朽ちぬ花 ある晴れた日の昼間のことだった。この研究所を守る要の1人であるよみが、天窓から降り注ぐ日差しをぼんやりと浴びる人々の前を通り過ぎる。
チラチラと向けられる視線は畏怖意外に何があっただろうか。
少しだけげんなりした気持ちで、なんとなしに歩き回っていたのである。
イペリットの反応もないし、昼寝をする気分でもない。
ただ、漠然と歩いていただけ。
なんとなく緑が見たいと思ってプラントに向かったのもほんの気まぐれである。
少し前にここで一悶着あったのだというが、今では修繕も終わったようだった。あの件は少し釈然としないものがあったな、とうっすら思いつつ。
そこにいたのは髪を撫で付けた初老の男であり、よく知った顔だった。
プラントのガラスの向こうで、いつものモッズコートを脱いで何やら土を掘り返しているのが見える。
ガラスの前に立って、叩いてみようか少し考える。
割ってしまうかも、という躊躇だった。
その前に彼が気がついて、彼が立ち上がる。
待ってなさい、と手振りで言うし、特に立ち去る理由もないので待っている。
手入れ用の通用口から出てやってきた彼は、手に茎の長い赤い花を持っていた。肉厚の花びら、ビロードのような細かい毛が生えて見える。
「よみ、散歩かね」
「うん。別に、なんとなくウロウロしてただけ」
「そうか。今花壇の手入れをしてたんだ。これはドライフラワーにもなるから持っていくといい……渋いかな」
「何? 機嫌取り?」
「……そう言うわけではないよ」
苦笑して、どうぞ、と差し出された花をどうするか少し迷って、受け取った。
その赤が美しいと思ったし、振り払う理由もなかった。
「なんていう花なの?」
「ケイトウだよ」
「毛糸みたいだから?」
「いや、鶏の頭に似ているから……じゃなかったかな」
鶏の頭がピンと来なかったので、ふうん、と相槌を打つ。
「これしかないんだ、みんなには内緒にしてくれ」
そう言って長い人差し指を口の前に立てて苦笑するけど、多分みんな欲しがりはしないと思うわよ、と言うほど野暮でもなかった。
何かで見たドレスの生地に似た質感を、なんとなく見つめる。少しキラキラと光って、赤く鮮やかなのが気に入った。
「ドライフラワーってどうするの」
「興味があるかね? ちゃんと教えるよ、少し待ってなさい」
「……まだ何かあるなら……その、手伝ってあげてもいいけど」
そうか! と嬉しそうに笑うので、よみは少し照れ臭くなる。
いいわよ、とついていって慣れない土いじりだ。
ガラスの向こうで並んで苗を植えているのを、指揮官の男が平坦な顔で見ている。床やガラスを少し気にしていたようだが、じきに何も言わずその場を去ったものだが。
葉をとって古めかしいリボンでくくったケイトウを手に持って部屋に向かうと、その指揮官であるところのデルウハが向かいから歩いてくるので立ち止まる。
彼が目に止めたようなので、その赤い花をなんとなく見せると「要らん」といささか嫌そうに首を振る。
「あげないわよ! 見てたでしょ? 所長にもらったの」
「ドライフラワーならしばらく保つだろ、よかったな」
ごくつまらなそうにそう言ってすれ違って歩き去る。
何が言いたかったんだろ? と首を傾げつつ、その赤の鮮やかさとリボンのかわいらしさに浮かれて部屋に戻った。