とある家族の待ち合わせ「百兄はさ、阿牙倉になる前のことって覚えてる?」
「って、この間夢ちゃんから訊かれたんだぁ。夏南姉さんとダリア姉さんは覚えてる?」
「百矢が訊かれたなら百矢の答えを先に言いなよ」
「ん……ダリアの言う通り……」
眼鏡をかけパーカーを着た少女。長い三つ編みを揺らす婦人。彼女たちに即答され、ひょろりとした長身の彼は、うーんうーんと芝居がかった仕草をしながら答える。
「どうだったかなぁ、俺はなんて答えたかなぁ。あんまり興味ないから答えごと忘れちゃったなぁ」
「何それ、じゃあ私たちも答える義理なくない?」
「むしろ自分は答えず私たちに答えさせようとしたのがムカつく……」
「ごめんよぉ。だってこいつらがおかしなこと言ってくるからさぁ。最近似たようなこと訊かれたなぁって思い出したんだよぉ」
答える彼と彼女たちの足元には、赤が広がっている。刃で斬られ、蹴り抜かれ、鋼線で小さく小さく細かく細かく、形を無くすまで削られた赤が。
「『阿牙倉マジリの過去を知りたくはないか』とか、なんだか真面目な顔してたよねぇ」
「マー姉の過去、特に興味ない……」
「なんだっけ、空の向こう? シルク? 色々言ってたけど、まぁ裏の世界でも季節の変わり目は変な人が出るもんだね。絹がどうしたんだろ?」
「あぁー、そこだけ訊けばよかったねぇ。絹がどうしたんだろうねぇ。マジリ姉さんにわざわざ訊くのも手間だし、また襲ってきたら次は訊いてみようかぁ」
「とにかく、マー姉はマー姉……」
眼鏡の少女の言葉を受け、長身の彼は、そうだねぇと足元の血溜まりに笑う。
「マジリ姉さんは、阿牙倉になる前の俺たちを今更言わないからねぇ。俺たちも別に聴く気はないよぉ。期待に添えなくてごめんねぇ」
まぁ、もう聴く耳も残ってないけどねぇ。そう呟いたとき、暗闇から音も立てずに黒い制服を纏う麗人が現れる。
「あら、あらあら。いけませんいけません。待ち合わせの間に何だか楽しいことがあったのですね。お姉ちゃんも混ぜてください。仲間外れは寂しくなってしまいますよ?」
にこやかに声をかける麗人に、彼女の弟妹たちは言葉を返す。
「なんでもないよ、姉さん」
〈了〉