シェア・ハピネス 龍巡りの旅を始めてしばらくは、天下無敵号に帰ってオーチャの振る舞う夕食を食べて、そのまま一泊する日々が続いた。ある日、セルジュが「せっかくだから今日はボクに作らせて」と言ってきたので、ファルガとオーチャに許可を取りキッチンを借りた。マルチェラも「あたしもセル兄ちゃんの料理、手伝う!」と言って着いて行った。よくリデルからは茶の淹れ方は習っていたようだが、本格的な料理を習うのは初めてらしく、とても張り切っていた。途中からリデルも「ぜひお手伝いさせてください」と言いキッチンに向かっていった。…手狭なキッチンだからと言って日和見せず、最初から手伝っておけばよかった。
出来上がりを蛇骨大佐、ファルガ、オーチャらと待つ。ゾアは仮面を外すことを嫌がっているため、人前で食事をしたがらない。これはいつものことなので仕方がない。そのためコミュニケーションが取れず、いまだに苦手意識がある。
「セルジュ君、だいぶ元気が出てきたようだな。敵対関係であったわしらにも自然と打ち解けてくれて、本当に良い子だ」
「セー公は度胸もしっかり持ち合わせてるしな。大したやつだぜ」
「どうやらうちの甥や妹も世話になったみたいでなあ。あの子の周りには自然と人が集まるんじゃろうな」
オッサン連中が口々にセルジュを褒めている。普段行動を共にしてセルジュの人となりの良さはわかっているので、何となく誇らしい気分だ。
「はーい、できたよー!」
マルチェラとリデルが料理を持ってやってきた。オーチャがいつも出すような騎士や海賊の男どもに好まれる濃い味付けの豪快な炒め物ではなく、海産物をふんだんに使ったご飯やスープ、彩りの良いサラダが出てくる。海沿いの村で育った少年らしい。プロの料理人であるオーチャも「ほう、こりゃ美味しそうだ」と唸る。
リデルが皿を置いてくれた。ただそれだけなのに喜んでしまう。我ながら単純だ。
「お嬢様、手伝いもせず申し訳ございません」
「いえ、実は私もほとんど手伝っていないのです。セルジュさんの手際が良くて、キッチンを訪れた頃には準備がほぼ終わっていたの。…マルチェラは、具材を切ってくれたのよね?」
「そうよ! イカを切ったの!」
蛇骨大佐の前に皿を置いたマルチェラが、リデルに声をかけられて誇らしげに胸を逸らす。つけているエプロンはリデルからの贈り物らしい。…羨ましい。
具材をよく見ると、トマトのスープの中にイカが不揃いな大きさで浮かんでいる。どうやら均一に切られた素材はセルジュが切ったもので、不揃いのものはマルチェラが切ったようだ。
「よく頑張ったな。また機会があれば、セルジュ君やリデルに習いなさい」
「はーい!」
部下を褒めて伸ばすタイプの蛇骨大佐は、特にマルチェラに対しては叱ったりせず、彼女がやる気になるような言葉で諭している。なぜかその様子を見て、ファルガが軽くため息をついていた。
全員分の配膳が終わったが、セルジュがまだ来ない。待とうとしたが、マルチェラが思い出したように口を開いた。
「あ、そういえばセル兄ちゃん、先に食べてていいって言ってたよ」
好意に甘えて、冷めないうちに食べ始める。
…美味い。適度に塩の効いた味付けで、いくらでも食べられる。他の面子からも「おお」「うめえな」「やるのう」といった声が挙がっている。
最後に自分の分を持ってセルジュがやってきた。キッチンと食堂は隣同士であるにもかかわらず、しばらく時間が経ってから来たということは片付けでもしていたのだろうか。ヤマネコの屈強な姿に白いエプロンがミスマッチで何となく面白い。
「みなさん、どうですか?」
「すっごく美味しい! お手伝いも楽しかったし! また作ろうね、セル兄ちゃん!」
マルチェラが嬉しそうに声を上げる。普段は全く可愛げがないのに、本当にセルジュにはよく懐いている。そんなマルチェラを見て、セルジュも嬉しそうだ。
「ふふ、よかった。…カーシュはどう? 美味しい?」
セルジュが隣へやってくる。恐ろしいと思っていたヤマネコの外見なのに、少年の人格によって穏やかで優しい雰囲気を漂わせる。少しずつ元気を取り戻して、以前よりもリラックスして声をかけてくれるようになった。
「おう、バッチリだぜ」
「よかった。いつもカーシュにはお世話になってるから、少しでもお礼ができたらって思って」
大佐たちの言う通り、本当にこの少年は「良い子」だ。本来は戦いと無縁で、家庭的な振る舞いがよく似合うであろう普通の少年。一日でも早くその姿を取り戻して、日常生活に戻してやりたいところだ。
その後匂いを嗅ぎつけた海賊たちが代わる代わる食堂に駆けつけ、あっという間に鍋は空っぽになった。いつも台所に立っているオーチャが、その様子に嫉妬したのは言うまでもない。
こんなに美味い料理を振舞ってもらったのに、流石に何もしないのは申し訳ないと思い皿洗いを手伝っていると、重なった皿を手にしてゾアがキッチンにやってきた。
「セルジュ、わざわざ部屋まで持ってきてもらってすまなかったな」
「ゾアさん! どうですか、お口に合いましたか?」
「ああ。よければ、また食べさせてほしい」
「えへへ、よかったです!」
ゾアが静かに去る。シンクの横に置かれた皿を見ると、残さず綺麗に食べられている。とっつきづらいゾアに対しても気遣い、分け隔てなく接する少年に思わず感嘆の声が出る。
「ゾアの所にも料理を持っていってたのか。偉いな、小僧」
「ゾアさんって、いつも他の人とご飯食べないから、何か理由があるのかなって思って。なら、せめてあったかいうちに食べてもらおうかなって」
少し遅れて来た理由はこれだったようだ。本当に良い奴だと思う。
「そうか。人数分作るのは大変だったろうがよ、また作ってくれよな」
「…うん!」
後日、オーチャが「ワシも頑張らねばな!」と気を取り直して、より創意工夫を凝らしたメニューを振る舞うようになったとか。