みちはつれづれ ざわめき、見慣れぬ人々が漫然と歩く様を見てどこからら行けばいいの? と隣のにこが尋ねるのを聞いて、さあ、と短く答える。
広い会議スペースでやっている即売会なるものである。
並んだ長机には色とりどりの布を敷いている、見渡してわかる限りでは、一つの机に二つのグループが陣取っているようだが。
「とりあえず知り合いに声をかけるか」
「そうねえ」
いささかの困惑と、祭りに来たような浮かれた声を聞いて見回す。
いくつかの区画に分かれており、番地よろしく番号を振られているようだった。ほうぼうの貼り紙を見てみちに聞いている区画を探す。卓上のサンプルを見ながら歩いて回るものと、目当てのサークル? なるものに向かう者がいるようだった。
ともあれ、この場においては自分達の姿を見て目を瞠るやいなや視線を逸らす者ばかりであった。
みちを見つけて手を挙げる。机の上には数冊の本と、絵を描いた紙が並んでいる。
「来たの」
「来ないと思ったのか」
「伝えない方が良くないと思ったから言っただけで」
やや気まずい様子であったが、にこが本を手に取ると顔色が変わる。
露出の高い扇情的な下着姿のにこが、なにやら逞しい胸板に縋り付いている表紙だ。隅にR18の表記がある。
「この服可愛い〜。中見てもいい?」
「…………どうぞ」
結構な間があったか大丈夫か。にこが手を取ると視線を逸らす。
にこは手に取った本をパラパラとめくって、途中でにわかに頬を赤くしてみちを見た。
「や、やだぁ……」
「ちゃんと表記はしてるから」
問題はそこじゃないと思うが。横から覗き込むと、にこがあられもない姿で蠱惑的なセリフを言っているらしいものだった。
「それは絵はむつが描いた。自分は原案と後ろの小説」
あいつら俺とにこをどういう目で見てるんだ。
「そうなの、むつは絵が上手いのね」
言うに事欠いてそこかよ、と思いつつにこはまじまじと絵を見て、ハンドバッグから財布を取り出した。
「これ一冊いい?」
「800円よ」
「1,000円でいい?」
慣れた様子で釣り銭のやり取りをして、短く他愛のない話をするとにこの気が済んだようだった。
その場を離れて鞄にしまうのを待つ。なんとも言えない顔をしているが、果たして。
「自分の濡れ場なんて見るのか?」
「別にいいでしょ。他の人のも見てみましょ」
「なるべく早く出るぞ、居た堪れないツラの奴ばっかりだぞ」
「はぁ〜い」
会議室いっぱいの連中が全員自分と妻の本を書いているという事実に何とも言えない感情が生まれたが、まあこういうこともあるか、と納得させる。
あの人絵が上手いわ、と手を引かれるので、その勢いのままに足を踏み出した。