有古くんと博物館へ行く話「退屈じゃない?」
私は黙ってついてくる有古くんを振り返る。けれども有古くんは小さな声で、そんなことない、と首を振った。
「これとか、装飾が細かくて綺麗だ。あそこにあったのも形が変わっていて面白かった」
博物館内だからか、大きな体を折り曲げて私の耳元に顔を寄せる有古くん。ヒソヒソと話す姿は強面なのに可愛らしく見える。でも思った以上に顔が近くて、なんとなく落ち着かない。
「あ、私はこれがいいな。なんか可愛い」
指差したものを見た有古くんは、それから私を見て、
「確かに……好きそうだ」
と笑った。
……あ、なんかいいな。このやり取り。
普段は、美術館や博物館には一人で行くから、こうして誰かと話しながら見て歩くのは新鮮だ。映画もそうだけど、興味のない人に一緒に来てもらうのは正直申し訳なくて。お互いに気を遣ってしまうなら、正直一人の方が気が楽だと思ってしまう。でも今回、こうしてその場で感想を言い合うのも楽しい事だと気付いた。
それからなんとなく気になったものや感想を話しながら、並んで歩いていく。
しばらくして、ドンッと誰かにぶつかってしまった。お互いにすみませんと頭を下げる。館内が混んでいるので気を付けているつもりだったが、つい展示に夢中になってしまい、ぶつかってしまった。
「大丈夫か」
「うん、平気」
まだ心配なのか、有古くんはちょっと眉間にシワを作っていたので、もう一度大丈夫と笑いかける。
「有古くん」
以前本で見たことあるのと似ているものを見つけ、有古くんを呼んだ。
「これ、見て」
振り返りながらそう口にすると、ぐいっと肩を掴まれ引き寄せられた。とん、と背中が有古くんにぶつかる。驚いた顔をする私を見て、有古くんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「驚かせてすまない。ぶつかりそうだった」
「うん……ありがとう」
ごめんね、と言って私は下を向く。肩に置かれた大きな手と、背中から感じるがっしりとした暖かさを意識してしまい、空調が効いているのに顔が熱くなっていった。
「これ、か?」
「それ、前に本で読んだんだけど……」
離れていった手をちょっと残念に思ってしまい、すぐ側で展示物を覗き込む有古くんの顔をちらりと見た。
うわ、睫毛長い。あ、ちょっと癖毛なのかな。真剣な横顔が……カッコいい。
「これなんだが、」
急に有古くんがこちらを向いたので、至近距離で視線が合う。あまりに急なことで驚いてしまった。すると有古くんは、どうかしたか、と首を傾げる。
「何でもないよ。それね、それはね……」
さっきまでとは違う可愛らしい仕草に、またドキドキしてしまう。
それから人混みに揉まれながらゆっくりと展示を見て回り、足がパンパンになってしまった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
一休みしようとカフェに入り、私は改めて有古くんにお礼を言った。
博物館や美術館なんて、興味がなければつまらない、と思う。
今回の展示は友達と行こうとしたのだけどなかなか都合が合わず、気付いたらもうすぐ展示が終わってしまう状況になっていた。もらった招待券がもったいないというのもあって、思いきって有古くんに声を掛けてみた。ダメもとだったけど、まさかOKもらえるとは。でもきっと優しい有古くんのことだ、単に断り難かったのかもしれない。興味がないのに付き合ってもらうなんて、有古くんには悪いことをしたな、と思っていた。
「そんな気にしなくていい。俺も楽しかったから」
コーヒーを飲んだ有古くんは、私の言葉に気にするなと笑ってくれた。そして続けられた有古くんの言葉にビックリしてしまう。
「それにあんたの好きなものを一緒に見られて、俺も嬉しかった」
真っ直ぐにそう伝えられて、何だかドキドキしてしまった。それを誤魔化すようにアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。
そんなこと言われたら……勘違いしちゃってもいいのかな。
「あの……その、お礼と言ってはなんだけど、今度は有古くんの好きなところに付き合うね」
思いきって有古くんにそう伝えた。別に友達として言ってもおかしくない、そう自分にいい聞かせる。
でも私の言葉に、有古くんは驚いたような顔を見せた。さっきより頬が赤いのは気のせいじゃないと思いたい。
「それなら、その……この後食事に行かないか」
少し間があって返ってきた言葉に、今度は私が赤くなる番だった。