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    バタ主

    「しあわせはかならず訪れる」

    ##小説
    ##バタ主

    I'm sure you and my ma will get along 「すごいね」、「いいな」。「だから強いんだ」。

     ドラゴン使いの一族で、祖父がジムリーダー。

     うっかり知られた日には皆が口を揃えて言ってくる。
     何がすごくて何がいいのか、何が「だから」なのかもわかりゃしねえその言葉が、自分に向けられているようでそうでないことはとっくにわかっていた。
     こちらを通して理想の自分を見ていたり、一向に勝てない自分を慰めていたり、あるいはこの境遇の身であれば誰だろうとかまわないのであろう類の期待と重圧を一方的に寄越してきたり。
     とにかく連中は本人にはとことん無関心で無遠慮で、そのくせ目立つ肩書きと立ち位置にだけは注目してくるもんだからタチが悪い。

     言いふらさないほうが無難だと気づいたところで、元から自分で言って回っていたわけでもないからどうしようもなかった。
     友人知人の間で家族の話が出れば隠す方が不自然なので自分から話すことだってあるし、それを誰にも言うなとわざわざ口にすれば余計に勘繰られて面倒なことになる気だってする。

     そんな立場がすっかり何もかも面倒になったいまでは、自分からはあまり言わない、とだけ決めていた。
     ……だからこそ。

    「ポーラの四天王カキツバタって、おじいさんがジムリーダーなんだ」

    ──なあんで言っちまうかねぃ。

     キョーダイのブルベリーグ挑戦を様子見しようと確認のためにポーラスクエアへと向かう途中、まさに件のキョーダイが「祖父がジムリーダーであるドラゴン使いの一族・カキツバタ」について聞かされているのを見つけてげんなりしてしまう。
     ったくあいつ声がでけえんだよなあ、とひとりごちて見つからないよう手近な岩場へと移動し、今自分が割って入るのもだりーがさてどうしたもんかとそのまましばらく2人を眺める。

     口止めしていたわけではない。というより、自分以外のやつからしてみればきっと誇って語りこそすれど弱みでもなければ隠すようなものですらない情報なのだろう。つまりはこれも起こるべくして起こった出来事であり、策を講じず放っておいた自業自得といえるのだって理解している。

     そもそもにして、実際のところ彼女に出自を知られて何か困るのかと問われれば、答えは否だ。
     他人に言いふらすこともないだろうし、そんなことで態度を変えるようなやつでもない。ただ自分がなんとなくまだ知られたくなかっただけなのだ。
     せっかくそういう余計なもんとは無関係のところでイチから関係を築けるかもしれなかったのに、なんて誰にも話していない雑な計画を理由にここでひとりイラつこうとも、何も知るわけがないあいつにはそもそも気遣いも気回しもしようがない。
     それでも、勝手に残念だと思うのだって自由のはずだろう。

     恵まれた環境とやらにいる側の人間がそれを疎ましく思うことがどれほど身勝手で傲慢に思われるかは承知の上で、ただ気になっている子と普通に仲良くなりたいと望んで何が悪いというのか。
     ……無理にリーグ部の問題に巻き込んで面倒を押しつけておいて言えたことではないのは、それはそれというやつだ。

    「……あーあ。ったく、ツイてねえよなぁ」

     無駄に華々しくいちいち邪魔でめんどくせえ出自も、単純な間の悪さも。己の生まれと育ちの恩恵の「いいこと」なんてそれこそこのフスベのマントくらいじゃあねえのかと腰に巻いたマントをさすり、これ以上余計な話を聞く前にと立ち去りがてらもう一度だけキョーダイの方に目をやった。

     かなり距離のあるここからでは2人の声は風に乗ってところどころしか聞こえず、まだ「カキツバタ」の話が続いているのかは表情だけでは読み取れない。
     ただ、驚いたり楽しそうにしたりとくるくる変わる表情を眺めては、淡く自覚していただけの己の気持ちが既に明確に名前をつけられるほどにまで育っていることを嫌でも実感させられる。

     そうしてしばらく黙って彼女の横顔を見つめてから、見つからねえうちにと今度こそ背を向けて部室へと引き返す。
     ……知られたからには直にキョーダイからも、あの聞き飽きた「いつも」の言葉を、表情を、悪気なく無邪気に向けられてしまうんだろうかと燻った心には気づかないフリをしたままで。



