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    岩藤美流

    @vialif13

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    岩藤美流

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    歌詞から着想を得て書くシリーズ①であり、ワンライの「さようなら、出会い」お題作品の続きです。参考にした歌は「A Love Suicide」です。和訳歌詞から色々考えてたんですけど、どうも予想通りタイトルは和訳すると心中だったようですが、あずいでちゃんはきっと心中とかする関係性じゃないし、どっちもヤンヤンだからなんとかなりそうだよな、と思ったらハッピーエンドの神様がゴリ押しました。

    ##アズイデ短編

    イグニハイド寮は彼そのものの内面のように、薄暗く深い。青い炎の照らしだす世界は静かで、深海や、その片隅の岩陰に置かれた蛸壺の中にも少し似ている気がした。冥府をモチーフとしたなら、太陽の明かりも遠く海流も淀んだあの海底に近いのも当然かもしれない。どちらも時が止まり、死が寄り添っていることに変わりはないのだから。
     さて、ここに来るのは初めてだからどうしたものか。寮まで来たものの、人通りが無い。以前イデアが、うちの寮生は皆拙者みたいなもんでござるよ、と呟いていた。特別な用でもなければ出歩くこともないのかもしれない。さて、寮長の部屋といえばもっとも奥まっている場所か、高い場所か、あるいは入口かもしれないが、捜し歩くには広い。どうしたものかと考えていると、「あれっ」と甲高い声がかけられた。
     見れば、イデアの『弟』である、オルトの姿が有る。
    「アズール・アーシェングロットさん! こんばんは! こんな時間にどうしたの?」
     その言葉にアズールは、はたと現在の時刻について考えた。ここまで来るのに頭がいっぱいだったし、この建物が酷く暗いから失念していたけれど、夜も更けているのではないだろうか。
    「こんばんは、オルトさん。実は、お兄さんに火急の要件が有りまして……案内してもらえませんか? ああ、でももしお兄さんの都合が悪ければ出直しますよ」
    「兄さん? 大丈夫だよ、今はネットゲームも起動していないし、眠っているわけでもないから」
     オルトは天井を見上げるようにして何事か通信したらしく、そう言ってアズールを案内し始めてくれた。彼は道中「嬉しいなあ! 兄さんのところに人がくるなんて!」「最近、兄さんちょっと元気がないんだ。元気がないのはいつものことなんだけど」「アズール・アーシェングロットさんが来てくれたら、元気が出るかも。兄さん、いつも話してくれるんだよ、今日も部活楽しかったって。兄さんに友達ができて、僕ほんとうに嬉しいんだ」といくらでも話してくれた。アズールはそれに笑顔で相槌を打ちながら、しんと静まり返った冥府の奥へを誘われる。
     最後に辿り着いたのは、寮長の部屋らしい大きな扉だ。アズールがすう、と一つ深呼吸をしている間に、オルトはその扉をあっけなく開いてしまう。
    「兄さん、ただいま!」
    「おかえり」
     その声が柔らかくて、アズールは胸が痛む。弟に向ける声音は、どこまでも優しい兄なのだ。自分のことしか見ていない者のあまりに多いこの学園で、他者への深い愛を示すことのできる男だ。ただ恐らく、その愛情が自身には向けられていない。それがまるで鏡写しのように感じられる時も有ったのは間違いない。
     僕たちは、とてもよく似ているし、まったく似ていない二つの命なのだ。
     オルト、もう寝る時間だよ。そう優しく語りかけて、彼を充電ベースと思われる場所に連れて行くのは、優しい兄の姿でしかないのに。部屋の入口に立ち尽くしているアズールに気付いた時、彼の顏からは表情が失われた。オルトが「兄さん、アズール・アーシェングロットさんが、」と言いかけたところで、「スリープモードに移行」と無感情に呟く。オルトもまた、感情を喪失したように機械的な音声を繰り返して、静かに充電ベースへと収納されていった。
     しん、と部屋に静寂が満ちる。イデアはアズールに目を合わせなかった。アズールはイデアを見つめている。視線は合わない。けれど、何を口にすればいいかわからないのだ。言葉を、声を失ったように。
     しかし。自分にはやはり、言葉しかない。
    「……イデアさん。対価を受け取りに来ました」
     その言葉にイデアは一瞬目を見開いて、それから、ふひひ、と笑うと、ようやっとアズールのほうを見てくれた。無自覚な美しい顔が、あざけるように歪んでいる。誰をあざけっているのかもわからない顔が。
    「やっと思い出したってわけですか。いいですぞ、流石に最新のパーツは出せませんけど、オルトの古いパーツならゴロゴロ有るし、最近ネトゲやってないからシステムぐらい作る時間も……」
    「あなたの言葉を聞かせてください」
    「……なんて?」
     これ以上なく寄せられた眉。揺れる金の瞳を見据えて、アズールはもう一度ゆっくりと繰り返す。
    「僕に抱かれることを『取引』だと思った、あなたの本当の言葉を、聞かせてください」
    「なに……なんのこと? 何言っちゃってんの、アズール氏、なんか変なもん食べた? それか働きすぎじゃない? 何徹してんの」
    「イデアさん」
     声をかけると、イデアが黙る。言葉が届いている証拠だ。先日とは違う。イデアの心に、言葉が届いている。
    「あなたは僕に、抱かれることを、僕から与えられたことだと認識していた。……人間の感情を完全に理解することは、僕たちには難しいですが。男であるなら、同性に体を任せることは抵抗が有るのでしょう。負担が重いと聞きましたから、僕も念入りに準備をしたつもりです。……そうでもしなければ受け入れられないようなことを、あなたは受け入れて、それを喜んでいた。でなければ僕との性交を、取引だとは認識しません。僕に抱かれて、かつあなたが僕に何かを差し出さなければいけないと思うなんて」
    「……」
    「そのうえで。あなたは、僕が語った言葉を本心だと思っていなかった。いえ、もしかしたら思っていたのかもしれません。でも、あなたは『愛されているような気分になるところだった』と僕の言葉を信じないことに決めました。それは僕が不誠実な男だからでしょうか。日頃から口八丁で言葉を操るから?」
    「……そう、そうだよ。アズール氏ってそうやって人を騙して商売してるんでしょ、信じられるわけない。商売の為なら、体だって差し出せる、そういうことなんだろうって思うでしょ、普通」
