とてもいいおしり 真剣勝負の後はいつだって心地よい疲労感と汗に包まれる。木枯らし吹き荒ぶ冬の日だってそうだ。
試合後の控え室。黙って着替えるネズの後ろ姿に、ベンチに腰掛け、一方的に話しかける。ネズからの反応は、たまに薄い相槌が返ってくるだけだが、全く気にしないオレは構わず喋り続ける。
タンクトップを脱ぎ捨てて、タオルと汗ふきシートでこまめに汗を拭う。乾いた肌にシャツを纏い、次にスパッツに手をかけた。上から順に着替えていく派らしい。話したいだけ話したらすっかり気が済んで、暇になったのでネズの背中を眺めることにした。
しかし、細い身体だ。不摂生な訳ではなく、体力だってある。体質なのだろう。
じっと見守っていると、マゼンタカラーのスパッツがするりと脱げて、まるいおしりが姿を現した。
そのおしりが余りにもまるすぎて、なんというかこう、絵に描いたような形というか、理想がそのまま目の前に現れたかのような……。この間エッチなビデオで見たおしりより好みというか……。
というかなんでネズ、こんなピタピタのビキニタイプみたいな下着履いてるんだろ。スパッツだと透けるのかな。
「ネズ、おしり揉んでいい?」
「ハ? なんで?」
後ろ姿に声をかけると、ネズは怠そうに振り向いた。
「いや、好みのおしりだったから。まるくてハリがあって、プリッとしてる感じ。揉みたい」
「やだよ。お前その距離感の無さバグでしょ。怖いですよ」
ゲッ、みたいな嫌そうな顔をされてしまう。オレは下唇を突き出した。
「だってえ……、人のおしり気軽に揉めるようなイケイケの人生送ってないし」
「お前そういうとこ意外ですよね。お前が揉ませろと頼み込んだら許してくれる人間なんて大勢いるだろうに」
ネズは溜め息まじりにそう言った。
「ネズは頼んだって揉ませてくれないじゃん」
「おれをキバナのオンナにカウントするな」
冷たく言い放つネズに、オレはベンチに横になる。駄々っ子のように足をバタバタさせた。
「ああ、オレは一生おしりを揉めないまま死ぬんだ」
「そういえば中学の時にいましたね、多分一生童貞だろうからって、ふくよかな男子の胸揉んでた奴」
少し可笑しそうに眉尻を垂らしながらネズが語る。彼の中学時代の話など、聞いたのは初めてだった。
「うちのクラスにもいたなぁ。あるあるなんだな」
軋むベンチの上で上体を起こす。
「おれも同じクラスのポンくんのおっぱい揉ませて貰ったんだった」
膝裏の汗をシートで拭いながら、思い出したようにネズは言う。
ポンくんって、ニックネーム? 本名?
「しゃあねえなあ。おしり揉んでもいいですよ」
足元に落ちたスパッツから足を抜きながら、突然ネズが手のひらを返した。驚いてろくな返事もできない。
オレが相当意外そうな顔をしていたのか、ネズはこちらを見ると、きちんと理由を教えてくれた。
「いや、ポンくんのおっぱい揉んどいて自分は揉まれたくないっていうのも勝手な話じゃないですか」
そう言いながらネズは細い脚を交互に繰り出し、こちらに歩み寄ってきた。上はしっかりと衣服を着込み、下は小さな黒いパンツ一枚だけ。アンバランスに感じて、思わず頭の先からつま先までじろじろと観察してしまう。
「その代わり、お前のケツも揉ませろ。鍛えてんだから、さぞかしいいケツしてるんでしょ?」
そう言いながらオレの腕を掴み、無理やりその場に立たせる。上着を纏っていてもなお細さがわかる二本の腕が、オレを抱きすくめるかのように背後に伸びてくる。
「ひえっ」
がっしりと臀部を掴まれ、情けない悲鳴を上げてしまう。ユニフォームパンツ越しに揉みしだかれ、全身を羞恥が駆け巡った。
しかし、文句を口にすることはできなかった。軽はずみに揉ませろなんて言い出したのはオレの方だ。
「ふむ、鍛えてるのがありありとわかりますね。けど意外と柔らかいものなんですね、もっとカチカチなのかと……」
興味深そうにネズが感想を零す。自分の尻の感触など知らないので、そうなのか、とぼんやり思う。
手持ち無沙汰の己の両手を、おずおずとネズの背後に回す。オレも揉んでいいんだよな、そもそもオレが言い出しっぺだし。
ネズのおしりに両手を這わせて、ふと思う。なにも同時に揉み合うこともなかったのではないかと。ネズが手を離してから、オレが揉む側に回るべきだったんじゃないかと。
でもそんな考えは、霞のようにあえなく消えていった。
だってネズのおしりの、なんと手に馴染むことか。もっちりした素材感のクッションを揉んでいるみたいだ。小さくて柔らかい、けれど弾力のある膨らみ……。薄い下着一枚しか隔てていないので、肌の温もりが手のひらに伝わってくる。
「なんで同時に揉み合ってんですか。なんのプレイなんだか」
可笑しそうにネズが吹き出した。オレだってよくわからない。
オレがネズの尻を揉むたびに、比例してオレの尻が揉みしだかれる。強弱をつけてやわやわと揉まれ、全身にぞわりとした妙な感覚が駆け上がる。
なんでオレ、ネズにおしり揉まれてるんだろう。
真似して同じように手を動かしてみると、擽ったそうな笑みを零しながらネズは身を捩った。
「ネズのおしりの感触をそのまま再現したクッションとかあったら、売れると思う。オレ買うわ」
「……なんか、あるじゃないですか。おっぱいマウスパッドみたいなやつ。あれをさあ……」
「待って、待って。フフ、オフィシャルグッズで出しちゃダメだぜ」
つまらないジョークを吐けば、ネズは一段階上のジョークでかえしてきた。下っ腹に力を入れても漏れてくる笑いを止められず、オレは身を震わせた。
「お前っておしり派なんですか? 相当尻に入れ上げてるようですけど」
「ん? うん。おっぱいあんまり興味ない。ネズはどっち?」
「脚派」
「は? ドスケベじゃん」
びっくりして思わず手を離してしまうと、ネズは湿った目線でこちらを見た。
「普通でしょ、脚好きなんて。あ、お前あれですよ、“キバナのふくらはぎの感触クッション”みたいなの出しなよ。オフィシャルで」
「なんなんだよ、そのニッチな商品」
けらけらと笑いながら小さなおしりから手を離す。ちょっと惜しい気がしたので、離す直前に最後の一揉みをしてやると、ネズは露骨に眉間を寄せた。
「買いますよ、おれ」
にやっと口角をつり上げるネズは、ジョークを言っている筈なのに、なんだかマジな話をする時みたいな空気感を背負っていた。
ぎくりとしたオレはなにも上手い返しを思いつかずに、「ああ」とか「いや」とか適当な相槌で誤魔化すしかなかった。
もしかしてオレの脚を触りたかったりしたのか?
そう思いついたのは数日後のことだった。まさか今更確かめる訳にもいかず、ネズとはまた普通の距離感に戻った。
お前のおしり揉んでいいか、なんて下世話な事は口に出せるくせに、オレの脚触っていいよ、と口に出すのは憚られる。よくわからないモヤモヤを抱えたまま、オレはあの日からいつも、彼の背後に目をやってしまう。
あの小さなおしりが柔らかいことを、オレはもう知ってしまっている。モヤモヤが胸の内に育っていくのを自覚しながら、オレはあのおしりの感触を他に知る人間がいるのか否か、という苦悩に取り憑かれてしまった。