お姉ちゃんといっしょ うららかな春の日差しに、見慣れた男の桜色の髪がきらきらと光るのをにこは目を細めて見た。
花を散らし始めた桜並木を並んで歩く夫の頭だ。いつも見上げるばかりのそれを上から見るのは新鮮で、思わず口角も上がる。
なんということはない、彼女の故郷から送られてきた薬に若返りの薬が混ざっていたのを誤飲したのであった。
12歳ばかりのいとけない少年になってしまった夫の、まだ可愛らしささえ残る横顔をこれ幸いと眺めているのである。
繋いでいる手はまだ柔らかい。硬く大きな手のひらは恋しかったが、彼であることに違いないので問題はない。
「前見て歩けよ」
まだ高い子供の声だが、話し方はいつもと同じ投げやりでぶっきらぼうであった。
「いいじゃな〜い、ちっちゃいデルウハ可愛いんだもの」
「嬉しかねえよ」
白い滑らかな顔はまだ華奢で、鼻こそ高かったが目が少し大きく見える。
鮮やかなグリーンの瞳がにこを睨め上げるようにして、あのなあ、と鬱陶しげな溜息を吐いた。
「こっちはトンチキな薬でガキにされて困ってんだぞ。お前だって俺がこのままじゃあ不便だろうが」
「2〜3日で戻るんでしょ?」
「今回はそうらしいな」
ふーん、とて言いつつつむじを探してその頭頂部を見る。硬い髪質だが今はもう少し柔らかそうに見える。
後で撫でよ、と思いながら、不意に視界の先に小さな人だかりがあるのを見た。
祭りという規模ではなかったが、屋台が出ているようだった。
香ばしい匂いが届いて、デルウハもそれを見つけた様子であった。
「ヤキソバじゃねえか。ちょっといってくる」
「あっ、ちょっと〜」
するりと手が解けて、小走りでいなくなる背中は子供そのものである。
食い意地だけは変わらない様子に呆れながら、その後を追って桜を見ながらのんびり歩く。
屋台の前で財布を出すのを見て、かわいいな〜、なんて思いながら彼が見える場所で立ち止まってそばの木にもたれる。
いい天気ね、と思いつつ手のひらに桜が降ってこないかと手を伸べて戯れていたのであったが、不意に目の前に大柄な影がさして顔を上げる。
知らない青年の二人連れだった。背は少し高いくらいの、薄笑いを浮かべた同い年くらいの男たちだ。
「一人?」
「そうじゃないけど」
今の姿で夫と呼んでも拗れるかしら、と頭の片隅で考える。
「友達と? 一緒に行かない?」
「行くわけないでしょ……家族と来てるから」
そう言わないでさあ、と馴れ馴れしく手が伸びてくるので、ちょっと、と息を呑んだその時である。
男の体がぐいと押し除けられる。
このガキ、と毒づくのを聞いて、男の後ろから顔を出して、こちらを見上げて輝かんばかりの笑顔を浮かべているのを見てぽかんとする。
白い肌が光るようで、桜色の髪と明るいグリーンの瞳が春の光に映えて妖精か何かのようだった。
焼きそばのプラパックを片手に、するりともう片手を腕に絡める。
「お姉ちゃん! お待たせ! 遅くなっちゃってごめん。お兄ちゃんたちはお姉ちゃんにご用ですか?」
いや、とたじたじの様子で立ち去っていくのを見て、笑顔を剥がすように無表情になるので唖然とする。
「な……なにいまの〜。あんなのできるんだ?」
お前な、と声変わりしていないのにいつもの口ぶりでぼやく。
「これでも姉貴が3人いたからな、弟のフリなんぞ簡単なもんだ。適当に座って食うぞ」
手にはやきそばが3パック。向こうにベンチがある、と言って手を引かれる。
「お姉さんがいるの?」
「言ってなかったか」
「初めて聞いたわ」
「お前なんて6人姉妹の次女みたいなもんだろ」
「そうだけど〜。へえ、デルウハって弟だったんだ」
腕から手が離れたのをいいことに、なんとなくそのピンクのツンツンとした頭に手を乗せる。
「あ?」
「いいでしょ別に」
「歩きにくいからやめろ」
「今日さ、お風呂一緒に入ろ。背中流してあげる〜」
「往来で言うな」
嫌そうな顔は大人とそう変わらないのに、声変わり前の澄んで高い声は子供そのものだ。
ちょっと変な気を起こしそう、とにこは目を逸らして、桜が綺麗ねえ、とよそごとに気をやることにしたのであった。