「名作くん、これお土産や」
そう言ってスウィーツの父が持たせてくれたのは、有名洋菓子店の焼き菓子詰め合わせセットだった。20cm四方のなかなか大きい箱には、フィナンシェとダックワーズ、それにクッキーが詰め合わせになっているらしい。メイちゃんと食べやと渡されるが、なかなかお値段の張るものをそう易々と貰ってしまっていいのだろうか。それともこれが金持ちの普通なのだろうか。普通の家に生まれ、普通の金銭感覚で育ってきた名作にはよくわからない。
「さっきステーキも食べさせてもらったのにいいんですか?」
そう、実は本日松田名作、御尻川スウィーツ宅で高級ステーキをご馳走になったのである。A5ランク和牛ヒレステーキ。頬が落っこちそうになるほど美味しくて食べさせてもらう度に感動してしまう代物だが、絶対高い。付け合せのポテトもインカのめざめとかいう名前のお高い芋を使っていると聞いたので、総額は名作宅のおよそ一週間分の食事とタイマンを張れるくらいのお値段になるだろう。そんな高級ステーキを頂いてしまった手前、こんな高そうな菓子まで手土産に貰ってしまうのは如何なものか。
しかしスウィーツの父はがははと豪快に笑い、「名作くんにはいつもうちの息子と仲良うしてもらってるから気にせんでええ!美味しく食べや!」と名作の背に腕を回してばんばん叩いてきた。その後ろではスウィーツもにこにこ笑っている。まあ本人たちがいいと言うなら有難く頂くとしよう。メイもきっと喜ぶはずだ。妹の愛らしい笑顔を思い浮かべた名作の天秤は完全に傾いた。
*
そんなことがあってから数年。どうしてこうなった。名作は青色の紋付袴に袖を通しながらぱちくり瞬きをしていた。隣には同じく――名作と色は違い桃色の――紋付袴を着こなすスウィーツがいる。名作は確信した。この紋付袴、絶対御尻川家の特注だ。
「名作くんありがとうなぁ、これからもよろしゅうな」
うるうる涙を流しながら(どこに涙腺があるのかはわからない)、スウィーツ父は名作と固い握手を交わす。名作はもはやされるがままだった。やんややんやと茶化してくるノキオたちも、なんやかんや二人を祝福してくれているらしく、二人の周りに集まってあれこれ祝いの言葉をかけてくれる。脳内に蘇るのは式から数ヶ月前の記憶。スウィーツの父に、「名作くんはうちに嫁ぎはんねんな!」と唐突に言われて思わず茶を吹いてしまった記憶。しかもそこに至るまでに相当御尻川家に貢がれてしまっていたため、断ることも出来ないままあれよあれよとトントン拍子に結婚の話が進んでしまった。気付かぬ間に埋められていたのだ、相当分厚い外堀を。名作には到底越えられそうもないそれに、思わず震え上がる。
「名作、名作!」
こんな状況だというのに、スウィーツは呑気なものだ。ボルトに注いでもらったシャンパン片手に「やー、長年の夢が叶ったね!」なんていつもみたいににこにこしている。
「……スウィーツ幸せそうだね」
「うん!名作は?」
「ぼくはなんというか、展開に着いていけてないというか……」
「まあまあ、なんとかなるよ」
これ美味しいから名作も食べようぜ!と美味しそうに肉を頬張るスウィーツに、名作も釣られて肉を一切れ口に運ぶ。
「……美味しい」
流石御尻川家のシェフ直々に調理しているだけのことはある。ずっと食べさせてもらってきた味だ。そういえば昔にこのステーキを食べた時、名作は「おいしい」といたく感動していた覚えがある。
「名作このステーキ好きだもんね」
「……」
こんなことで絆されないぞ、と心を強く持つために拳をぎゅっと握りしめた。そうでないと、こんな訳の分からない状況なのに「まあいいか」と納得したくなってしまう。それはなんというか、色々と終わりな気がする。