「サンタ帽とかかぶっちゃう?」
「あはは!あり!!」
賄いのチャーハンを掬いながらバイトの同期のゆみとクリスマスの話で盛り上がる。街はイルミネーションが施されていて陽気な音楽が鳴り響いている。もうすっかりクリスマスモードだ。悲しいことに特に予定もなくバイトのシフトを仲良くいれた私たちは少しでもクリスマスらしいことがしたくて悪あがきをしているところだ。
「お疲れ〜!なになに?クリスマスの話?」
賄いの皿をもって休憩室に入ってきたのは春原くんだった。休憩室のテーブルにお皿を置いてロッカーから荷物を取り出してゆみの横に座った。今日暇だから早上がりになったんだ、という春原くんを見て失敗したなと思った。春原くんと上がる時間が同じときはテーブルの奥に座ると春原くんのロッカーと近いから横並びになりやすいんだよね。まさかこの時間に春原くんが上がるなんて思っていなかったから今日は手前側に座っていた。私が春原くん推しなのを知っているゆみはごめんと私に目配せをしてきた。
「うちらクリスマスバイトだからバイトの人でサンタ帽とか被りたいね〜って話してたんだよね」
「え!めっちゃいいじゃん!!オレも被ろっと!!」
「え、春原くんもシフト入ってるの!?」
「入ってるよ〜!クリスマスは人少ないもんね」
急いで壁にかかっているシフトボードを見ると確かに春原くんもシフトが入っていた。春原くんはクリスマスもイブもバイトだ。しかも夜。これはほぼ確定で彼女がいないということだろう。意外。絶対春原くんは彼女いると思ってた。じゃあ合法的に春原くんとクリスマスの夜を過ごせるってことだ。まあ2人きりとかじゃなくてバイトでだけど。てか別に春原くんとクリスマスを2人で過ごしたいとかそういうのじゃないし。春原くんは推しっていうかシフト被ったらその日はハッピー!みたいな感じだし。いやまあ告白されたら付き合うけど。そっか、春原くん彼女いないのか……。
「店長にサンタ帽被っていいか聞いとくね!」
春原くんは私たちよりも後から食べ始めたのにもう完食している。一口が大きい。やっぱり男の子だなあ。
「食器洗いじゃんけんしようよ!負けたら3人分洗いね!」
「ええ!いきなり!」
「最初はぐー!じゃんけん、ぽん!」
結局負けた私が3人分の食器を洗うことになった。ゆみは皿を渡してありがとう!と言ってさっさと帰ってしまった。まあいいけどさあ。お皿の1枚も3枚も変わらないし。
「洗ってくれてありがとう!」
「じゃんけんで負けたからね、しょうがないよ」
「じゃあ感謝の気持ちを込めてオレがお皿を拭かせていただきます」
「え、いいよ」
「このくらいはさせてよ!」
もう布巾持っちゃったし!とニコニコ笑う春原くんに洗ったお皿を渡す。やっぱ優しいんだよな、春原くん。
「じゃあ帰りますか!」
「え、春原くん家こっちの方じゃないよね?」
「今日は用事あるから駅の方なんだ!途中まで一緒だよね?」
「うん……」
今日運が良すぎる。心配になってくるレベルで私に都合が良い。
「うわ、この辺人多いね。イルミネーションやってるからかな?」
「そ、そうだね」
12月に入ってから私がいつも通っている道ではイルミネーションが行われていた。そのせいで人が多くて時間がある時は少し遠回りをしたりしている。正直普通に生活するためにこの道を使いたい私にとっては迷惑だった。でもここでイルミネーションが行われていたおかげで春原くんと見れたんだから今までの迷惑なんてチャラどころかお釣りが帰ってくるレベルだ。
「人多すぎてはぐれちゃいそう……。手、は流石にだよね。えーと、オレのマフラーとか掴んどく?」
「マフラー掴むってなにそれ!犬の散歩じゃん」
「確かに!オレよく犬っぽいって言われる!散歩する?」
「さすがにしないよ」
「だよね!じゃあ、はい、腕」
当たり前かのように腕を出されて一瞬時が止まった。え、これって腕組めってこと?動揺したことがバレないようにできるだけ自然に、腕を絡めた。近い。アウターの上からでも筋肉がついた男の人の腕の感触が伝わってきた。心臓がドクドクと主張して腕を通じて春原くんにバレてしまいそう。周りの騒音がどこか遠くなって自分の心臓の音とブーツのヒールの音、春原くんのブルゾンと私のコートが擦れる音ばかりが耳に入ってくる。
「クリスマス当日とかイブはもっと混むんだろうね」
「そうだね……。嫌だなあ、歩きづらくて」
「そっか、ここの道使う人にとっては不便だよね……。オレは毎日ここ通るわけじゃないから今日たまたまイルミネーション見れてラッキーって思ったけど」
春原くんもラッキーって思ってるんだ。私だけじゃなかったんだ。男の子と2人イルミネーションを見ているというこの状況にドキドキしているのか、それとも春原くんだからドキドキしているのか。あーもう普通に好きじゃん。春原くんのこと。絶対釣り合わないし推しだって思いこんでたけどもうそろそろ言い訳できなくなってきたかも。
横顔を盗み見ると光を反射してピアスがキラリと光っていた。最初はチャラそうって思ってたけど話してみたらまっすぐで誠実でノリも良くて。こんなの誰でも好きになっちゃうよ。私の視線に気づいたのか春原くんと目が合ってしまった。マゼンダの瞳は周りの明かりなんかよりも不思議と惹き込まれる色をしていた。
「なに?」
「や、なんでも、ない……」
