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    PA___SaRa

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    疲れたトウマを虎於が甘やかす話

    よちよち 知らない内に疲れてたんだと思う。前を走る車が蛇行運転していて嫌な気分になった、とか、番組スタッフの些細なミスが妙に気になる、とか。普段なら平気なことなのに、変にイライラしちまってどうしようもない。
     余裕がないんだと思う。じゃあ、なんで余裕がないんだ? と思い返せば、知らない内に疲れが溜まってたんだろうなって。前のオフが結構前なのはいつもなんだけど、やっぱり年度が変わったってのもあるんじゃねえかな。
     マネージャーが宇都木さんなのは変わらず。新しい人がつくこともない。でもツクモに新しく入った人だっているし、なんならテレビ局に新入社員として入った人だっている。初めてのことがいっぱいで、頑張ろうってしてる姿を見て、いい刺激を貰った反面、緊張も貰ったのかもしれない。
     なんだかなぁ、情けねぇなぁ。って思いながら家に着く。もう少し元気だったならちょっと遠回りして、バイク乗りながら気分転換できたんだろうけど、今はそんな元気ねぇや。何も食べずにさっさと寝たい。飯はいいとしてシャワーくらいは浴びたいな。
     鍵を開けて家に入ると、玄関にはトラの靴があった。どうやら来ていたらしい。連絡があったかスマホを見てもラビチャも電話もないから急遽来たんだろう。来てくれて嬉しいのに、疲れが勝って素直に喜べないのが嫌になる。合鍵使ってくれたんだなって嬉しくなるところなのに、頭の中にあるのは直ぐ寝れねぇじゃんっていう自分勝手な考え。
     手洗ってトイレ済ませて、ただいま、ってリビング兼ダイニングに入る。トラはソファに座ってスマホをいじっていたようだった。
    「おかえり。邪魔してる」
    「あー、うん。どうかした? なんかあった?」
     触っていたスマホをテーブルに置いてトラは立ち上がる。そのままコッチまで来ると、俺の着ているジャケットを脱がしてハンガーに掛けた。え、なに。どういうサービス?
    「最近疲れてるな、と思ったからな。たまにはお前のことを甘やかしてやろうかと。食事はある。食べるか?」
    「ごめん。飯はいいや……なんか疲れ過ぎてるのか食べる気がしねぇ。トラが作ってくれたのか?」
    「いいや、出来合い。寝て起きて明日にでも食べるといい。冷蔵庫に入れておくよ」
     せっかく用意してくれたのに申し訳ないなって気持ち。ここにあるからなって冷蔵庫の中を指した場所を見れば、俺の好きそうなものと体に良さそうなものが置いてあった。凄い大切に思われてるって分かるラインナップじゃん。疲れがちょっと癒やされた気がするかも。
     飯食わないなら風呂に入ってこいって言われて、風呂に閉じ込められた。最近、面倒臭くて湯船には浸かってなかったのを、今日はしっかり浸かる。オッサン染みた声が思わず出ちまうくらいには気持ちが良かったし、段々と体が楽になってくる感覚があった。体を温めたから血行が良くなってコリとか解れたのかも。
     風呂から出てリビングに戻るとトラがドライヤーを持って待っていた。これって、髪乾かしてくれるヤツか? 持ってるドライヤーを受け取ろうと手を伸ばすと「トウマの乾かし方は雑そうだから俺がやる」って言って渡してくれなかった。マジで乾かしてくれるヤツだ。
     俺はソファに座って、トラはソファの後ろに立つ。トラから勧められたヘアオイルをトラに馴染ませてもらって、コードとかどうにかしてドライヤーのコンセントを入れて、髪を乾かしてもらう。美容室やスタイリストさんにやってもらうのとは違う、少し不慣れな手付き。
