ドライブの途中ですが 美味いものでも食べながら海を見に行かないか。と狗丸トウマから誘われた御堂虎於は、いいぜ、と二つ返事でドライブの誘いを承諾した。
トウマと虎於は少なからず深い仲であり、お互いのオフや空き時間を合わせては、ささやかな逢引をしていた。今回の誘いもその類いなのだろう。虎於は久しぶりの二人だけの時間を待ち侘びるかのように、トウマにどこに行くのかを尋ねた。
「海といってもどこに行くんだ?」
「湘南とか江ノ島も考えたんだけどさ、今行っても寒いじゃん? 海ほたる行かね?」
「海ならどこでも寒いと思うが……」
海ほたるなら室内で海見れるから寒くても大丈夫、とトウマはそこに行くことを希望した。虎於はその場所に行ったことがなく、またトウマが行きたいのであれば、とトウマの希望を優先したため次のオフに行くこととなった。
「あっち行ってさ、美味いもん食べた後そのまま走って木更津行こうぜ。アウトレットあるんだよ」
どうやらお目当てが海以外にもあったらしく、トウマはアウトレットにも行きたいと発した。財布の中のカード類が膨れ上がり、新しい財布を買いたいとのことであった。
「二つ折りやめて長財布にするかなぁ。このままだとカードが溢れちまう」
「何でそんなに財布が膨れ上がるのか理解できない。クレジット一枚あれば充分だろう」
「そうか? 免許証や店の会員カード、保険証に診察券、クレカとか諸々入れると財布って太らねえ?」
「いや、財布の中に全てのカードを入れるほうがおかしい。紛失した時どうするんだ」
「あ、うん、それもそうだな……うーん、カードケースにするかな……」
虎於の一声で長財布を買うよりカードケースを買うほうがいいかもしれない、と悩むトウマに虎於はニヤリと笑いながら、精々オフの前までに決められればいいな、と言い放つ。
二人の秘密の逢引まであと二週間。その間、トウマは撮影に地方ロケ、インタビューと仕事がみっしりと入っている。じっくり何を買うかなど考えられる時間はありそうにない。そのため、虎於はからかい混じりにそう笑うのであった。
「なんかオススメのカードケースってある? 出来ればアウトレットで置いてありそうなメーカーのがいいんだけど」
長財布を買うよりもカードケースを買う方にトウマは舵をきったらしい。アウトレットに入っているショップ一覧をスマートフォンで見ながら、ああでもないこうでもない、と好みに合いそうなメーカーを物色している。
虎於はまず、ずっと使い続けていく物をアウトレットという枠組みの中で購入する意図が理解出来ず、トウマに何故アウトレットで買おうとするのかを尋ねた。
「長く使うものなら正規店で買ったほうがいいだろう。メンテナンスをするのだって店舗が近場なほうが効率もいい。何をそんなに安物に拘る必要がある?」
海外限定の物がどうしても欲しくて並行輸入品を買うのはなんとなく分かる。分かるが、だったら向こうまで飛んで買い付けたほうが、正規品を確実に買えるのだからいいに決まっている。
安いから買うのであれば、その発想は虎於からしたらまったく理解が出来るものではない。安物買いの銭失い、としか思えてならないのだ。
「そりゃぁ正規品買えるのが一番だけどよ、トラみたいにぽんぽん買える訳じゃないんだよ。それに、掘り出しモンを見つけるのも楽しいんだ」
NO_MADの頃、アルバムやライブツアーでの売上で懐が潤った際に、今まで支えてくれた家族へとプレゼントを送ったことがあるらしい。普段は渡せない、でも相手に気兼ねなく渡せる物、そういったものをアウトレットで探したようだ。正規品だと向こうも遠慮して使うに使えない。だからこそ、プレゼントがアウトレット品だとあえて伝えることで気兼ねなく使ってもらえる、そういった狙いがあるとトウマは説明した。
「ふぅん。そういう考えもあるんだな」
「いいものを安く買うにはな。でもいつかはハイブラ持ってみたいよな。トラが持ってる小物、質がいいし」