その後のことはよく覚えていない。春原くんの話に上の空のまま相槌を打って駅で別れた。
家に帰ってから私は震える手でメッセージアプリを開いてゆみにメッセージを送った。
『やばい!春原くんと2人でイルミネーション見ちゃった!!春原くんのこと好きかもしれん』
『ようやく認めたんだ?』
『はい……』
『春原くんかあ〜、絶対苦労するよ』
『がんばる』
ずっとゆみにはあんた春原くんのこと好きじゃん、と言われ続けていた。その度にいや推しだからって言ってたけど。それと同時に春原くんはやめとけ、とも言われていた。ライバルが多いし絶対に好きになったら苦労する、春原くんってみんなに平等に優しいから彼女になれたとしても自分だけの彼氏にはなってくれなさそう。春原くんが彼女にぞっこんでたじたじになってるのとか想像できないし春原くんの方が一枚上手でこっちが振り回されそう、などなど。
確かにゆみが言ってることもわかる。でも振り回されたっていい。私以外に優しくしててもいい。彼女にしてくれるならそんな小さなことで文句を言ったりしないから。だから春原くんの彼女になりたい。偶然じゃなくてちゃんと約束をして手を繋いでイルミネーションを見に行きたい。恋してると自覚した途端に欲が出てくる。今春原くんに彼女はいないっぽいし、それなら付き合える可能性が私にだってある。0%じゃないなら諦められない。
「がんばろっ……!」
誰に聞かせるわけでもないけど声に出してしまった。そんな突然告白とかは考えられないけれど少しずつアピールできたらいいな。クリスマスのバイトの日も一緒に帰れたらいいな、とか。そんなことばかり考えながら眠りについた。
「ごめん百ちゃんもうちょっと伸びれたりしない?」
今日はクリスマスイブ。こういう日はみんな家で過ごすか良いレストランとかに行くだろうからそんなに混まないでしょという予想を裏切り店は大繁盛していた。もう春原くんの上がりの時間だけれど今1人減ったら回らなくなるのは目に見えていた。店長が頭を下げて春原くんと交渉している声が聞こえる。
「今日は……。いや、ちょっとだけなら、大丈夫です!」
春原くんは一瞬時計を見て躊躇ったがこの忙しさを見てまた仕事に戻った。この調子なら私も春原くんも帰れるのは日付が変わる頃だろう。
「ちょっと春原くんに見惚れてないで手動かしてよ」
「み、見惚れてないし!」
ゆみに小突かれて私も仕事に戻る。断じて見惚れていたわけではない。サンタ帽を被った春原くんはクリスマスイブでどこか浮かれたお客さんによく声をかけられていた。可愛い女の子が相手でもおじさんが相手でも春原くんは同じ笑顔で軽くかわしていた。
「サンタのお兄さんラビスタやってないんですかぁ〜?交換しましょーよ!」
「やってますよ〜!でもバイト中はスマホ触れないから!バイト以外のときに会えたらね!」
やっぱり人気者だなあ。もし私が春原くんと付き合ったら、春原くんはあの女の子たちに彼女がいるからごめんってラビスタ交換を断ったりするのかな。そんなことばかり考えてしまう。
「お疲れ様〜!!」
やっぱり私と春原くんとゆみが上がったのは日付が変わってからだった。みんなでまかないを持って休憩室の椅子に座る。今日はクリスマスイブだからまかないにケーキも付いていて少し豪華だ。
ブーブーブー
春原くんのロッカーの中からスマホのバイブ音が聞こえる。電話かメッセージが連続で送られてるのか。春原くんが急いでロッカーを開けるとそこに入っていたスマホが光っている。電話だ。春原くんはスマホを雑に掴んで部屋の外へ出ていってしまった。嫌な予感がする。本当はよくないとわかっているけれど私は扉の向こうに聞き耳を立ててしまった。ゆみも同じように扉に耳を当てていた。
「ユキさん!すみません!バイトが長引いちゃって……。はい、すぐ帰ります。ケーキ買って帰るんで楽しみにしててください!……ええ!?そんな!!いやオレも早く会いたいですけど……。なんか恥ずかしいな……。先に寝ててもいいですからね?うん、うん。じゃあ急いで帰ります!」
春原くん、彼女いるじゃん。
「どんまい」
ゆみに背中をポンと叩かれてじわじわと失恋したという実感が湧いてきた。
「ごめん!電話来てた!ちょっと急いで帰らなきゃだからオレの分のケーキ2人で食べちゃって!!じゃあお先に失礼します!お疲れ様〜!」
春原くんはそれだけ言ってすぐに帰ってしまった。おそらく彼女がいるであろう家に。今からケーキでも買って2人で食べるんだろうか?
「だから春原くんはやめとけって言ったのに」
「だって、だって……。クリスマスにバイト入ってるからフリーなのかなって思うじゃん……」
「確かにね。てかびっくりした、春原くん彼女にぞっこん!って感じなんだね?春原くんの方が振り回されてそう」
「あの春原くんにそれだけ愛される彼女何者なんだよ……」
「“ユキさん”ね。敬語だったし年上美人彼女だとみた」
春原くんに愛されて早く会いたいと言われる彼女。私は見たこともない“ユキさん”が羨ましくて恨めしくて仕方がなかった。
「もう今日はやけ食いする!!」
「いいね、私のケーキもあげるよ」
春原くんが置いていったケーキとゆみがくれたケーキと自分のケーキ。失恋してケーキを3つも食べて気持ち悪くなったことを私はクリスマスの度に思い出すんだろう。