一年は、予想を裏切られる出来事ばかりだった。
ヨーロッパ諸国よりも世界大会の方がレベルが低いと思っていた。
アトランティックカップにのみ注力すれば良いものだと思っていた。
一軍が参戦しなくとも、当たり前のように優勝するものだと思っていた。
一軍が参戦したからには、勝ちは揺るがないと思っていた。
我らが誇るリーダーは、負けを知ることなどないと思っていた。
これらはすべて、瓦解した。
しかし、予想だにしないことも起きた。
アイゼンヴォルフのリーダー・ミハエルはファイナルレース二日目に初めて敗北を知った。
敗北を刻み込んだその表情は、少なからずやチームメイトにも不安と混乱を与えた。
彼はそこで終わらなかった。
日本のレーサーたちの影響を受けたのか、純粋にレースを楽しむ余裕と実力を併せ持つレーサーへと急成長した。
ただ、この急転回は最終日序盤に緻密なメンテナンスとセッティングを行ったことや、レース中の切り替えの速さに起因している。
変化は必然だったのだ。
ただし、『周囲を置いて』という前置きが必要だ。
「…そうだな、リーダーは凄い」
「もっとできることがあったのでは、と思ってしまいますね。前半で1台でも多く押さえ込んでいられれば、展開は変わっていたかもしれません」
「…そうだな。私も、そう思う。2台で真価を発揮するベルクカイザーが、片方欠けていては意味がない。私が、しっかりリーダーについていくべきだったんだ」
エーリッヒは心中『しまった』と思った。
シュミットが奥歯を噛み締めているのが、よくわかる。
シュミットが、『私』と言うときは。
公の場か、気を引き締めたい場面か、自身を戒めるときだ。
…今は、そうして欲しくないと思った。
「…シュミット。今はどうか、自身を労ってください。ミハエルをサポートできなかった悔しさは、僕も一緒です。」
そっと、手を握った。
「…エーリッヒ」
「約束します。来年こそ、ミハエルも、あなたも。 僕が頂点に連れていく」
菫色の瞳が少しずつ、潤みを持ち始める。
「…不思議なものだな。昨日はリーダーが負けても『まだ大丈夫だ』と思えていたのに、こんなにセンチメンタルな気分になるとは思わなかったよ」
涼やかな声の端が震えて、涙がこぼれた。
「『俺』を、泣かせるな」
「すみません。来年はきっと、この涙を嬉し泣きにさせてみせますよ」
つられて、青い瞳からも涙が一筋こぼれる。
「おまえにも、歓喜の涙を流させてやる。絶対にだ」
ひしと、体を寄せ合って。
ふたりで静かに泣いた。
数十分後、ミハエルがインタビューを終えて控室に戻ってくる頃にはすっかりいつものふたりに戻っていた。
リーダーの前では、無様な泣き顔は見せられないから。
同じ痛みを抱えて。
これからも、ふたりで並んで走っていく。