幼い頃より家族から質の良い物を買い与えられていた虎於しては、手持ちの物がハイブランド品で他の物とはクオリティが格段に違う、ということを知ったのはここ最近になってからであった。そのためか、トウマなどのメンバーから使いやすく手に入りやすいオススメの品を聞かれては、自分の愛用するハイブランドの名を挙げて、気軽には買えないだろ、と不満気に言われているのがよくある流れだった。
「分かっているなら早く買えばいい。別に買えない懐事情でもないだろ」
「いやまぁ、そうなんだけどさ。きっかけがないと踏ん切りがつかないっつーか」
「きっかけ、ねぇ……」
トウマはショップ一覧の中にある有名メーカーを指しながら、このメーカーは使いやすいか、使うのであれば何がオススメか、などを虎於に聞いていく。それに対して虎於は、この素材は硬くて使いにくい、使うカードが決まっているならこのタイプがいい、と丁寧に答える。
そうこうしている内に送迎のタクシーや撮影の時間が来たため、秘密の逢瀬の話し合いは一旦終わることとなった。
虎於はタクシーに乗り込み、トウマが気になっていたショップをリストアップする。なんとなくだが、好みの系統が掴めそうだ。トウマの性格や小物の使い方の癖を念頭に置いて数点商品を見繕う。
二週間後がもっと待ち遠しくなった。
あと数日で十二月となる空気はたいそう冷たい。マンションのロータリーから足早に車へと駆け込んだトウマの鼻は、寒さで赤くなっていた。
「おまたせ。今日はいつも以上に寒いな。鼻先がじんじんしてきた」
「真冬もすぐそこだな。どうする、寒いならコーヒーでも買うか?」
「いや大丈夫。トラの車あったけぇから平気。シートヒーターっていいよなぁ」
アウターの襟を立たせて冷えた首元を温める。シートに体を預けると、じんわりとした熱が背中から全身に巡るのを感じた。
海ほたるに着くまでの間、二人は他愛のない話をする。昨日までの忙しい仕事のこと、たまたま見つけた美味しい飲食店のこと、買う目星を付けたカードケースのこと、三日前に亥清悠と棗巳波、虎於の三人から渡された早めの誕生日プレゼントのこと。トウマには気になっていた靴があったが、どうにもタイミングが悪く買う機会を逃していた。それを見ていた悠が三人合わせての共同プレゼントとして送るのはどうか、と二人に声を掛けたのだ。
欲しかった靴を渡されたトウマは大いに喜び、それ以来プライベートどころか、どんな時でもその靴を履き続けた。衣装アシスタントが決める靴がなければ、渡された靴を基準に衣装を選んでいたのだからトウマの喜びもひとしおだった。
そんな彼なのだから、今日も履いている靴はプレゼントされたものだった。
「その靴、毎日履いてないか?」
「使ったら休ませてやったほうがいいのは分かるんだけどさ。履きやすいし格好いいし、なにより嬉しくって毎日履いちまうんだよ。ボロボロになったら嫌だなぁ。修理ってできたっけ?」
履き潰してしまうことを考えたら、定期的に靴を休ませたほうがいいのだろう。しかしトウマは三人から渡されたプレゼントを履かないという考えはなく、いかにして壊れたあとどうやって履き続けるかを考えていた。
「靴の修理店があるから、そこに頼めばいいんじゃないか? それに、トウマなら壊れてもガムテープで補強して履き続けそうだけどな」
「いやさすがにガムテで補強はしねぇよ。でも修理できそうならよかった」
てか、なんでガムテ? とトウマが聞き返すと、虎於は、好きな俳優が親友から渡された靴をガムテープで補強しながら履き続けたエピソードを話した。その流れから見たい映画の話になり、長いようで短いドライブは海ほたるに着いたことで一時中断となった。
海が近いところの寿司は美味い、そしてトラに回転寿司をまだ食べさせてない。とトウマの鶴の一声で昼食は回転寿司となった。食品サンプルでの寿司と、スマートフォンで検索したときに見た写真くらいでしか虎於は回転寿司を知らない。そのため、目の前を二貫の寿司が回り巡っているのは初めて見る光景であった。
そんな虎於を見ながら、トウマは連れてきてよかったと心から思う。きっと虎於はここで食べるよりも美味しい寿司を食べているだろう。騒がしくなく、シャリもネタも強いこだわりのある、なんなら寿司の値段が時価と書かれているような質のいい店。
