かわらないものよく一緒に遊ぶ仲良しメンバーの2人がつい最近付き合った、みたいだ。
一般的には気まずすぎるだのなんだのと言われるシチュエーションだろうか。なんにせよ重要なのは、付き合ったことを直接伝えられていないことだ。
自分はその2人から「監督生」と呼ばれ、目を開けたらそこは異世界でしたという驚きの展開のなかで、わけもわからないままこの学園にやってきた。エースとデュースはそこで出会った存在で、出会い頭にクソガキムーブをされたり、面倒ごとに巻き込まれたり巻き込んだりしている。最初こそ何だこいつら…と思ったりもしたが、すぐに打ち解けて自分が出したSOSのためにホリデー中に公共交通機関を乗り継いで駆けつけてきてくれることもあった。今では大事な友達、いわゆる“マブ”として一緒につるむ関係になった。
そんななか、エースとデュースがいつの間にか付き合った。
仲良しメンバーというのはグリムと自分と、恋人になった2人なので、2対2(うち1匹)となる。世間一般ではやはり、気まずい展開なのだろう。とはいえ、2人からその事実を告げられていないので、いつもと変わらない日常が続いている。あくまで表面的には。
なんとなく両思いであることは察していたが、交際を開始したことは明確に読みとれことはなかった。エースは器用なタイプだから一切顔に出さないし、デュースも隠し事は苦手だがそれでも変わらず涼しい顔をしていた。2人は恋人だからといってイチャイチャすることもなく、むしろ喧嘩の方が多いぐらいで、付き合ってないと言われたら信じてしまうぐらい2人の言動は今までと何も変わらなかった。
だけど、レースのカーテンが張られたような、今までの空気感にしっかりとした違いがあった。注力しないとわからないほどの薄く透明な蜃気楼が2人の周りを囲んでいるのだ。ふとした時の名前の呼び方に秘められた熱、綻ぶ笑顔、相手に向ける瞳。それは甘くて、ひどく優しい空気だったから、2人は恋人同士になったんだなと思った。
何で自分に言ってくれないのか、なんて事を思ったが、マブだからこそ分かる。きっと2人は自分を仲間外れにならないようにしてくれているのだ。
変わらないこと。それは自分の願いでもあったから。
ある夜にグリムと2人とゲームをした。最初は真面目にプレイをしていたが、だんだんと野次を飛ばし馬鹿なことを言い合って、気がつけば全く違うルートを攻略してたりゲームバグを発見したりして、お腹がいたくなるほど笑い転げた。結局クリアすることなくゲームオーバーの文字が画面に表示され、感想戦のターンになった。
「もー!絶対監督生のせいじゃん!」
「いや、デュースがアイテムとる時のあれのせいだって」
「グリムが余計なことばっかり言うからだ!」
「エースがズルばっかするからだゾ!」
と、全員で無茶苦茶な責任転嫁をしまくり、有耶無耶になった後、グリムの「腹が減った」の一言に皆でサムさんのお店に行き、ホットスナックを買ってその場で食べた。
夜道を歩きながら、前を歩くエースとデュースの形のいい頭をぼんやり眺めていると、
「監督生、ぼーっとしてどうした?」
「ほら、手えつなぐ?」
と2人が同時に手を差し出してきたのを見て、思わず笑って「ずっと3人とグリムと一緒にいられたらいいね」と言うと、エースとデュースは顔を見合わせて、「うん」「そーね」と笑った。
彼等は、そんな何気ない自分の願いを律儀に守り続けているのだ。
元の世界に戻るのは自分で、置いていく立場なのに。いや、だからこそか。仮初の時間だったとしても“3人とグリム”を“恋人とその友達とグリム”にしないように。大事な友達なんだ。だから、変わないでいてくれるのだ。
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それから、どこか眠れない日が続いた。最初は些細なことだったが、だんだんと調子が悪くなっていって、ついに「今日はもう休もう」となるぐらい酷い日だった。頭がズキズキするし、喉もイガイガする。
いままではエースとデュースと一緒に行動することが多かったが、2人が付き合ってから意識的に1人になるようにしていた。
そそくさと荷物を鞄につめこみ、忍者のように気配を消して出てきたから、気づかれないと思っていたが、オンボロ寮への帰り道を歩いていると後ろからデュースが声をかけてきた。
「監督生、帰るのか?調子悪そうだったけど…大丈夫か?」
「デュース…」
「昼飯もあまり食べてなかったじゃないか。授業も終わったし、今から診てもらいにいこう」
「いや…大丈夫だよ」
