Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kurage_honmaru

    アカウント作り直しました。
    作ったものの置き場所に使ってみようと思います。
    著作物に対する閲覧・保存以外の全ての無断使用行為・無断転載行為を禁止します。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💕 🐣 🎵 🌟
    POIPOI 44

    kurage_honmaru

    ☆quiet follow

    RPFレッドドラゴン10周年記念祭にお邪魔した際のもの。楽しい企画をありがとうございました。素晴らしい作品と出会えて嬉しいです。

    わくわく天凌ランド勝利ルートが見たい!!生きて勝っていちゃこいてほしい!!
    という私欲だけで、細部は都合よい展開にして突っ走りました。諸々個人解釈。
    互いに唯一になった七殺天凌と婁震戒が大好きです。

    〈天凌〉へ これはある一振りの御伽話。

     むかし。遠い昔。黄金の竜が吼え猛り、天地を統べていた昔。かつてが記された書は焚かれ、騙られる伝承と成り果てた昔。
     成り損ないの紛い物が、赤き剣へと姿を変えた。それが旅路の始まりだった。
     長い長い旅の果て、彼女にその夜が訪れる。


    * * *


     そこは暗く冷え切った回廊だった。視界の薄暗さのみならず、回廊には生の気配というものが無い。
     立ち入った者の生体魔素へ干渉する生きた霧も城主が使役する猛々しい魔物も、四半日程前には満ちていたそれら総てが消え失せている。かすかな熱すらそこには窺えない。
     それもそのはずだ。もはやこの城に城主は居ない。竜と人が約した遠い昔に生まれ、〈喰らい姫〉に祀られ生き延びてきた〈契りの城〉は〈炎なりし赤の竜〉と共にその生を終えた。今はただ、終わりを待つ遺骸に過ぎない。わずかな松明が名残とばかりに弱々しく燻っている。

     その城内を、遺骸の回廊を足音も立てずにひとつの影が行く。暗い回廊にあってなおその影の周りだけは更に暗く虚に落ちるかのような、剣を佩いた影だった。剣より恍惚とした甘やかな声が零れ、回廊に響く。
    「あぁ、喰ろうた喰ろうた。黒竜騎士、つながれもの、皇統種、そして赤竜か。ふふ、まさに絢爛豪華の極みであったな。このように満ちる日が来ようとはの。
     婁よ、大儀であった。おぬしが居なくてはここまで喰らうことはできなんだ」
    「……! 勿体のない御言葉、恐悦至極に存じます」
     足を止め、妖剣へと恭しく述べた影――――婁震戒の声は安堵と思慕で彩られている。仮面は戦いの中で失われ、素顔が晒されている。妖剣と揃いの赤い目には言葉と同じ熱がこもり、まなじりには涙さえ滲むようだった。
     再び外へと歩を進めながら婁は妖剣と囁き合う。普段ならば思念で交わされる言葉を、今ばかりは互いに抑えることはない。それは閨での睦言のように。あるいは尽きることなく語らう少女たちのように。ふたりは言葉を交わす。命を喰らった顛末を、笑いながら睦み合う。


     ――――ひとつ。
     まるでかつての戦いの再演だった。五行躰の左腕、黒竜騎士からの一太刀へなんの躊躇いもなく差し込まれたそれはあっさりと砕け、その道宝の結晶を惜しみなく散らせていく。しかし腕一本で最愛の剣を守った〈死者の王〉は一つ呼吸を切り替えるや、そのまま切り札の十一閃を宿敵へと放つ。
     元より瀕死の身体を口先一つで立たせていた黒竜騎士がそれを捌ける道理もなく。あまりにも呆気なく、その首は脚と共に胴から斬り落とされた。彼の従者がその瞬間を目にすることが無かったのは、果たして幸いと言えるのだろうか。〈黒の竜〉と約し黒き鎧を纏い、黒き呪いの腕を持つ彼の血は――――当たり前の人間と同じ赤色だった。
     その後は島に生きる総てが一斉に婁へ牙を向ける。皇統種もつながれものも不死商人もドナティアの傀儡ですらも、どのような形であれ島の存続は願っているのだ。黒竜騎士が息絶えた以上、総力をもって〈死者の王〉を仕留めるより他に道はない。
     故に。故に婁は高らかに笑い、島を遊戯盤としか見ぬ者へと声を投げた。「畏れるがいい、我が天凌の刃をもって一切衆生の悉くを喰らい尽くしてくれよう」と。
     挑発であり宣戦布告であった。これから貴様が愉しんでいる玩具の総てを奪い取ってやるという宣言だった。