だが、こういった店にトウマは虎於を連れて来たかったのだ。今まででは経験したことのない、知らない世界を見せてやりたかった。驚いた顔も、ちょっと眉をひそめた顔も、嬉しそうな顔も、そのきっかけとなることをすべて与えてやりたかった。
「……いいプレゼント貰ったなぁ……」
「まだ靴のことを言ってるのか……?」
食事を終えたトウマ達は店を出て館内を散策していた。先程の食事を思い出しながら言ったトウマの独り言を虎於は靴のことかと聞き返す。トウマが思い返していたのは、四苦八苦しながらレーンの寿司を取り、食べ進める虎於のレアな姿であって靴のことではない。しかし、そのことを素直に言えば虎於は拗ねてしまうだろう。トウマは誤魔化すことにした。
「いや、そうじゃ……あー、うん。そう。靴が嬉しくってさ」
「……ふぅん……」
エスカレーターを降りて海が見える休憩所に移動した二人は、穏やかな波の動きを窓越しに見ている。普段なら混んでいるのだろうが、今日は客足も少なく落ち着いて座ることができた。
外に出れば波の音も聞こえるのだろう。しかし、この静かな大回廊から望む景色、それだけで虎於は満足してしまう。隣りにいるのがトウマだからだ。
「おっ、見てみろよ。タイムカプセルポストだってさ。やってみねぇ?」
物珍しそうなポストを見つけたトウマは立ち上がってそちらへと歩いていく。虎於もそれに続くように立ち上がり、トウマの後を追った。
そのポストは、出した手紙が一年後に送られてくる、というタイムカプセル形式の郵便ポストであった。面白そうだから、と二人は施設内のコンビニでハガキを買い未来への手紙を書くことにした。
一年後には何があるだろう、何をやっているのだろう。二人は小さな笑みを溢しながら手紙を書き進めていく。
「一年後かぁ、なに書く? ブラホワ総合優勝したか? とか?」
「ブラホワは今年もあるんだから手紙で書くのはちょっと違くないか」
「それもそうだな……あと一ヶ月後にはブラホワなんだから手紙で書くには内容が旬じゃないな」
なんとかしてハガキを書き終えたトウマだったが、宛先の記入欄で手が止まってしまう。虎於がどうしたのかと尋ねると、宛先の住所をどう書けばいいか悩んでいるのだという。
「今のマンションがさ、来年の春に契約が切れるんだよ。更新してもいいんだけどもっと広い部屋に引っ越したい気持ちもあるし、どうすっかなって思ってさ」
「なら俺のマンションに送ればいい」
「トラのマンション?」
不思議そうにトウマは聞き返す。
「タイムカプセルが届く頃はまだ契約期間が残ってる。引っ越す予定もないしな。それに……」
虎於はタイムカプセルポストの宛名書きを自分のマンションにする理由を話しながら、バッグから小さな包みを出した。シンプルながらも綺麗にラッピングされた物だった。
それとは別に、大きめのメッセージカードが入ってそうな封筒も渡される。
「誕生日おめでとう。誕生日当日はお互い仕事で渡せそうにないから、先に渡しておくよ。夜には電話する」
気に入って貰えるといいんだが。と少し不安そうな笑みを浮かべながら虎於は言った。プレゼントを受け取ったトウマは今日渡されると思っていなかったのか、驚きを隠せない様子でお礼を言い、中身を見ていいか尋ねた。
「本当は部屋とか車の中とか、落ち着いた所で開けたほうがいいんだろうけど……開けてみてもいいか?」
「……あぁ、どうぞ」
ラッピングを丁寧に剥いていくと小さな包みの中身は、虎於もよく使っている有名ブランドのロゴマークが描かれている小箱であった。虎於が好んでいるブランドなのだから、そう簡単に手に入れやすい物ではない。トウマは、虎於と小箱を交互に見ながら口をパクパクと動かすことしかできずにいた。
「ふはっ、なんだその顔。まだ中身も見ていないのに」
「いやだって! こんな高いヤツだとは思わなくて……!」
サプライズに成功した子供のような顔をしながら、虎於は早く中身を見ろと急かす。恐る恐るトウマが蓋を開けると、小箱の中には黒を基調とした革製のカードケースが入れられていた。シンプルで使いやすそうな、トウマが持っていてもおかしくない、そんなデザインのものであった。
