彼女の小さな優越 ネクタイ結んであげる、と言って胸元に手が伸びてくるのを顎を上げて放っておく。
スモーキークオーツをあしらったネクタイピンを差し込んで、できた、と胸を軽く叩いて笑う。
見慣れないベージュのセットアップにいつもよりしっかり化粧をして、何を張り切ってるんだと思いつつその手が離れて自分の前髪を直すのを見る。
「ちゃんとしたお母さんだって思われたいし、あんたのことだってそうよ。しっかりしたお父さんに見えるように頑張ってよ」
言わんとしていることは分からないでもなかった。娘の立場を自分の立ち居振る舞いが左右すると思っているのだろうか。
今日は、娘の保護者会なるものであった。
行ってみれば、子供の年代は同じだが親の年齢層はまちまちで、自分より年嵩の親もいれば、にこよりも若い者もいるようだった。
とはいえやはり日本人ばかりの中で自分の容姿は目を引くようで視線を感じる。にこがそれとなく腕を組んでくるのは一体どういう思惑なんだか。
珍しいだけだろ、と言っても無駄で、どうにも若干機嫌が悪い。
挨拶に挨拶を返しもする。仕事の知り合いだっているのだから何かあった時のためにつなぎを作っておくに越したことはないのだ。
何をピリピリする必要があるのやら。
にこを見てからこちらを見てあからさまに驚く男親の意図はいささか理解に苦しむものがあったが、危険はないだろう。
◇◇◇
今年はものすごい保護者がいる、と保母さんたちの噂に聞いていたらものすごい保護者がいたのでまじまじと見てしまった。
背が高くて筋肉質、体は厚くて隣にいる奥さんの一回り以上は大きい。
ピンクの髪にグリーンの瞳の冷たい顔で、そのくせ奥さんがこっちに警戒しながら腕を引っ張るのはなされるがまま。
倫理観の薄そうな他のママさんたちの秋波には気が付いてるんだかいないんだか。
ジャケットの裾にはシールが貼られてて、多分気が付いてない。
ああ見えていいパパなんだろうなあ、と眺めつつ、隣の平凡な夫を見てちょっと安心するのだった。あの顔が同じ家にいるのはちょっと困る。うん。
◇◇◇
別室にいた娘のさっちゃんと合流して3人で帰る。
パパに肩車されてご機嫌だ。
「なんでパパもママもいるの~?」
「サシャがあそこでどんなことするか聞いてたんだ」
ふーん、なんて言いながらパパの前髪を掴むのをやんわり止めて、通りがかる他のお母さんたちの視線を受けつつちょっと隣のデルウハと距離をつめる。
「デ……パパいっぱい見られてたわね」
「俺が外国の人間だからだろ、すぐに慣れる」
「そーお?」
「お前だって俺の面にもすぐ慣れただろ」
どうだったかなって思いながら、子供の足を握る大きい手とその向こうの横顔を見る。
高い鼻筋と彫りの深い顔、冷たい宝石みたいな緑色の目は他の人より少し明るく見える。それはずっと変わらない。
「……今日の夕飯はママが好きなのにしていい?」
好きにしろって答える声を聞いて、なんとなく手を繋ぎたくなるのを我慢してジャケットの裾を摘む。
他人がデルウハを見るのはいつもちょっと複雑で、でも彼のの夕飯の献立を私は決められるのよ、なんて優越感で溜飲を下げるのだった。