晩夏の熱「ね、獪岳、こんなの見つけたんだけど」
夏の暮れ、もう少しで学校が始まるということでぐっちゃぐちゃのままの部屋の掃除をしろと命じて1時間したくらいに、部屋からひょっこり顔を出した善逸がリビングで本を読む俺に何か話しかけてきた。
くだらないものだったら殺すぞ、と脅せばあーヤダヤダすぐそんなこと言うんだからなんて軽口を叩いて、ぱさりと手に持っているものを目の前の机に置いた。
それは袋の印刷もブレブレの、小さな古い家庭用花火セット。昔行った夏祭りの景品で貰ったものが今更出てきたらしい。
花火を一瞥し、その隣にニヤニヤと仁王立ちする善逸の顔を見れば、このカスの言いたいことは嫌でもわかる。
「...........掃除、俺が納得出来るくらい綺麗に出来たらな。」
「えっ、まじ?まじでいいの?うわ、うわうわ俺頑張る!」
なんでそんな顔しときながら驚いてんだよ。そんな言葉をかける間もなく、テンションの上がった愚弟はドタドタと部屋に走って戻っていった。
「わーいわーい花火だ花火〜」
結局、こいつはとてつもない集中力とスピードで部屋を片付けきり、晴れて花火で遊ぶ権利を得ることができ、今は晩御飯を食べ終えて公園に向かっている。
しかしどうせなら友人とやりゃあいいのに、こいつだって別に独りな訳では無いだろう、こういうものは大人数で思い出としてやるものなのだ。
荷物を持ってるんるんと歩く背中を見ながら嫉妬にも似た感情を勝手にぶつけていると、くるりと半回転した善逸と目がかち合う。
「ほんとアンタはねぇ...俺は獪岳とがいーの!分かる?!恋人持ったことないのかしらあーかわいそ!」
「あ?お前だろ」
「な、ちょ、急にそれはずるい...」
...どうやら全てお見通しらしい。あの地獄耳、いつか使いもんにならなくしてやる。その苛立ちも込めて反撃すれば、いとも簡単に白旗をあげるのだからバカバカしくなる。
花火が許された公園で、善逸は幼子のようにしゃがんでカチカチと火を付ける。
少しずつ煙が出て、ついにぼうっと火がついた。
「見て!色変わってる!ちょー綺麗!」
後ろでポケットに手を突っ込んで眺める俺に、わざわざ振り向いて花火を見せる。そんなはしゃぎようじゃ風情も何もありゃしない。
「あっ、青だ、それから...黄色になった!うぃひひ、俺たちみたい!」
「...ふっ、はははっ、馬鹿じゃねーのお前、ははっ」
バチバチざあざあと音を立てて、炎色反応通りに火の粉を撒き散らす花火にいちいち意味なんか付けて何になるんだ。
冷静に小馬鹿にする脳内とは打って変わって何故か笑いが込み上げてしまうのだから、俺も相当に晩夏に酔っているらしい。
光が少しずつ消え失せてその場に焦げた匂いが立ち込めても、俺達の熱は中々下がらず、お互いを見てはどちらかが吹き出して笑いあった。
「あー楽しい。やっぱり獪岳として良かったよ、あんなに笑ったアンタを見たの久々だもん」
「お前が俺の想像以上に馬鹿だったからな、誇れよ」
「ほんっとに言い方だけなんだよなぁ」
全ての花火を終えて帰路についている途中、ふと口を窄めながら率直な感想を述べる善逸の顔には、如何にも寂しいです、の文字が浮かんでいた。あぁなるほど、夏休みの間あまり二人の時間が取れなかった事に拗ねているのか。そう理解すれば次にとる行動は早かった。
未だぶつくさ言う善逸に1歩近付き、花火と熱帯夜の湿度で熱されたままの頬を、少し冷えた手の甲で撫でてやる。目を見開いて驚く善逸から何か言葉が出る前に、俺は口を開いた。
「なぁ、善逸。後で部屋な。」
お互い、この意味がわからない年齢ではない。
更に高められた頬の熱は、次の日の朝まで収まることはなかった。