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    たから

    @hozukikujaku

    健全も不健全も

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    たから

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    俺ら誕生の瞬間。
    色んなパターンがあっていいと思うので、これがうちの角弓の公式というわけではなく可能性のひとつとして。

     この出会いは偶然か必然か、どちらでも構わない。
    兎にも角にも疾風の如く現れ、致命的なほどに鮮烈で、暴力的なまでに強烈な印象を植え付けた斑目一角という男に僕はたちまち心を奪われてしまった。
    ただ飢えを満たすためだけに彷徨い、死なないために生きている泥濘のような日々に倦んでいた。
    幸か不幸か、見目の良い容姿は掃き溜めのような世界では十分すぎるほどの価値を持っていた。
    僅かばかりの食糧と引き換えに自らを差し出す、最も原始的な手段で命を繋ぐ身の在り方を良しとしていたわけではない。
    だが現状を変えることは無理だとも思っていた。
    何度も子供じみた空想を描いては破れ、ありもしない情を結ぼうとしては解けた。
    その度に心は少しずつすり減って、次第に期待することもなくなった。
    どう足掻こうとも、持たざる者は生まれ落ちたその瞬間から運命を受け入れるしかないのだ。
    そして己の境遇を呪って嘆いて儚んで、醜く死んでゆくのだ。

    「醜く生まれたと思うなら、美しく死ねばいい」

     返り血に染まった顔を不敵に歪めながら、その男は言い放った。
    どんなにクソみたいな人生でも終わり良ければすべて良しだ、と笑う姿は身震いするほどに美しく、網膜に焼き付いた。
    「…どうやったら、美しく死ねる?」
     問うた声はあまりにか弱く頼りなかった。
    ちゃんと相手の耳に届いたか不安になったが、男は射抜くような視線を向けて答えた。
    「俺も探してんだ。美しく、楽しく、派手に死ねる最高の場所をな」
     この男が辿り着く死に場所にはどんな景色が広がっているのだろう。
    見てみたい、願わくば自分も同じ場所で散っていきたい。
    「僕も一緒に探していい?」
     咄嗟に口から出た懇願にも似た問いかけに、男は「好きにしろ」と背を向けた。

     一角と行動を共にするようになって三月あまりが経った。
    お互いに素性や生い立ちなど多くは語らなかったが、垣間見える彼の所作や言葉の端々から、礼儀作法を教育されるような環境にいたのだろうと推測できた。
    それがなぜ美しい死に場所を探す旅に出ることになったのか、興味がないわけではなかったが踏み込むのは憚られた。
    もしかしたら世間話でもするような気安さで教えてくれるかもしれないが、これまでに何度も味わった失望は僕を酷く臆病にさせた。
    邪魔になれば切り捨てられる、面倒になれば置いて行かれる。
    この荒んだ世界では、肉親すらいとも容易くその選択をすることを身を持って知っていたから。
    同じ速度で歩かなければ、傍に居られない。
    一角と共に在るために、常に自身にひたすら言い聞かせてきた。
    だから今朝から頗る体調が悪いことも隠し通さなくてはならないのだ。
    一定の間隔で彼の歩幅に遅れを取らないよう後を付いていく。
    普段なら意識せずとも出来ることが、不調を訴える身体には罰のように感じられた。
    地面に吸い込まれているのかと錯覚するほどに足は重く、焦る気持ちと裏腹にほんの少しずつ一角の背中が遠くなっていく。
    手を伸ばして掴むことも、声を出して引き留めることも許されない。してはいけない。
    彼の歩みを止めてはならない。
    いよいよ意思が届かなくなった足がもつれ、崩れ落ちるようにその場に蹲った。
    微かな異音に気付いた一角が振り返る気配がした。
    早く立ち上がらなければ悟られてしまう。
    だがもはや借り物を宛行われたような身体に残された自由は、荒い呼吸を繰り返すことだけだった。
    踵を返して近付いてくる一角の足音に呼応するように心臓が大袈裟に拍動する。
    「どうした?」
    「…何でもないよ、躓いただけ」
     絞り出した稚拙な言い訳を素直に信じるほど一角は愚かではない。
    一向に立ち上がる素振りを見せない僕の目の前にしゃがみ込んで目線を合わせると、徐に片手を伸ばした。
    思わず身を竦めたが、彼の無骨な手は予想に反して優しく額に添えられた。
    「熱あんな」
    「…大したことない」
    「強がっても仕方ねぇだろ。何で調子悪いって言わねぇんだよ」
     額から手を離した一角の呆れた口調に喉が詰まった。
    声の代わりにこぼれ出る涙は多弁で、乾いた地面を音もなく濡らしていく。
    次に浴びせられる言葉は罵倒だろうか、叱責だろうか。
    ――拒絶、だろうか。
    ほんの少し先に訪れる恐ろしい未来を想像して、膝を抱えていた腕に力が入る。
    ただ爪先を見つめて押し黙った僕の頭に、再び彼の手が触れた。
    「無理して拗らせでもして取り返し付かなくなったらどうすんだよ」
     節くれだった指先が、あやすように髪の間を何度も滑る。
    「探すんだろ、俺らの美しい死に場所を」
     鼓膜に届いた聞き慣れない響きに反射的に顔を上げると、黒耀石のような瞳と視線がかち合った。
    真実以外映さない眼差しから目を逸らせないまま、恐る恐る呟く。
    「俺、ら…?」
    「目指す場所は同じだろ?だからこんなとこで無茶すんな」
     白痴のようにぼんやりと思考を止めた僕に背を向けた一角は、半ば強引に腕を引いた。
    不自由な身体は成す術なく目の前の背中に覆い被さる形になり、何事もなかったように立ち上がって歩き出す彼に身を預けるしかなかった。
    全身から伝わる体温が、自分以外の存在を確かにする。
    普段より高い位置でふわふわと揺れる視界は熱のせいだろうか、これが夢か現かの判断さえつかない。
    ただ今は、初めて味わう安寧に身を委ねて眠りたい。
    同じ速度で必死に追いかけなくても、この背中は離れて行ったりしない。
    いつか辿り着いた先で、僕は君と同じ景色を見る。
    散りゆく最期の瞬間まで、君と共に在る。
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