隣を歩いていたはずの伊作が、突然消えた。否、正確には『消えた』のではなく『落ちた』のである。穴に。いったい誰が掘ったのやらわからないが、身長よりも若干深い落とし穴である。留三郎は地面に膝をつくと、伊作に向かって手を伸ばした。
「伊作、大丈夫か?」
「うん、平気。そんなに深い穴じゃなかったから」
へりに手をひっかけ、穴の壁を登りつつ留三郎の力も借りつつ、伊作はなんとか無事地上へと戻ってくることができた。
「ごめん、留三郎」
しゅんと眉を下げる伊作に、留三郎はいやいやと手を横に振った。仲間を助けるのは人として当たり前のことだ。伊作は同じクラスで同室なのだから尚更。それに、こうしおらしくされてしまうとどうも落ち着かない。
「謝らなくていい。おれたち同室なんだから」
すると、きょとんと不思議そうな表情を浮かべる伊作。なにかおかしなことでも言っただろうかと首を捻っていると、「留三郎は下に弟がいるの?」と聞いてきた。また突拍子も無い奴だ。
「弟はいないぞ。おれは留三郎という名前の通り、三男坊で末弟だ」
「ええっ、そうなの!?」
予想外の答えだったらしく、目をまあるく見開いている。曰く、留三郎はしっかり者だしいつも伊作のことを助けてくれる面倒見の良さも持ち合わせているから、これはきっと下に弟がいるから慣れているのだろうと思ったのだとか。
「留三郎はすごいね」
伊作の柔らかそうなまろい頬がほにゃらと緩む。その瞬間、胸に春爛漫のような暖かい風が吹いて、留三郎の心を揺らした。やっぱり、伊作は笑っている方がいい。
「それより、手当てしに行こう。手や脚を擦りむいてるんだし」
「うん、ありがとう」