       * * *



    「あ、カキツバタくん! ねえねえ、聞いてもいい?」
    「んー? どしたぃキョーダイ」

     部室に入ってくるなりこちらを見て駆け寄ってくるキョーダイをへらりと笑って迎え、アンタは何をするにも全力でかわいいなぁ、などと到底本人に言えっこないことを考える。

    「何かあったか?」
    「あのね、さっき聞いたんだけど、カキツバタくんって……」

     ああいつものやつか、と部室でだらけているうち忘れていたさきほどの会話を思い出す。
     その面白くなさが表に出ないように努めるのと同時に、アンタだけは言わねえかもしれねえ、言わねえでいてくれよという呆れるような期待が自分の中にあったことにも驚いた。
     もちろんこっちだってそんなんだけで嫌になったりは絶対しねえがと誰に向けるでもない言い訳を並べながらも、つい身構えて続きを促すようにキョーダイを見据える。

    「学園定食二人前をペロッとたいらげちゃうって本当……!?」
    「……おん?」

     学園定食。二人前。
     何度反芻しても予想と1ミリたりともかすらない言葉の羅列に、思わず間抜けな声で聞き返すしかできない。
     おまけに「本当?」と繰り返し尋ねるキョーダイが寄ってきて詰まった距離が思いの外近く、このまま何かしらを言わなけりゃもっと寄ってきやしないかという動揺と邪な期待からますます頭が回らなくなる。

    「……あー、ペロッとかは微妙だが……まあ、たしかに前にちょいと調子に乗って頼んじまったとき食ったなあ、二人前」
    「ええっ、本当なんだ!?」

     ようやくまともな返事をしぼり出したものの依然不審な様子には気づかないまま、キョーダイは目を輝かせてこちらを見てくる。

     さっきというのならもっと気になる話を聞いただろ、とは言えずに黙って見上げていると、何を勘違いしたのか「ごめんね、カキツバタくんのこと疑ってたわけじゃないよ!? ただ、今日はじめてちゃんと話す人に聞いた話だったから、本当に本当なんだって知ってびっくりしちゃって」と慌て出した。

    「でも、そっか……本当なんだぁ。カキツバタくん、すごいね!? いいなあ……!」
    「……ふはっ」
    「? どうしたの?」
    「いーやぁ?」

     アンタのせいだ、と言うわけにもいかず、くっくと喉を鳴らす様を心底不思議そうに見上げるキョーダイがかわいくてさらに笑いが止められそうにない。

     何の気ない「すごいね」も「いいな」も、純粋にきちんと自分自身へ向けられているだけでこうも違うもんなのか。

     ジジイのことや一族のことを聞かれるとばかり考えていた自意識過剰な自分がバカみてえで、無駄に警戒し気落ちまでしていたのがおかしくて堪らない。

    「……へへっ。いーだろすげーだろぃ?」
    「うん! 覚えてる? 学園定食、前にカキツバタくんがおすすめしてくれたでしょ? 私も食べてみたいってずっと思ってたんだ。でも、ゼイユちゃんに量がものすごいからって止められちゃって……」
    「アンタみてえなちっせえやつが1人で食うにはちぃとキツいかもな」
    「だから2人で1つならどうかなって思ったんだけど、そのゼイユちゃんは「カキツバタのおすすめならイヤ」って言うし、スグリは……私が誘っても来てくれないだろうから」
    「…………」

     オイラがもっかい誘えばキレるだろうがアンタの誘いだったら来るんじゃねえの、とは伝えずに、後半になるにつれ目に見えてしょんぼりとしてしまったキョーダイのつむじをぼんやり眺める。
     さっきまであんなに楽しそうにしていたっていうのに、どっかの誰かさんのせいで台無しだ。
     
    ──……やっぱ気に食わねえ。ゼイユの方はおもしれえんだが……いまのスグリはどうもなぁ。

     まだ知り合いも少ないであろうこの学園で、あの姉弟を誘えないとなるともう声をかけられる相手がろくにいないことは想像に容易い。
     そんな心もとなさそうな目の前の新入生に対してスグリだって何かしら特別な感情があることはまず間違いないだろうに、なんでよくしてやらないのか。
     あいつのそれが自分と同じ類のものかまでは知るところではないが、だぁい好きなお友達ならもっとしっかり面倒見てやれよ、と思わずにはいられない。