    「そうでしょうか? もし僕が同じように認識している男が、言葉巧みに甘く迫って来ても、寝台には上げませんよ。例えば、そうですね。ジェイドがいくら僕に愛を囁いたって僕は信じませんし、なんと言ったって交尾なんかさせません。それでどんな弱味を握られるかわかりませんから」
    「……何が言いたいの。早く本題に入って。僕は忙しいの、知ってるでしょ、夜はネトゲするんだから、」
    「近頃はネットゲームもしていないから時間が有るのでしょう?」
     ここはイデアの部屋だ。逃げ道は物理的に存在しない。彼を無条件で守ってくれる弟は、深い眠りについている。もう向かい合うしかないのに、それでも逃げようとするイデアに、少しづつ距離を詰めていく。
    「イデアさん、あなたは、僕の事が信じられなかったんじゃない」
     そろり、と一歩踏み出せば、イデアがビクリと二歩下がる。そこには彼の散らかったベッドが有るから、もう逃げ場はない。
    「あなたが信じられなかったのは僕じゃない」
    「ちがう」
    「あなたが信じられなかったのは、僕に愛されている自分自身でしょう?」
    「ちがう、僕は」
    「僕の言葉はあなたに届いていた。だってあなたは、僕の言葉を信じないことに決めたのだから、僕の言葉を受け止めてはいたんだ。でもあなたは、僕に愛されている自分を信じられなかった。だから僕の言葉が嘘だということにしたかったんだ。それでも、体を重ねたいと望まれることを、実際そうすることを拒めなかった、そのチャンスを逃せなかった」
    「ぼ、……っ、君に、僕の、何がわかるんだよ!」
     荒げられた声が、激しく拒絶の意思を伝えてくる。けれど、ここで引くわけにはいかない。かつて、蛸壺の中にこもっていた少年に、しつこく付きまとっていた連中のように。信じることは生半可な覚悟でできることではないし、信じさせることも同様だ。もう自分達はあの時のような子供ではなく、また求めている関係性は単なる仲間でもない。そこに言葉はいらないかもしれない、時間と覚悟の問題かもしれない。それでも、今確認しなければいけないのは、彼の瞳が揺れているからだ。
    「正直に誤りを認めます。僕はあなたの何も知りはしません」
    「……だ、だったら!」
    「だから、あなたの言葉を聞きに来たんです、イデアさん」
     ずい、と距離を詰める。逃れようとした腕を掴んで、身を守ろうとした手を握って、怯えた眼を覗き込んで、その心に尋ねる。
    「あなたは、僕に何を隠しているんですか」
     あなたのことを教えてください、あなたの気持ちを聞かせてください、あなたが何を考えているのか、何を恐れているのか、何を求めていて、どうしたいのか、全て、全てです。
     強引に暴くようなやり方だ。正解ではなかったかもしれない。それでも、それ以外にやりかたなど知らない。人を愛するのは初めての事だ。人と心を、肉体を交わすのも初めてだ。正解などお互いにわかるはずがないし、わからない以上、その時の自分に思いつく限りのことをする以外に無くて。
     イデアはしばらく何も答えなかった。アズールから逃れるように顔を伏せて、呼吸を繰り返すばかり。しんと静まり返った部屋、二人の触れ合った体温だけが感じられる。イデアの手は冷たかった。けれどそれを振りほどこうとはしなかった。
    「……だって、……だってさ」
     震える声が小さく吐き出されるまでに、どれほど時間がかかったかわからない。
    「あ、アズール氏は、知らないんだよ、……ぼ、僕がどれだけ、……どれだけ醜い事を考えているか」
     どんなことですか? と問い返せば、絶対言えない、と首を振る。僕は受け入れます、と告げても、そんなことできない、とうつむくばかりだ。
    「ぼ、僕は、おかしいんだ、前までこんなことなかったのに」
    「どう、おかしいんです?」
    「い、嫌なんだよ……」
    「何が嫌なんです」
    「……い、……言えない……」
     いよいよ泣き出しそうな声が、か細い。イデアさん、と名を呼び、握る手に力をこめる。言え、などとは言わない。言えやしない。自分だって、イデアにひた隠しにしているものはある。それはいつだって、あの暗い蛸壺の中から、僅かな光を反射させて、金色に鈍く光りながら、外を、自分を睨みつけているのだから。
    「……僕、……僕は、……」
     やがて、イデアはゆっくりと、唇を開く。恐る恐る、慎重に。
    「おかしいんだ、……き、君が、楽しそうにしているのを、見るのは、好きなのに……」
    「なのに?」
    「……君が、人の話をしていると、胸が、苦しくなって、……髪が、ザワザワする。よくない気持ちが、こみ上げてきて、手に負えない、こんなの続けてたらおかしくなりそうだ、それに、きっと、いつかこの火は君に襲い掛かる」
     その感情が何なのか。イデアは知らないのだろう。もちろん、アズールだって知りはしない。初めて人を愛したのだから、それがなんなのかわかるはずがない。それが正しい事か、間違った事かもわかりはしない。
    「だから、ダメなんだよ、僕、……僕のこの、気持ちが、火が、君に迷惑をかける、絶対だ、僕は君を苦しめる、貶める、引き止めるだろうし、そんな僕に構う君のことを僕はそれでも好きなのかわからない、僕は……僕はそんな君が見たくはないし、君にそんなこと、したくない!」
     だから、それならいっそ忘れてほしい、僕には構わないでほしい、僕の事は見捨てて、僕も君のことを忘れるから。そう思うのに、全然上手くいかないんだ、ゲームは手につかないし、何をやっても楽しくない、離れたら少しは火が落ち着くかと思ったのに、ぐつぐつ胸が煮えるみたいで、毎日狂いそうだよ、僕はどうなっちゃったんだ、怖いんだよ、だから放っておいて。
     泣き出しそうな声には、真実が溢れていて。その言葉を受け取って、アズールは目を細めた。
    「……イデアさん」
    「なに……」
    「醜く、狂っているのが自分だけだと、思っているのですか?」
    「……え……」
     イデアが顔を上げる。金色の濡れた瞳と目が合った。彼の瞳には、どんな自分が映っているのだろう。蛸壺の中の少年ではなく、どんな自分が。
    「僕は強欲で執念深い男なんです、イデアさん」
     あなたがほしくて、こうしてあなたの手を離そうとしない程度には。あなたの中に火が有るのなら、それごと呑み込んでやろうと思う程度には。
     そこから先に言葉はいらなかった。