     ――――ふたつ、みっつ、よっつ。
     声を聴いた者――――黄爛霊母の分体は口の端を吊り上げて嗤い、動く。不死商人と傀儡が放った援護、皇統種とつながれものに向けられたそれを易々と阻むばかりか、万人長へ自らの魔素を送り無理矢理に指向を上書きする。赤き剣に群がる者を焼け――――命など省みるな、と。そして自身は夜叉の腕で不死商人と傀儡を相手取る。
     彼女が婁に加勢する形になった理由など解り切っている。その方が愉しいからだ。己を仕留めうる者が喉笛を狙い向かってくることが、遊戯盤の存続とは比べ物にならない程に愉しいからだ。故に彼女はただの一瞬の判断で遊戯盤を捨てた。島の命総てを捨てた。
     そして三度目の番天印が放たれる。婁へ向かっていた皇統種とつながれものが守りを選ばざるを得ない程の強烈な光だった。無論、その機を逃す婁震戒ではない。
     守りの術を展開する刹那に懐へ潜り込み、凶刃に立ち向かい皇統種の盾となったつながれものを一息のもとに斬り払う。番天印をやり過ごした後は〈竜の爪〉を手に、ただ一人立ち向かってきた皇統種を斬り伏せるだけだった。婁の視界の端で、道宝と魔素を酷使させ過ぎた万人長が血を吐き倒れ伏す。斬るまでもなく間もなく息絶えることは明らかだった。

     ――――いつつ。
     そして、妖剣と婁震戒は〈赤の竜〉を喰らった。数多の魔素を蓄え赤く赤く煌めく妖剣、殺すための技巧を磨き上げた暗殺者にして〈死者の王〉、竜を喰らうために帯びていた〈楔〉、それらを惜しみなく振るっての勝利――――否、捕食であった。全てが終わったその場に響くのは変革の号砲などではなく、竜の断末魔、不死商人と傀儡の慟哭、そして分体の哄笑だけだった。


    「見たかえ、婁よ? 不死商人め、外へ送られる直前にあの騎士の従者を連れて行きおったわ。次はドナティアで商いを始める気かの」
    「そうやもしれません。嘆きに呑まれていようと不死商人、商機は逃さぬということでしょう。この島から生きて出ることが叶えば、という条件はつきますが」
    「どこまで足掻くか見ものよな。生き残りの連中総ては逃がせまい」
    「誰が誰を切り捨てるか、愉快なものが拝めそうですな。………生き残りの皇統種は逃がされるかと案じておりますが……」
    「あぁ、よいよい。役目を果たせなかった傀儡がどうなるかなど、火を見るより明らか。いずれ食す機会も訪れようさ。此度のおぬしの働きを損なうものではない。
     霊母の分体も逃げおおせたようだが、先の愉しみは多いに越したことはあるまいよ」
    「はっ。その時は必ずや、媛に彼奴らを捧げてご覧にいれましょう」

     囁き合う。歩は止めることなく、睦言のように囁き合う。否、妖剣と婁震戒にとってこれは紛れもない睦言なのだ。〈赤の竜〉の命を喰らうとともに再生した左腕で、その指先で婁は腰に佩く妖剣を愛しげに撫でる。戦いの時とはまるで異なる手つきが可笑しく、妖剣はころころと笑う。己が主の様子に目を細めていた婁が、ふと顔を曇らせた。
    「……それにしても、あの男は最後まで変わりませんでしたな」
     おや、と笑むような沈黙が返る。カツリ、回廊に足音が響く。
     黒竜騎士、スァロゥ・クラツヴァーリ。虚無の中に生き、失われぬ輝かしさに焦がれながら不変を誰よりも憎んだ者。彼は婁に斬られ命果てる刹那、吐き捨てるように笑ったのだ。眩しげに、悔しげに。

