熱ても冷めても話をしよう「よ、また人間観察ってやつか?」
芽依は昼下がり、視界端のカフェテラスに居座る幼馴染に声を掛けた。黒縁メガネの奥でゆるやかに行き交う人々に移ろっていた視線は、どこかぼんやりとした目付きで来訪者を迎え入れる。眠たげなように見える瞳は、どんくさい性格が現れでているな、と芽依は常々思う。
「芽依さん、来たんだ」
「まあな。相席失礼」
目の前の人物には何の連絡もしていない。
店員に「あそこのツレです」と告げていた芽依は、客の出入りが少ないからか、スムーズに昴の席へと通された。
「つまんなくね?人見るだけって」
「うーん、まあ…。君が来なかったら帰ろうかなと思ってたかも」
「そら悪かった。カフェラテひとつ」
お冷を置いたウェイトレスにそう告げて、昴のカップを見遣る。白い磁器の底を覆い隠すブラックは、思い出したように口を付けられた。
物静かな昴のことを人と関わるのが苦手だと思っていたが、話を聞けば「人の行動が気になって見過ごしてしまい、話し掛けずに見守ってしまう」性格なのだと気が付いた。
「お前って結構人見てるよなあ」
昴は祝日がいつであるかすら覚えない男だが、服装や話などという、人に関する記憶はかなり明確に覚えている部類だった。芽依がそう切り出せば、眠たげな目を丸くした昴は、気にならないの?と尋ねた。
「環境や、兄だとか弟だとかとかそういう条件で、価値観も持ってる常識も色んな尺度がちがう人と人とが、何を思って話すのかが知りたいんだよ」
今度は、芽依が目を丸くしていた。
「……お前そんなむずかしいこと考えて生きてんの?」
「いや、常にはかんがえてないよ。さすがに」
「人付き合いなんてなるようになるでいいだろ、機嫌悪くても良くても発言次第でどう転ぶかわかんねんだからさ」
芽依の答えに、「それだよ」と食い気味に返した。
「僕だったら、到底なるようになるなんて思えない。人を傷つけてしまうのが怖いからさ。けど、芽依さんはズバズバ言うでしょう。でもそれに不快と思うことはあまりないんだよ」
「あまりて」
「そういう、僕の中にない『刺激』や『新鮮さ』が、見ていて面白いんだ。
例えば僕がさっきの店員さんだったら、一人で来た客に相席する客の顔なんて凝視できないかな」
「…そんなに見られとるんかい」
芽依は照れ臭さと表し難いモヤモヤを振り払うように、お冷を飲んだ。結露がしっとりと手に滲んで顔をしかめる。
「芽依さんが見た目より結構照れ屋ってこともわかる」
「うっせ〜なァ〜〜〜、コーヒー飲み干せよお前はよォ」
せっつく芽依にあはは、と軽々しく笑った。
「まだカフェラテも来てないよ。ゆっくり話そう」