     いまここにいない相手への怒りが静かにわいていく中で不意にキョーダイが顔をあげる気配を察し、とはいえライバルは少ない方がこっちは助かるから別にいいんだが、と険しい表情はすぐに引っ込めた。

    「あ、2人に文句とかじゃなくってね! でも……まだ食べれてないの、せっかくおすすめ教えてくれたのにごめんね」
    「そうかい、そりゃ残念」
    「それでちょうどカキツバタくんが二人前食べられるって聞いたからびっくりしちゃって!」
    「なるほどねぃ」

     本当にちょうど!と驚きと感動をジェスチャーで表現するキョーダイのいちいちかわいらしい動きに気をとられつつ、それほどのびっくりとやらがさっきの「聞いてもいい?」に繋がるわけだ、とようやっとひとまず納得する。

     そんなにちょうどタイミング良く学園定食の話を聞いたのなら無理もない、のかもしれない。
     にしたってどう考えてもジジイの方がインパクトあんだろ普通、とは思うが。

     そういうことなら、次はあの姉弟の他にも頼れる──かは正直定かではないがまず間違いなく知り合いだとは思われているだろう──相手を無事に思い出したキョーダイの方から直々にデートのお誘いというわけか。
     思ってもみなかったが、他意はなくともあっちからこういう声をかけてもらえるのはなかなかどうして悪くない。

    「私もいまね、いっぱい食べられるように特訓中なんだ! カキツバタくんのおかげでもっとやる気出てきたよ! 目指せ、学園定食完食!!」
    「おお……?……思ってたのと違えな」
    「え? 何が?」
    「いや……」

     一緒に食べてほしいと頼まれるものだと思い込んでいた己の予想がまたしてもあまりにも斜め上に外れたものだから、どうしたもんかと腕を組み天井を見上げる。

     何かにつけてこちらが自意識過剰なように思わせられるのは、惚れたもん負けというやつなんだろうか。
     本人にそんな気がないのは伝わってくるが、どうにも気づけばキョーダイのペースでこちらばかりが心をかき乱されている気がしてならない。

     ゼイユはすぐに誘って、スグリにも声をかけようか迷って。誘おうという発想すら浮かんではもらえないまだまだあの姉弟以下の己の立ち位置を思い知らされた悔しさもほどほどに、誘われないなら誘えばいいだけだと言い聞かせて平静を装い提案を口にする。

    「そんじゃあよ、オイラともっかい食堂デートすっかぃ?」
    「え? カキツバタくんもまだ特訓するの?」
    「違え違え、特訓も悪かねえけどそれじゃ食えんのがいつになるかわかんねえだろ」
    「う……そう、だね?」
    「昼にゃあまだはえーが一人前ちょいならいけんだろうよってことで、アンタが食えるだけ食ったらオイラが残り食ってやるぜぃ」
    「えっ、いいの!?……でも、迷惑じゃない?」
    「だったらわざわざオイラから誘ってねえよ」
    「そっ、か。じゃあ……私と、食堂デートしてくれる?」
    「へっへ、よし来た! そいじゃさっさと行こうぜぃ」

     キョーダイの口からデート、と聞けた思わぬ収穫ににやけそうになるのを堪え、そうと決まれば善は急げとばかりに立ち上がる。

     みんなでワイワイ飯を食うのも楽しいが、いまうっかりアカマツたちに出くわしてこのデートを邪魔されるわけにはいかない。
     ……厳密にはデートではないが、お互いがデートと呼称した以上これはもうおおっぴらにデートと呼んだって構わないと勝手に定義づけ、部室の出入り口へ向かおうとこちらへ背を向けたキョーダイには気づかれないようにうんうんと頷く。