「カードケース、まだ買ってなかっただろう。よかったら使って欲しい」
カードケースを手に取り、トウマはよく見る。カードを沢山入れられそうな、実に使いやすそうなデザインである。
「めっちゃ使いやすそう……ありがとう。でもこんないいヤツもったいなくて使えねぇよ……」
「あぁ、だろうな。だからそれにした」
「なんで!? 俺へのプレゼントだろ!?」
虎於は笑みを堪えるように口元を手で覆い、愉快そうに目を細めた。
「トウマ。お前だったらこのブランドのカードケースを買うか?」
「買わねぇよ。別のブランドのカードケース買うよ」
「だろうな」
細めた目の奥がいたずらっぽく光る。虎於が一体何を言いたいのかサッパリと分からないトウマは「からってんのか?」と不服そうに呟いた。
「からかってなんかないさ。釘を刺しておくようなもんだな。なぁ、トウマ。もしとある人物が普段使わないメーカーの物を使っていて、そのデザインがそいつが好きそうな物で、なおかつ本人だったら買わないであろうハイブランドの物を持っていたら、どう思う?」
「……あー、誰かに貰ったヤツ使ってんのかな? って思うな……」
虎於はおもむろにトウマの手からメッセージカードが入っていそうな封筒を抜き取り、フラップを開けて中身を取り出した。
「誰かから貰ったであろうカードケースの中に、本人以外の家の鍵があったら、さすがに鈍い奴でもわかるだろう?」
封筒の中にはプラスチックのカード――虎於のマンションのカードキーが入っていた。
「スペアキーがあれば、タイムカプセルポストのハガキをトウマだって受け取りやすいだろう? 俺のマンションに泊まったほうが楽な時だってある。それに……トウマともっといたい時が……」
虎於が言い終わる前にトウマは眼の前の男を強く抱き締めた。なんてことの無いように話しているが、耳が赤くなるまで恥ずかしがっているその姿に、なんだかひどく胸が締め付けられる気がした。
「おっまえさぁ……ハァ、なんて言えばいいのかわかんねぇよ。でも嬉しいのだけは絶対に言える! ありがとう、めっちゃ嬉しい。カードケースもだけど、合鍵くれることも、俺ともっといたいって思ってくれることも」
そして、可愛らしくも他の人達に対して嫉妬していることも。釘を刺すということは、周りの人達に"狗丸トウマには付き合っている人物がいて、トウマはその者のモノである"と表明するということだ。
狗丸トウマは、御堂虎於のモノである。
虎於は恋人としてトウマに送ったプレゼントに、わかる者にはわかるであろう所有印として、愛用するブランドとカードキーを選んだのだ。
「俺が好きそうなデザインを選んでくれてありがとう。しまい込まないでガシガシ使うわ」
「そうしてくれ」
ずっと抱き締めていたかったが他の客に見られるのは困る。トウマは名残惜しい気持ちで体を離し、マンションのカードキーをケースにしまい込んだ。
滑らかな革の質感が肌に伝わる。きっと使い続けていく内に艶を帯びて柔らかくなり、トウマと共に年月を歩んで行くのだろう。それはとても幸福なことなのかもしれない。
「このカードキーを今すぐにでも使いたいんだけど……」
「アウトレットはもういいのか?」
「買いたいモンは貰えたし。それに、カードケース以上のモンも貰えたしな」
ドライブを終わらせる遠回しな提案に笑いながら茶化しを入れられるも、そんなことを気にする余裕もないくらいにトウマの胸は高鳴っている。早く人目につかない、お互いが素でいられるような、そんな場所に行きたい。感情が熱くグルグルとトウマの体を巡り回る。
「……なぁ、ダメ?」
お預けをされている犬のような目で見つめるトウマに虎於は思わず笑い出してしまう。あまりにも余裕のないその姿に自分の気持ちが高まるのを感じた虎於は、いいぜ、と言いながらトウマの肩に腕を回した。
「今日は鍵はトウマが開けてくれ」
耳元でからかいを含んだ囁きをして反応を楽しむ虎於に、トウマは浮つく気持ちを抑えながらも、愛しい相手の手を握って駐車場まで足早に歩いて行く。
逸る気持ちと愉快そうな気持ちを乗せた足音が、館内に響いていた。