世界を殺せ、愛のために。-序章- 檻の中は楽園だった。
僕にとって地獄というものは、暗闇の中をたった独り誰かに対する怒りや憎しみ、妬みを抱えて生きていくことだった。どうして僕が、どうして僕だけ、何故、何故です、と答えのない問いをただひたすら思案する日々のことだった。
だからこそ、白く明るいなにものからも守られた空間はまさに安寧の地であった。それにここには僕以外にもたくさんの人が同じ境遇で存在していて、独りではないことが何より大きかった。
例えここが、何か恐ろしいことを企て実行している施設だとしても。僕たちがその計画の為に利用されていたとしても。この先起こる"何か"が、決して幸福と呼べたものじゃなかったとしても。
外を知らない僕たちにとってそれは些細なことであって、そして優先すべきことでもなかった。外の世界がどうなろうと、僕たちは今ここで幸せを享受している。それだけで十分だった。十分だと、思っていた。
「こんな狭い場所より、もっと広い世界を自由に走り回ってみねぇか。」
差し出された手のひら。貴方の声は他のどの音よりも鮮明に僕の鼓膜を揺らした。空など見えないはずなのに、貴方の笑顔はまるで真夏の青空に凛と輝く太陽のようだった。
じりじりと胸が焼かれる感覚を初めて知覚したのを覚えている。どんどんと内側から主張する心音を聞かれてはいないかと、熱が集まり熱くなる顔を不審に思われてはいないかと。それが気が気ではなくて、貴方が投げかけたその問いになんと返したかは記憶になかった。
ただ、この甘美な牢獄には場違いと思えるほど外を知り強く地を蹴って生きる貴方に。僕たちが知らない夢の世界を現実にしてくれようとする貴方に。慰め合う愛しか知らなかった僕に、与え合い焦がし合う愛を教えた貴方に。
貴方に、出会うまでは。