     なんだって出来ちまうトラでも不慣れなことがあるんだな。でもきっと、何度かやってれば慣れて、もしかしたらプロ級の腕前になってるかもしれない。今までやってこなかったことを俺で初めてやって、俺で練習して、そして俺専属になる。そう思ったらなんだなニヤけてきちまった。
    「少し気分は晴れたか?」
     帰ってきた時のトウマ、酷い顔だったぞ。と、トラに言われた。自分では自覚してなかったけど、大分疲れ果てていたらしい。顔にまで出てたって仕事中大丈夫だったかな。
    「自分が疲れてるってのはわかってたけど、そこまで疲れてるとは思ってなくてさ。トラのお陰で自覚できたわ……」
     疲れてるとパフォーマンスに影響が出る。いい影響ならいいけど、そんな上手い話なんてあるわけない。パフォーマンスにイラつきや焦りが入って、ファンやスタッフにもよくない形で伝染る。それは嫌ってほど見てきた。
    「そういう時もあるさ。次のオフは近いのか?」
    「いや、まだ当分先。でも明日の入りは夜だから実質オフみたいなもんだよ」
     髪を乾かし終わってブラシで梳かされる。程よい力加減に思わず目を閉じて、ブラッシングを満喫する。気持ちいいな。眠くなってきたかも……。
    「……眠い」
    「上手いもんだろう? トウマ、寝る準備はできてるのか?」
    「ん、できてる……髪乾かしてもらったし……」
     そうか。とだけ喋ってトラはドライヤーとかを片しにその場を離れた。ちょっとだけ寂しいなって思って自分の現金さに笑った。帰ってきた当初はトラが来てたことに困ってたのにな。今だとすぐ近くにいないことが寂しくて仕方がない。
     スリッパの音でトラが戻ってきたのがわかった。両手を広げて「トラ〜」とグズる声で言えば、トラは「仕方がないな」と広げた両手を掴んでくれた。
    「違う。トラ、手を握って欲しいんじゃない。俺は抱き着いて欲しい」
    「今すぐにでも寝そうな奴に抱き着きたくはないな」
     多分、今トラに抱き着いてもらったらすぐ寝れる自信があるから何も言えねえ。体を鍛えてるからムチムチでふわふわな筋肉が付いてて、鍛えてるからこそ体温も高い。温かいムチムチふわふわな感触に包まれて寝ないヤツっているのか? ってくらいにトラの体は気持ちがいい。
     でも俺のことを甘やかすために来たんなら、それくらいのワガママ言ってもよくね? ここまで至れり尽くせりなら最後まで面倒見て欲しいじゃん。できれば添い寝とかもして欲しい。
    「俺のこと、甘やかしてくれるんじゃなかったのか?」
    「甘やかすさ。でも今抱き着いたらトウマ、絶対に寝るだろ?」
    「……寝るわ」
    「だからここじゃなくて、寝室で……な?」
     リビングじゃなくて寝室に行きたい、だなんてエッロい誘いみたいな口振りなのに、トラからはそんな気配は少しも感じられない。本当に寝室に行って、すぐ寝られる状態で甘やかしてやりたいっていう気持ちしか感じられない。まじで添い寝ワンチャンあるな。
     トラに手を引いてもらいながら寝室へと移動する。ベッドに寝かせられて、トラに正面から膝枕してもらって、照明を常夜灯にして、トラが何かを準備する。……何これ? どういう状況? 膝枕には夢があるって思ってたけど、さすがに男の膝枕は高さがあるから首が痛い。
     膝枕は嬉しいけど、添い寝とかのほうが嬉しいなぁ……なんて言おうと顔を上げると、丁度トラを下から見上げる形になるから、目の前におっぱいがドーンって広がってた。凄い。元からでっかいなって思ってたけど、下から見るトラのおっぱい、マジでおっぱいだわ。
     絶景だなぁ……って見てたら首の痛みなんてどこかに飛んで行っちまった。この景色は痛みを我慢してでも見なきゃいけないヤツだわ。いや、衝撃すぎて痛みなんて感じてないんだけど。
    「耳をマッサージするとリラックスしていいらしい。ついでに目元もマッサージしてやる」
    「目はわかるけど耳?」
