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    たから

    @hozukikujaku

    健全も不健全も

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    たから

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    悪夢を見た弓親と一角の話。

     障子から透ける陽光の眩しさに目を開けた。
    いつもの癖で右隣に顔を向けるが期待していた姿はなく、きちんと畳まれた布団が重ねられているだけだった。
    自分も弓親もとりわけ寝起きが悪い方ではないから、どちらが先に目を覚ますかは日によって変わる。
    今日は相手の方が先に目を覚まし、身支度を整えでもしているのだろう。
    上体を起こし布団から抜け出ると、隣に倣うように畳んだあと重ねて積み上げた。
    まとめて押し入れに仕舞おうとした時、後ろで障子が開く気配がした。
    「おはよう。あ、片付けてくれてありがと」
    「ついでだ。俺の部屋だしな」
     二対の寝具を押し込んで襖を閉め、聞き慣れた声に振り返るとまだ襦袢姿のままの弓親がふわりと微笑んだ。
    「朝飯はどうする?簡単なもんでいいなら作るし、食いに行くなら着替えるし」
    「んー…どうしようかな…」
     普段とは違う曖昧な返答に、どことなく憔悴の色が見えた。
    「朝から元気ねぇな。昨日はそんな無理させてねぇだろ」
    「ふふ、昨日も素敵な夜だったね」
     おどけるように笑ったあと、藤色の瞳に長い睫毛の陰が落ちる。
    「嫌な夢を見ちゃってさ、あまり眠れなかったんだ」
     ぽつりとこぼすと、子供のようにぺたぺたと足音を立てながら一直線に俺の腕の中に収まった。
    肩口に額を押し付けながら甘える細い身体を抱き締め返してやる。
    どんな夢だったのか問うと、顔を埋めたまま呟く。
    「…君に嫌われちゃう夢」
    「なんで俺がお前を嫌うんだよ」
    「さぁ…何でだろうね」
     弓親はわりと見た夢をはっきり覚えているらしく、日頃から荒唐無稽な夢の話を詳細に教えてくる。
    なので今回もおそらく内容は鮮明に記憶しているはずだが、語りたくない理由があるのだろう。
    無理に聞く必要もないので、とりあえず落ち着くまで体温を貸しておく。
    長年苦楽を共にしてきた唯一無二の相手を嫌うなど、それこそ夢でしか有り得ない荒唐無稽な話だと思うが。
    そもそも昨夜も褥を共にして互いに満足したはずなのに何だってそんな夢を見るのか。
     理不尽だとは思いつつも何となく責めたいような気持ちになり、丁寧に梳かされた髪の一房を指で弄ぶ。
    「一角は悪夢見る?」
    「悪夢っつーか、そもそも夢を覚えてねぇな」
     共感してやりたいところだが、あいにく寝て起きたら昨日の出来事すらおぼろげである。
    我ながら単純な脳の構造をしていると思うが、過去は振り返らないのが流儀だ。
    明快な俺の答えに「一角らしいね」と腕の中の肩が小さく震えた。
    「じゃあ一角にとって一番恐ろしい悪夢って何?」
     今日の夢がよほど堪えたのか、弓親はまだこの他愛のないやり取りをやめる気はないらしい。
    弄んで少し乱れた黒髪を指で梳かしながら思考を巡らせる。
    「そうだな…やっぱり戦えなくなることじゃねぇか?」
     真っ先に思い浮かんだ答えに、腕の中から「…一角らしいね」とくぐもった声が届いた。



     六花が舞っている。
    辺り一面を覆い隠す白。
    吸い込めば肺まで凍りそうな空気だ。
    早く温かい場所に移動しなければ。
    いつものように名を呼ぶが斜め後ろからの返答はない。
    見回せば少し離れた場所に佇む見慣れた後ろ姿。
    あぁなんだそこにいたのか。
    近寄ろうと足を踏み出すが、いつの間にか高さを増した深雪が歩みを阻む。
    鉛のように一歩が重い。
    何でそんな離れた場所にいるんだ、こっちに来い。
    思うように動かない足に苛立ちが募っていく。
    こっちに来いと叫んでいるのに、まるで聞こえていないかのように振り向きもしない。
    苛立ちは徐々に焦燥に変わり、全力で藻掻くが一向に距離は縮まらない。
    足を絡め取る忌々しい白魔にほんの一瞬目を落とし顔を上げた刹那、見慣れた後ろ姿が幻のように消えていた。
    必死に辺りを見回すも完璧な銀世界には少しの違和感もない。
    天花は止み、耳が痛くなるほどの静寂。
    震える声で口にした名前も白銀が飲み込んだ。
    ――どこに行った。
    こんな、何もない場所に、永遠に続く白の中に。
    俺を、独りにするな――!



     自分の発した声で飛び起きた。
    身体中に不快な感覚が走り、心臓が早鐘を打っている。
    額を流れ落ちる汗を手の甲で拭いながら反射的に右隣を確認する。
    そこには期待していた姿がいつも通りに横たわり、安らかな寝息を立てていた。
    ひとまず安堵に胸を撫で下ろし、昂った神経を落ち着かせるよう深い呼吸を繰り返しながら瞼の裏に焼き付いた映像を反芻する。
    思わず身震いしたのは冷えた汗のせいだろうか。
    もう一度右隣に目を向け、存在を確かめるように手を伸ばしてそっと頬に触れる。
    指先に伝わる温かさにようやく人心地着いた気がした。
    「…お前が悪夢なんて見るから、引きずられちまったじゃねぇか」
     夢など見ないはずなのに。しかも想像だにしていなかった内容の。
    「一番恐ろしい悪夢か…」
     常に傍らにいる存在の消失、世界でたった一人放り出されたような不安、孤独。
    夢の中で味わったそれらの感情は、自身が戦えなくなることよりずっと絶望に近いものだった。
    ただそれは決して現実に起こってほしくないと同時に、決して現実に起こり得ないことだ。
    今目の前で眠る相手が今朝話した夢と同じくらい荒唐無稽だ。
    ただの夢、現実では有り得ないことが起こるから夢なのだ。
     自身に言い聞かせて再び布団に潜り込み、一回り小さな身体を両腕に閉じ込めたあと強く目を閉じた。
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