ザクレノ こいつは、夢か?
思わず口にした言葉すらも実感が湧かない。
だって、よく分からない場所で『あいつ』が動いて喋っていた──あの頃と同じ様に。
でも感じる違和感。
その正体は直ぐに分かった。
ザックスは、オレとの『時間』を覚えていない。
無様に泣いて縋り付いて取り乱ださなかった自分を褒めて欲しいもんだ。
涙は『あの日』から一粒も落としていなかった。なのに、あいつの姿の後ろ姿を見ただけでじわりじわりと体中の水分が目元に集まっていく。
ダメだ、これが落ちてももう拭ってくれる手はないのに。
長い時間を掛けて一人でも立っていられる様になったのに、今更。──女神サマってやつはどうにも残酷らしい。
この世界で出来る事?その中にオレとの事は含まれないくらい弁えてるつもりだし、ザックスの為ならいくらでも手を貸してやるさ。
思い出さないでもいい。思い出してまた辛い思いをするのは自分だけで十分で、ザックスにはずっとずっと笑っていて欲しい。血や泥にまみれた姿よりも大好きだった眩しい太陽の様な笑顔を最後に見た姿にしたいんだ。
「レノ、夕飯まで案内してやるよ!」
「いや、大丈夫だぞ、と」
拠点にしてるらしい飛空挺はザックスに会う前に軽く教えられていたからってのもあるが、まだ心の整理がついていない状態で暢気にお喋りなんて出来るハズがない。
「そっか、なら疲れてるだろ?夕飯になったら呼ぶからゆっくりしてろよ」
「あぁ……」
早く切り替えなくては。『タークスのエース』って顔を作らなくては。
ウジウジと考えながらそっぽを向いたが件のザックスはじーっとこちらを見つめたまま動かなかった。
あぁ、探られている様で座りが悪い。
「何か用か、と」
溜息混じりの突き放す温度の声でザックスははっとして瞬きを数度。
「……いや、レノの髪ってそんなに長かったかなって……」
綺麗だな、なんて笑ってくれるな。
「──っ!」
ダメだ、堪え切れない。
ひゅっと喉が鳴り、上手く呼吸が出来なくなった。
「レノ?!」
浅い呼吸が早くなり、不味いと口を塞ぎ蹲る。過呼吸なんて随分と久しぶりだが、慣れたものだ。
ザックスがいなくなった頃には泣けない代わりによくこうなっていたのを頭の片隅で思い出してゆっくりと数を数える。
するとそこに突如として温もりが降ってきた。
「大丈夫、大丈夫だ」
包み込み背を撫でる暖かい大きな手。ずっと欲しかった安らぎ。
「──、ハッ……ァ」
いつもの夢なら朝日と共に消えていたのに、これは確かに存在していてあの頃の様に許される気がした。