10.31「……え?」
「なにその反応、不満?」
「い、いやいや!そんなわけないだろう、ただ……なんというか。また意外なふたりだなあと思った、それだけで……」
十月三十一日、一時にも近くなる頃。深夜突然の来訪者からのノックに別段警戒もせず扉へと近付き出迎えるべくドアを開けば、そこにはよくよく見知った男ふたりの姿があった。試合においてもよく共になるナワーブ・サベダーとノートン・キャンベル、彼らが何故こんな夜半も遅く自身の部屋まで訪れたのか理由に心当たりはなかったのだが。
「ええ、と。それで、……二人揃ってどうしたんだい。それもこんな時間に」
「…………」
「ノートン君?」
問いかけに対して押し黙ってしまうノートンの様子に首を傾げる。すると、隣にいたナワーブがおおきく息をついて切り出した。
「エマがいってたんだ、明日はイライの誕生日だって」
「……あ、ああ。そういわれてみれば、はは。成人を越えるとついつい、忘れてしまうみたいでね。……え、まさか君たち。祝いにきてくれた、の?」
ナワーブもノートンも進んで誰かの、ましてや自分の誕生日を祝いにくるような性格ではないと思っていたイライは大層驚いた様子をみせた。すると黙りこくっていたノートンが口を開く。
「なに?不満なの」
「だから違うって、……つい。驚いてしまったんだ、まさかふたりに祝ってもらえるなんて思いもしてなかったから。ああ、もちろんすごくうれしい」
「……はあ」
「えっ、なんのため息?」
「とりあえず、あがるね。手土産もちゃんと持ってきたんだ、拒否なんてしないだろ?」
「えっ、あ。うん、もちろん。どうぞ」
「それはこれから祝う奴の態度じゃないな、キャンベル」
「うるさいよ、僕は手土産のお裾分けをもらいにきただけだから」
いうやいなや、部屋主のイライを置いて部屋へ入室していくノートン。心底面倒くさそうな様子ながらも来てくれたのはなにかしら思惑があってのことだろう、と思うに留めたイライ。その後をナワーブも追って三人は部屋中へ。散らかるほどの物も置いていない質素な室内、端の方にあるソファにどかりと腰を下ろすノートンへナワーブは半ば冷めた視線を送った。
「……今日の主役を置いてソファに堂々と座るその腐れた根性、どうにかならないのか」
「は?うるさいな、持ち主が咎めてこないんだからいいだろ。ね、イライさん」
「あ、ああ。うん、けれど、他所でそれをしてはいけないよ。ノートン君」
「……」
「だそうだ、ありがたいお言葉は重々胸に留めておけ」
説教まがいの返しに眉間のシワを深くするノートン、どうやら彼は本当に手土産とやらを分けてもらいにきただけのようだ。
三人それぞれ椅子とソファに腰を下ろしたところでナワーブが持っていた四角い白箱を机に置く、それを手際よく開き中のトレーを引き出せばイライから驚きと喜びが入り交じった声が上がる。
「わあ…!ケーキ、すごい。これ、もしかしてふたりが作ったのかい」
「はは、残念ながら作ってくれたのはエマとヘレナだ。俺たちが作ろう物ならここに出されるのは黒い塊のみ、あんたは今頃歓喜してないだろう」
箱の中のトレーに乗せられていたのは、一切れのケーキが三つ。フルーツタルトにモンブラン、ショートケーキ。愛らしい色合いが並んだ光景に終始笑みを浮かべるイライ。
「ふたりが作ってくれたものだったとしても喜んで食べていたよ、……でもウッズさんとアダムスさんが…なんて。ありがたいね」
「自分たちがこぞって持っていくよりかは、同性の俺達が渡した方がリラックスして味わえるんじゃないかと。そういっていた、あのふたりにはなにからなにまで感謝しながら食ってくれ」
「……いや、本当に。申し訳ないやらありがたいやら、……でもここは、ありがたいと素直に感謝を述べるところだね。明日起きたらいちばんにお礼をいいにいかないと」
「僕このショートケーキがいい、クリームの甘さが控えめだって聞いたし」
「…………」
「……情緒のない奴だ」
「……っふふ、ノートン君も待ちきれないみたいだし。はやく頂こうか」
「ちょっと、僕が子供みたいないい方やめてくれる?」
「その通りだろ、今は。……イライ、フルーツタルトとモンブランどちらにするんだ?」
「……も、モンブラン。実は食べたことなくて、栗の味がするクリーム……おいしそうだなあって。その、……いいかな」
「………たくさん食べなよ」
「今度たらふく食わせてやろう」
「た、たらふくはいいよ!たまに食べるからこそのありがたみを忘れたくないから!」
なんて、終始穏やかな雰囲気の中冗談を交わしながら皿に乗せられたモンブランにイライは布の下の瞳を幼子のように輝かせた。
「食ってくれ、キャンベルが先に手をつけてどこまでも空気の読めてない奴になる前に」
「ナワーブさ、一回表でなよ」
「け、喧嘩はやめてくれ。こんな真夜中に……。なら、その。お先に…いただきます」
ケーキ生地の上にどっさりと乗ったモンブランクリームをフォークに乗せる、こんなにも作る難易度が高そうなものをいったいどうやって作ったのだろうか。なんて心の内で考えながら掬ったそれを口元へと運び咀嚼する、その瞬間甘くねっとりとした感触と栗の風味が口の中を満たし頬がじんわり震えた気がした。
「どうだ、念願の初モンブランの味は」
「……お、おいしくて……頬が落ちそうとはこのことかと。大丈夫?まだ私の頬は無事かい……」
「片方落ちてるよ、回収しとこうか」
「えっ、やめてくれる?そこに置いておいてください」
「あんた達なにいってるんだ」
「……ありがとう。ナワーブ、ノートン君も。改まっていうのは少しばかり気恥ずかしいけれど、普段身を投じている過酷な試合もこういった時間があるから頑張ろうと、生き抜こうと思えるよ。ふたりの誕生日には、ぜひお返しをさせてね。ああ、ウッズさんとアダムスさんの誕生日にもなにか…」
「イライさん、お返しの品はこっちから指定することは可能なの?」
「……キャンベル」