     「――――あぁ、貴方たちだったのか」
     そう一言を残し、彼の首は胴より離れた。

    「あの男の執着などその手に得られぬと解っていたでしょうに、媛と私に何を重ねたのやら。最後まで不愉快な男でした」
    「元より何も持っていなかったのであろう? ならば、ただ一度の懸想を袖にされることも、考えてはいなかったのであろうさ」
     懸想、という言葉に婁の呼吸が一瞬止まるのを、妖剣は愉快そうに黙して眺めている。先程から静謐な回廊に足音が響いていることに、婁は気づいているのだろうか。
    「………そも、あの男が求めていたのは未来や希望と呼ばれる類のものでしょう。青二才らしい夢物語ですが」
    「おぬしが見立てたならばそうなのであろうな。明日など今日が終われば来る。もし今日を越せぬとしても、ただそれだけのこと。意味を望もうと望むまいと変わらぬ。
     その程度のことすら飲み込むを拒んだというならば、確かにあの者の生はさぞや乾き切っていたであろう」
    「仰る通りにございます。なれどあの男、その望みに自身が触れられぬことすら見ようとせず、流されるままに生きるばかりか媛をそれと取り違えるなど」
    「婁、婁よ」
     熱が宿る婁の言葉に、堪え切れぬというように笑んだ声が重なる。
    「おぬし、死人に随分と執心のようじゃな?」
     そう言葉を向けると、婁は身体を強張らせる。歩みすら止める明らかな焦りに妖剣からはからかうような光が零れた。それに気づいているのか否か、婁は腰に帯びた妖剣を抜き、怯えを含んだ声で語りかける。

    「媛、申し訳もございません。そういった仕儀ではないのです」
    「いやなに、詫びる必要はない。以前も伝えたであろう? こうした嫉妬もまた甘露、おぬしの色々な顔が見たい、とな」
    「お戯れを………。私がいかなる時もお慕い致しますは、この世で貴女をおいて他にございません」
    「ふむ、それはつまり冥府の者であればその限りではない、ということかの」
    「断じてそのような………。………媛、おわかりの上で遊ばれているのでは」
    「さて、なんのことやら。人の真意などわからぬが故こうして話しておるのだが、おぬしにとっては遊びであったのかの」
     揚げ足を取る妖剣の言葉を受け、婁は一呼吸を置き更に言葉を重ねていく。十八の己が生きる理由を得たときのこと、その先の生が如何に胸躍るものだったか。妖剣との旅路の記憶を。
     生真面目に言い募るその姿と震える声に、妖剣は堪らず声を上げて笑い出す。虚を突かれた婁の耳へ鈴を転がすような響きが届く。
    「いや、すまぬすまぬ、戯れじゃ。いささかばかり意地は悪かったがの。わらわもこのように満たされたのは正真正銘初めてのこと故、心が浮かれた。許せ。
     しかし、おぬしからの昔語りなぞ久方ぶりよな。竜めが見せた記憶での振る舞いといい、本当に素直で愛いものじゃ。……ただな、戯れが過ぎたことは認めるが我らは長い付き合いであろう。あまり易々とたじろぐでない」
    「………はっ、お見苦しい姿を晒しました」
     婁の返答、不満は欠片すら存在せず強い安堵の滲む声を聴き、妖剣は再び愛いことよと呟き笑む。甘やかな吐息がそれに続く。
    「そのように恐れずともわらわは〈天凌府君〉が剣、七殺天凌じゃ。この先もそれは変わらぬ。おぬしの怯えに勘付いておらぬと思うたか? 腹が満ちた程度、死人の話をした程度で己が使い手を見限りはせぬよ。むしろおぬしがこの島を出ることも叶う今、ようやくこれからというところであろう? まだ満たされ切るには早い」
     故に。そう続ける妖剣の声が瞬きの間に凍てつく。
    「疑うな、婁震戒。わらわの信を疑うこと、この先も決して罷りならぬ」
     己が主君、妖剣・七殺天凌からの絶対の命を受け、婁震戒は両腕で恭しく妖剣を掲げ頭を垂れる。
    「元より心得ております。この命の全ては、ただ貴女のために」
     その様子に妖剣からは満足気な光が返る。

     その時だった。妖剣と婁の背後から遠いながらも重く低い振動が響く。城主を失くした城が内側から崩落を始めたのだ。
     最奥の間を見る者がいたならば、瓦礫がぶつかり合う低い震えにかつての争いが、玻璃が割れゆく甲高い音にかつての叫びが、砕ける欠片にかつてを生きた者たちの姿が映し出され、全て朽ち果て落ちゆく光景を目にしたことだろう。けれど、そこにはもう誰もいない。
     在りし日、竜と契り子が約した祭壇を照らす記憶も、城と共に崩れ落ちていく。遺骸がその生の名残を吐き出しながら朽ちていく。それは〈契りの城〉が最期に見る走馬灯だった。
    「ふむ、どうやら始まったようじゃな。行く手に死の気配も濃い。外まであとひと駆けといったところか。由無し事はこのあたりで切り上げるぞ、婁」
    「媛」
     低く柔らかくも、確と通る声が七殺天凌へ届く。
    「なんじゃ、まだ何か言うか」
    「私は貴女にめぐり合えたあの夜から、ずっとずっと満ち足りておりますよ」
     その手に握る己が最愛をただ真っ直ぐに見つめ、婁震戒は心よりの言葉を告げる。


