『なーもっくん、本当に大丈夫か?危ないだろ』
「大丈夫大丈夫!」
もっくんが目指す先は、公園の中に立ち並ぶ木に引っかかったハンカチ。端にコスモスの刺繍があしらわれた、白いレースのハンカチ。そして、木の下から少女が一人、心配そうにもっくんを見つめている。
このハンカチは、少女の手から飛んでいってしまったものだった。今日はひときわ風が強く吹く日で、ひらひらと飛ばされたハンカチは木の枝に引っかかって止まったのだ。それをたまたま見ていたもっくんは、ゼロの制止の声も聞かずに木に登り始めた。運動は大して得意でないというのに、無茶にも程がある。いつもは肝が座っているゼロも、今回ばかりはもっくんの周囲をふよふよ落ち着かなく飛び回っている。困っている人を助ける時のもっくんは、どうにも頑固で我が強い。
「あと、もうちょっ……と!」
枝の根元に跨って腕を伸ばし、風に揺らめいていたハンカチをなんとか掴んだ。
「取れた!」
同時に、また風が吹いてもっくんの視界がぐるんと回転した。落ちているのだ。
『もっくん!』
ゼロの手が、もっくんの腕からすり抜ける。焦りと動揺を隠せない様子のゼロとは対照的に、もっくんはやけに冷静に──否、最早自分に起きている状況を飲み込めておらずきょとんと呆けているらしい──、しかしハンカチはぎゅっと握りしめたままで、落ちていった。
ガサガサガサガサと葉や枝に擦れる激しい音がして、その場に暫し沈黙が降りた。一番に声を上げたのは、意外にももっくんだった。
「死ぬかと思った!」
漸く自分は落ちたのだと理解したもっくんは、がばっと起き上がって胸を手で抑えている。
「だ、大丈夫、お兄ちゃん!」
駆け寄ってくる少女に、もっくんはハンカチを手渡した。傷だらけで格好はついていないよなぁと苦笑しつつ。
「ぼくは大丈夫。ハンカチ、破れてない?」
「うん。ありがとう」
歩けるかと問われ、一度立ち上がる。擦り傷だらけではあるが、骨が折れたりしている様子は無い。本当に運が良かった。落ちたのは不運だったけれども。プラスマイナスゼロみたいなものだ。ゼロだけに。
「擦り傷だけみたい。立てるし歩けるから心配ないよ」
それならよかったと去っていく少女を見送り手を振っていると、突然身体にぞわりと悪寒が走った。ゼロが身体を通り抜けたのだ。悪霊を相手にしている時よりもずっと眉を顰めて、『もっくんの馬鹿野郎!』と怒鳴る。
『死んじゃったらどうすんだ!』
「……ごめん」
鬼気迫る表情に気圧され、咄嗟に謝意の言葉が出た。すると、ゼロの腕がもっくんの首元に伸びてきた。ハグのつもりなのだろう。
(……ぼくは大丈夫なんだけど)
そんなことを言ったらまた怒られそうだ。それに、心配をかけてしまったのも事実である。ゼロは、悪霊からもっくんを守ることはできても、こういった突発的な事故から守ることはできない。目の前で落ちていく友人をただ見ているだけしかできないのは、つらいに決まっている。
もっくんは、ゼロの気が収まるまではと、されるがままになることを決めた。