    「ま、……なんてゆーんでしょうな。お互い、青かったっすな……」
     布団をひっかぶって丸くなったまま、もごもごとイデアが呟いている。布団から溢れた青い髪が、ゆらゆら揺らめきながらアズールの手のひらに乗っている。アズールは彼の横に転がり、その髪を撫でながら微笑んだ。
    「おや、過去形なんですか?」
    「ウッ。サーセン、君より年上なのにクソ青くて……いやまあ髪も肌も青くて気持ち悪いオタクなんですけど」
    「いつものイデアさんに戻って何よりです」
     そう言うと、布団からもぞりと目元だけを出した。泣きはらした瞳は未だに潤んで揺れているけれど、それはいつかのような冷たい色ではなかった。
    「……てかホントにいいの? まだ僕、君に何も明かしてないじゃない、なんも知らないのは変わってないでしょ、知ったら幻滅するようなこともたくさん有るよ、絶対」
    「イデアさんだって、僕の事は何も知らなくても、好きなんでしょう?」
    「そう断言できる自信、羨ましいっすわ……」
     呆れたように呟く彼の額に、一つ口づけを落として、アズールは囁く。
    「これからお互いに知ればいいし、知られたくないことは教えなければいいんです。過去は変えられませんが、これからはお互いで作っていくことができるんですから、知って欲しければ教えればいいし、隠したければ隠せばいい、暴いて欲しければこうして手を取り合うしかないでしょう」
     ある意味では、今日この時、初めて僕たちは出会ったとも言えるんでしょうね。アズールの言葉にイデアは眉を寄せた。
    「そういう妙なことばっかり言ってるから、うさんくさいんですぞ」
    「そういう僕のことを好きになってくれたんでしょう」
    「……だから、その自信、すごいっすね。さぞかし成功してきたんでしょうな~」
    「そう思いますか? そうなんです。生まれてこの方、失敗知らずなもので」
     にこりと笑ってそう言うと、イデアはしばらくして小さく溜息を吐いて、また布団を被った。
    「知ってる? 人間ってお互いに無いものを求め合うんだって」
    「なるほど、僕たちはお互いに無いものを持っているから、こうなったと?」
    「でもね、本質的に同じじゃないと、出会う事すらないんすよ」
     アズール氏も、無理しないでね。
     その言葉にアズールは目を見開いて、それからくすりと笑って、布団ごと彼を抱きしめた。