    「あぁ、気持ちがいいらしい。クリームを付けるから少しペタつくぞ」
     準備していた何かはどうやらマッサージ用のクリームだったようだ。トラはクリームを出して手のひらで馴染ませて、俺の耳に触れる。乾いた手とは違った感触が肌に伝わり、後から爽やかな香りがしてきた。
     耳の裏を適度な強さで擦られる。ぐにぐにと揉まれて、たまに耳を引っ張られ、また揉まれる。耳全体を掴まれてぐるぐると回されるのも気持ちがよかった。
    「ぅあー、気持ちいいー……」
     風呂で出たみたいな声がまた出ちまう。それくらいに気持ちがいい。耳のマッサージがリラックスになるのもわかるかも。
    「眠かったら寝ても構わないからな。トウマが寝たらちゃんと鍵閉めて帰るから」
     うとうとと寝そうになっているとトラはそう言った。てっきり俺はこのまま一緒に寝るもんだと思っていたから、トラが帰ろうと思っていたことにビックリした。風呂に入ってからこっちに来たのかはわからないけど、服と下着の着替えはあるし、なんならトラ用の部屋着だって置いてある。別に自分の家に帰らなくてもよくね? って思っちまう。
    「え? 帰んの? 一緒に寝るんじゃねぇの」
    「疲れてるヤツの邪魔はしちゃ駄目だろ。一人でゆっくり寝たほうがいい」
     俺を気遣ってくれてるんだってのはわかる。でも俺が今やって欲しいことは添い寝なんだよな。トラに抱き着いてさ、ムチふわな感触楽しみながら寝たいんだよ。トラも男ならわかるだろ?
     膝枕で寝ていた体を起こして腹に抱き着く。ガッツリ割れた腹筋は思いの外柔らかくて、思わず頬擦りをした。深く息を吸い込めば、サボンの匂いが鼻をくすぐる。トラの匂いだ。
    「……おい」
    「んー……ヤダ。トラ、一緒に寝よ。俺のこと、甘やかしてくれるんだろ?」
     肩に手を置かれて揺すられるも、腰に回した腕の力をぎゅっと強める。一緒に寝てくれるまで絶対に離さないっていう意思表示だ。俺は本気だからな。トラの添い寝で寝る、って髪を乾かしてもらってる時から決めてるんだからな。
     頭の上でため息が聞こえる。呆れられちまったかなって思ったけど、ここは後には引けない状況だから何が何でも添い寝を押し通してやる。
     頭を腹にぐりぐり押し当てて、俺は甘えてますよー、っていうアピールが効いたのか、肩に置かれたトラの手が俺の頭に移動する。くしゃくしゃって髪を軽く掻き混ぜられてた。
    「本当に仕方がない奴だな。……シャワー浴びてくる」
     だから一旦離れろ、と肩を押される。話す声は呆れ声ではなかったものの、ちょっとだけ、大丈夫だったかな? って不安な気持ちもあったから顔色をうかがう。トラはコイツは本当にしょうがないヤツだなって顔で俺のことを見ていた。困っていて、ちょっと嬉しそうで、照れてるのを隠してる顔。
    「……!! うん、待ってるから!」
    「馬鹿。疲れてるんだろう? 早く寝ろ」
     トラの照れが移ったみたいに顔が熱くなる。もしかしたら逆上せたんじゃないかってくらいに顔が赤くなってるかも。本当に顔が赤くなってたみたいで、トラにそのことを笑われる。俺のことをいじれて嬉しいのかもしれない。
     風呂に向かうトラの背中を見送って布団に潜る。そんなすぐになんか戻って来れないのに、戻って来るのが待ちきれなくて何度も寝返りをうつ。体の向きを変える度にふわりと爽やかな匂いがした。それは耳のマッサージに使ったクリームの匂いで、普段トラが使うクリームの匂いじゃないことに気付く。
     多分、今日のためにトラが用意したものだろう。顔の熱さが落ち着き始めていたのに、また熱くなるのを感じる。眠気だってどこかに飛んで行ってしまった。
     ほのかに香るベルガモットの中で、俺はトラが帰ってくるのを待つことにした。
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