冬の風が吹いたら 風邪を引いて寝ていたのである。
「桃でももらってきてあげる、きっとあるわ」
そう言って家を出たきり帰ってこないうちに電話が鳴って、気がついたら小さな病院におり、線香の匂いのする狭い部屋にいた。
顔に布を被せられた女がおり、それは長い付き合いになる女であり、かつ先日結婚した女であった。
布を外すといつも通りの寝顔があり、死化粧を施されているようであまり顔色も平素と変わらないようであった。
指輪は外されて手元にあり、着ていた服もろとも袋に入れて渡されていた。
にこが死んだ、デルウハと結婚した翌月のことであった。
◇◇◇
「面倒になって殺したんでしょう、そうなんでしょう!?」
それなりに年を経てなおまだ厚みのある筋肉質の体を、よみは簡単に持ち上げて突き飛ばして怒鳴りつける。
「理由がないだろ。始末が終わったらここも出る。どうだ、俺にメリットはあるか」
スーツの埃を払いながら立ち上がって、なお言い募ろうとして罵倒するよみに背を向けた。
火葬場である。
葬儀には間に合わなかったにこの姉妹たちが待合室で悄然と、あるいは呆然としているのを横目に、彼女との共通の知人、家屋を提供することを決めた男と少し立ち話をして、それを終えるとかつての職場の上長、所長がやってくるので片手をあげた。
「久しぶりだな。再会があいつの火葬になるとは思ってなかった」
「この度は……本当に、その、まさかにこが先に逝くとは」
心なしか痩せたように見えるその男は、何か聞こうとしては青ざめて俯く。
「事故だよ。なんだ、解剖したかったか?」
「とんでもない、彼女はもう普通の人間ですから」
「ハッ、用はねえってか」
デルウハは沈黙を無視して外の庭に面したベンチに腰掛ける。
あまりにもうららかな秋晴れの庭をしばらく眺めて、ただ一度きりの深いため息を吐く。
周りはひどい愁歎場であったが、故人の夫である当のデルウハといえばついぞ涙一つ見せず、喪主の勤めを終えた。
火葬を終えて外に出る。
あまりにも軽い骨壷を抱えて参列者たちを見送ると、不意に喉がむず痒く咳を一つする。
風邪は治りかけであり、ろくに寝ている時間もなかった。
長引くだろうな、結局桃を食いそびれたな、と思い至ってから、骨壷の白い包みを見下ろす。つい先月も純白のドレスを着たところだった。
「死装束まで白か、よかったな」
聞き慣れた罵倒を待ったが、聞こえることはない。
ただ、冬の気配のする乾いた風だけが頬を撫でた。