     まだ、二人は愛を知ったばかりだ。
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    DONE第二回ベスティ♡ワンライ
    カプ無しベスティ小話
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    「はぁ……。」
    「んんん? DJどうしたの?なんだかお疲れじゃない?」

    いつもの談話室でいつも以上に気怠そうにしている色男と出会う。その装いは私服で、この深夜帯……多分つい先ほどまで遊び歩いていたんだろう。その点を揶揄うように指摘すると、自分も同じようなもんでしょ、とため息をつかれて、さすがベスティ!とお決まりのような合言葉を返す。
    今日は情報収集は少し早めに切り上げて帰ってきたつもりが、日付の変わる頃になってしまった。
    別に目の前のベスティと同じ時間帯に鉢合わせるように狙ったつもりは特に無かったけれど、こういう風にタイミングがかち合うのは実は結構昔からのこと。

    「うわ、なんだかお酒くさい?」
    「……やっぱり解る?目の前で女の子達が喧嘩しちゃって……。」
    「それでお酒ひっかけられちゃったの?災難だったネ〜。」

    本当に。迷惑だよね、なんて心底面倒そうに言う男は、実は自分がそのもっともな元凶になる行動や発言をしてしまっているというのに気づいてるのかいないのか。気怠げな風でいて、いつ見ても端正なその容姿と思わせぶりな態度はいつだって人を惹きつけてしまう。
    どうも、愚痴のようにこぼされる 2767