    「そういえば……お昼前でも学園定食って出してもらえるの?」
    「もらえるぜぃ、うちは生徒のほとんどが寮で暮らしてっからなぁ。朝早くっから夜遅ーくまで毎日いろんなメニュー用意してくれてんのよ。ありがてえよな」
    「うん、すごいね! それぞれの部屋にキッチンだってあるし、みんなそんなに毎日毎食は使わなさそうなのにねえ」
    「キッチン……ってあれちゃんと使ってんのかぃ、キョーダイ! すげーな」
    「あはは、カキツバタくんは毎回食堂にお世話になってるんだ? それはたしかに「ありがてえ」だね。……あ、もちろん私もまだそんなに凝ったのは作れないよ? でも私の友達がね、料理得意なの! 一緒にサンドウィッチ作ってピクニックしたりとか、他にもいろいろ教えてくれるんだ〜」

     他愛ない話をしながら進む廊下には半端な時間帯のせいか誰もおらず、キョーダイの柔らかい声と足音だけがやけに反響して耳に残る。
     合わせて歩く歩幅はずいぶん小さくゆっくりで、そういえば部室で隣同士に座るのにはすっかり慣れていたがこんな風に並んで歩くのははじめてじゃないかとふと気がついた。

     最初の食堂デートのときはいまの部の状況をどうにかするべく焦っていたのもあって、先に行ってる、と入部しないなんて選択肢は選ばせないと言わんばかりに早々に立ち去ったはずだ。
     必死だったとはいえ、こう思い返すとずいぶんろくでもない気がする過去の自分の言動に、恥じるというより素直に申し訳なくなってくる。
     あの勧誘という名の脅迫じみた懇願のせいで、キョーダイはせっかくの留学生活が早々に嫌ーな問題の渦中へと巻き込まれ、お世辞にも楽しさばかりとはいえない面倒に首を突っ込まされ、まんまと利用されるような形になっているではないか。
     しかもそれが、本当にこちらにそんなつもりはなかった分余計にタチが悪い。

    「でも……せっかく留学に来てるんだもん、この学園でしか食べられない学食もちゃんと味わいたいよね! 楽しみだなあ、カキツバタくんがいてくれてよかった!」
    「……そいつぁ何よりだねぃ」

     まるでこちらの心を読んだかのようなタイミングで「いてくれてよかった」と笑うキョーダイの笑顔が眩しくて、目を細める。

     なんてことはない。キョーダイの目に映る彼女の前の自分はいつだって、ドラゴン使いの一族でもジムリーダーの孫でもなんでもないただの「カキツバタくん」なのだ。
     その逃げ出したくなるほどのまっすぐさが自分にとっては心地よく、どれほど救いになっているのかを彼女自身は知らない。

     まだ本気ではない、まだ引き返せると言い聞かせていたキョーダイへの思慕も、そろそろ観念してきちんと認めてしまうべきなんだろうと思う。

     リーグ部のことがぜんぶ片づいたとき、部のことやスグリのことをどうにかしてもらいたいという一心で頼り結果的に利用するような形になってしまったことの詫びを改めてちゃんとするのは当然として。
     もしも許してもらえたその後、そうやって怖えくらい優しくて強いところに、押しつけられた面倒からも逃げ出さずひたむきにがんばる姿にずっと惹かれていた、と伝えたらどんな顔をするんだろうか。
     さっきのように、本当?と目を瞬かせ、ぜんぜん気づかなかったとカラダいっぱいで驚いて、それから、嬉しそうに笑ってはくれないだろうか。

     さすがに都合のいい夢を見すぎだとはわかっていても、それでもいつかのその日、いま隣で笑う彼女と同じ笑顔が見られたらいいと思わずにはいられない。

    「……いっちょがんばるかねぃ」
    「無理しないでね?」
    「ん?……いやぁ、そうも言ってらんねえのよこれが」
    「そう、なの? じゃあ……がんばって!」
    「へっへっへ、おうよ!」

     がんばりたくねえ、でめんどくさがってみすみす誰かのもんになんかなっちまったら、きっと一生後悔することになるだろう。
     学園定食の話だと思っているであろうキョーダイ本人からの思いがけない応援を都合よく受け取り噛みしめて、この先も彼女の隣にいたいんならいよいよ気合い入れてくしかねえぞと改めて決意を新たにする。

     頼んでもねえご立派な出自にありがたくもねえ期待を寄せられる環境にと、最初っから欲しくもねえもんで溢れた人生。
     そんなんでも人間、生まれたからにゃあ自分の欲しいもんだってちゃーんと欲しいだろぃ!




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