2人が放課後にこっそりデートしているのを知っているので、貴重な時間を潰すのも申し訳ない。なんて答えようかと考えていると、「大丈夫じゃないでしょ」とエースも近づいてくる。
「ほら、監督生、保健室いくよ」
「大丈夫だって」
「大丈夫って顔じゃないでしょ」
「エースの言う通りだ。休んだ方がいい。」
「デュース、この後部活でしょ?オレが連れていくわ」
そう言って、エースがデュースに目配せしたのを見た途端、わけのわからない不安が胸の中をじわじわと侵食していった。胸が苦しくなり、その場でうずくまりそうになる。
「監督生、本当に顔色悪いぞ?」
「マジで。歩くの無理なら魔法で運ぶし。」
交互に言う。そう、この2人は、自分を大切にしてくれる2人だ。なのに、なんでこんなに寂しいのだろう。
「監ー…」
「ねえ、」
喉がカラカラになりながら2人の言葉を遮った。
「…どうして、内緒にするの?」
そう言っただけで、2人はすぐに質問の意図に気づいたようでみるみるうちに青くなった。困惑と動揺が赤と青のそれぞれの瞳に浮かび、張り詰めた空気が流れた。
「監督生、僕たちはー…」
「デュース。…オレから言うから」
落ち着いた声でエースが遮る。とても優しく、やわらかな赤い瞳がまっすぐにこちらを見た。
「監督生、あのね。オレとデュースは付き合うことになった」
「…うん。」
「オレがデュースに告白した。まあ、付き合うまでいろいろあったけどー…とにかく、デュースが返事をくれて、付き合うことなった。その時にオレとデュースで監督生には内緒にしようって決めた。」
「…ずっと一緒がいいって言ったから?」
そう言って、顔をあげると涙の膜の先にとびきり優しい顔をした2人がいて、その顔を見ただけで心がぎゅうと軋んだ。
「それもあるけど、オレ達も監督生と一緒がいいんだよ。だって、お前に遠慮されたりしたくねーし。馬鹿なことやったり、涙でるぐらい笑ったりできなくなるとか嫌じゃん?」
「僕もエースと同じ意見だった。エースとは恋人になったけど、僕のなかではマブのメンバーはずっと変わらない。」
「付き合ってもその関係は変わらないけどさ。」
「…監督生は嫌だったか?」
「そりゃ、気まずくないっていったら嘘になるけど、でもね、エース、デュース」
2人の名前を読み上げる。エースとデュース。綺麗な名前だ。特に2人の名前を並べると、どこかリズミカルで、まるで歌を歌うみたいだ。そうか、自分はこの名前を呼ぶ時間が大好きなんだと思った。
「あのね」
「うん、どうした?」
「ゆっくりでいいから言ってみ?」
「内緒にされるのは、とてもー…さみしいよ」
恋人になったことを報告する必要なんてどこにもない。我儘だと思っている。重すぎる。たかが出会って1年も経っていないのに。
「ごめん」
「ごめん」
両サイドからステレオが聞こえたと思ったら2人に抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうと4本の腕にしっかりとホールドされて、「寂しい思いをさせて悪かった」「辛い思いをさせてゴメン」と交互に言われる。
「2度とこんな思いさせないから」
「ああ、僕とエースで約束する」
「いや、出会って間もない人にそこまで言わなくても…」
「でも大切なんだ。出会って間もない監督生とグリムに会いに公共交通機関乗り継いだし」
と、デュースがぴしゃりと言い、
「そ、オレだって出会って間もないデュースと一生の誓いをしたし」
と、エースがきっぱりと言った。
「エース、めちゃくちゃ関係進めるじゃん。」
「と、とにかく僕たちにとって監督生の存在はすごく大きいんだ」
2人分の大きな温もりがあった。とびきりの優しさがあった。男子高校生の全力で痛いぐらいに抱きしめられて、鼓動と共に抑えきれないほどの愛が伝わってきた。
「エース、デュース」
さらに泣きそうになりながら、強く抱きしめ返す。
「ふたりとも大好きだよ。これからもずっと」
そういうと、2人は小さく震えて、
「こっちこそ大好きだわバカ」
「一生の約束だからな」
と再びステレオで呟いた。
その後、「監督生1人にさせない」「むしろ1人になってた時間を今から取り戻す」とかいう謎の理由で急遽パーティをすることになった。
「なんか他に言っときたいことあったら言っとけ」とエースが促したので、
「2人の結婚式友人代表のスピーチは絶対にするから。異世界に帰ったとしても絶対に呼んで。気合いで行く。」
と、言うとデュースは真っ赤になって、エースは「オッケー」と笑った。
美しいリズムは、変わらず側にいる。