     ――――妖剣にとっては、それは幾度目かも忘れる程に見飽きたつまらない夜だった。

     剣戟、血飛沫、転がる死体。己が刃の輝きに魅入られた人間たちが己を求め猛り、奪い、殺し合う。そして最後に立つ者が新たな贄を供する駒となる。刹那の甘露として摘むにも食傷になるほど、変わり映えのない事の運びだ。次の駒はいささかばかり己と通じる流れを汲むようだが、大差はあるまい。
     己に使い手など居らず、主従など駒を使い潰すまでの口先での余興でしかない。駒など誰でもよい、人など誰でもよい。剣を見る者はなく、紛い物を知る者もいないのだから。

     誰でもよいと、そう思っていた。契約を交わしたかつての夜もそれは変わらなかった。
     焼け落ちた宴の夜、何ら欠けず損なわれることない魂のまま還り来た従僕が血を吐くような誓言と落涙を己に向けるまでは、そう思っていたのだ。


    「………今更であろうさ。まったく、揃いも揃って心底度し難きものよな」
     声を聴いた婁が小首を傾げる。それを愉快そうに眺め、七殺天凌はくつくつと笑う。その睦言を聴かせてやるには、今この場は不粋というものだ。
     回廊の揺れが急速に増す。城が崩れ落ちていく。
    「さて、婁よ。命ずる、駆けよ」
    「仰せのままに」
     主君の命を受けるや一息を吸い身を屈め、婁震戒は揺らぎ始めた回廊を蹴る。その身体は一気に最高速度に達し、疾風の如く影も残さず城を駆け抜ける。もし生者がその場にいたとしても、その動きを捉えることは叶わなかっただろう。抜き放たれていた七殺天凌も早駆けを始める刹那、鞘に納められている。
     城の最期の響きを置き去りに、七殺天凌と婁震戒は疾駆する。進む先から冥卒たちの言祝ぎが打ち寄せ、その数と大きさはひとつ駆けるごとに増していく。妖剣と〈死者の王〉を迎える歓喜の声だった。

     死を築き、〈竜〉を喰らい、海を越え、国を喰らい、天を凌ぎ、命を喰らい尽くす。〈天凌府君〉による七殺天凌のための、ふたりきりの王国が生まれるのだ。
     喜悦に満ちた七殺天凌の声が高らかに響く。至高の響きに、婁震戒は笑みを深める。それはまるで、最愛の剣と出会ったかつての夜のようだった。

    「はは、ははは! あぁ愉快、命の気配じゃ! 喰らいに参ろう、我が府君よ」
    「ええ。我らの旅はまたここより、果てなく」





     ――――むかし。遠い昔。黄金の竜が吼え猛り、天地を統べていた昔。かつてが記された書は焚かれ、騙られる伝承と成り果てた昔。
     成り損ないの紛い物が、赤き剣へと姿を変えた。それが旅路の始まりだった。

    《八より欠けたこの身なれど 必ずや ああ必ずや
     天より下る凍てつく六花を 天上に咲う清廉の華を
     その総てを凌ぎ 刃に掛けよう 必ずや》

     自らを鋳潰す炉を前に怨嗟とともに放たれた呪いは名へ宿り、剣は喰らうものへと成り果てた。
     最初は紛い物を炉に焼べた者のひとり。唆し誑かし剣を世に解き放たせ、血に沈めた。幾多の血を浴びて渇きが満ちることはなく、嘆きと絶望を喰らいて次の獲物を求め、されど彼女の望みは得られないまま。
     虚実入り混じる流言と共に口から口へ、確とその身を染める流血と共に手から手へ、剣は渡り歩く。輪廻を泳ぐ永遠の童は、その様をただ愉快そうに眺めるばかり。

     そんな長い長い旅の果て。剣が見飽きた夜に契約を交わしたその人間は、その魂魄の全てをもって剣の存在を唯一と貴んだ。死の淵に落ちようとなんら変わることない魂のまま還り、魅了の術を歯牙にもかけず剣へ尽くし、剣にとっての唯一をその魄に宿す。そうして一振りと一人は古き世界を喰らう。契約は違えることなく果たされた。

     呪いから始まった旅路に祝いは満ち、一振りと一人は互いを対に完成し、世界を道連れに閉じる。


     ――――これは、そんなふたりの御伽話。唯一つを得た、剣と人の物語。










    〈了〉
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator