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    D42回目の脱獄

     暗転はきっちり5秒。
    すぐに非常電源に切り替わり、一帯が明るくなると同時に施設のそこかしこから怒号や悲鳴があがった。
     停電と同時に暴動を起こすよう命じられていた囚人たちが動き出したのだろう。
     TDDとの戦いののち、警官隊に捕縛され、北カントウの地下につくられた特別刑務所へ収監されてから1年と半年。
     燐童たちは今日、アサヒカワよりも厳重に守られたこの特別刑務所より、再び脱獄するのだ。
    (ここまでは予定通り、)
     外につながる駐車場から護送車を盗み出そうと行動する「振り」をしていた燐童と有馬は、停電の一瞬を利用して、側にあった別の車両の影に身を隠す。そうして盗んだ護送車に、谷ヶ崎と時空院に似た背格好の囚人が、慌てて乗り込んだのを確認する。
     彼らは囮だ。
     燐童たちが脱獄する時間を稼ぐための。
     協力して脱獄しよう、お前と俺ならやれる、なんて口車にまんまと乗せられたふたりの囚人は、先導していた燐童と有馬の姿が消えていることに気づいたが、もう後戻りはできないとこのまま脱獄することに決めたようだった。
     囚人の中でも単純で操作しやすいやつを選んだのだが、思った以上に上手くいった。
    「誰がお前らなんかと組むかよバァカ」
     なんて悪い男だ。囮になった囚人のひとりは大した悪党では無かったが、有馬に執着するあまり、脱獄なんて大それたことを決意したのを知っていた。
     ある種の人間を的確に嗅ぎ分けて、その懐に入り込む有馬の手管は、人心掌握に長けた燐童でさえ唸らせる。
     きっと彼もそうしなければ生きていけなかったからだ。
     身を隠す燐童たちから離れ、速度をあげて出口へ突っ込んでいく護送車。武器を手に立ちはだかった刑務官たちが容赦なく轢き潰される。新たな悲鳴と怒号。
     刑務官たちはほぼ全員が死角に潜んだ燐童たちに気付かず、車を追って行く。
    「くそっ!逃すな…!応援はまだか!」
    「無線が通じません…!」
     脱獄などされては面子が立たないのだろう(あるいは中央区の女たちより無能と断じられるのを恐れてか)、鬼気迫る様子で外を目指す車両へ追い縋る上官の悲鳴のような怒鳴り声に、返す部下の返答もまた余裕のない金切り声だ。
     囚人を閉じ込め管理するための設備のほぼ全てが、停電とともに無力化されている。囚人の中に使えるハッカーが複数いたのは紛れもない幸運だった。
     男たちの中央区への恨みは深い。システムの復旧には少なくない時間がかかるだろう。
     この中央区が誇る特別刑務所に収監されているのは、終身刑を食らった思想犯や凶悪犯、大戦下での英雄といった、中央区でさえ思い通りにできない厄介な連中ばかりだ。
     それらを脅し、懐かせ、政府への反抗心を煽り、焚き付けて都合よく動かす。
     同時に燐童は塀の外にいる協力者…いずれクライアントになるだろう組織へコンタクトを取った。
     特別刑務所から外へ繋がることは当たり前だが容易ではない。それを成し得た燐童の能力を使えるものと判断した組織は、脱獄に必要な物資や情報を、いくつか中へ送り込んでくれた。
     もちろんタダとはいかない。中央区の犬として働いていた燐童の持つ情報を前金にした。
     でけぇ貸しひとつだ。
     せっかく外に出たってのに、飼い殺しにされて、骨までしゃぶられねぇよう頑張って返しな。連絡係として送り込まれてきた男が笑って言った。
    (言われなくても)
     季節は夏。地下につくられた鉄の施設の空調は常に一定に保たれているが、天井の高い駐車場の中には払いきれない熱気が立ち込めている。額を流れ落ち、濃い藍の囚人服へ吸い込まれていく汗。
     燐童は緊張に震える唇をきゅ…と噛んだ。
     失敗はできない。
     今は本来ならば、囚人たちが刑務作業に就いている時間だ。暴動の中心である作業棟は、燐童たちが潜む駐車場から1番遠い区画にある。
    (今のうちに行きましょう)
     有馬へアイコンタクトを送ると同時に車両の影から飛び出し、ひとりきりでその進路に立っていた刑務官の口と頭部を掴んで捻る。男の太い首が捻れ、顔があらぬ方向へ向いた。
     悲鳴を上げる暇もなく肉の塊となったそれを足元へ無造作へ放る。
     まだ年若い男だ。動作も判断も他と見劣りしたから、ここへは配属されたばかりなのかもしれない。
     騒ぎを聞きつけてあわてて来たのか、本来なら腰のベルトにロックされているはずのマイクが半ば外れた状態でぶら下がっている。
     無造作に掴めば、あっさりと外れる。
     1度目の脱獄の際にマイクを奪い取ったことが原因だろう。刑務官達に支給されるマイクの管理は以前よりも厳しかった。
     運がいい。
     誰にも気づかれないよう、整然と並んだ護送車や装甲車の影を縫うように走り始める。
     ふたりの目的地である刑務官の宿舎、その食堂へ続く廊下は随分と手薄だった。先行している谷ヶ崎と時空院のおかげだろう。
    「き、貴様らなんだ、止まれ…!」
     十時の曲がり角に立つのは3人の刑務官。めいめいに武器を取り出そうと動く。
     咄嗟にマイクを起動させようとする、が、有馬の声がそれを制止する。
    「止まるな走れ!」
     続けて5つの破裂音。
     有馬が刑務作業中に知り合った老人…かつてガンスミスだったという……から譲り受けたオーダーメイドの拳銃を、懐から取り出すなり、走りながら連射したのだ。
     余った資材を流用してつくられた拳銃はほとんど玩具で、精度も威力も大したものではない。
     それでも有馬には十分なのだろう。
     撃った弾は5発。それぞれ刑務官の頭や喉を抉り、腹にめり込んでその命を奪う。
     走る速度は緩めない。倒れた男達を跳ぶようにして跨ぎ、そのまた先にいる人間を処理していく。
     区画と区画を区切る扉のロックはすべて解除されている。別行動をしていた谷ヶ崎と時空院がうまくやってくれたのだろう。
     広大な地下施設をどれくらい走ったのか。
     獄中にあっても変わらずヘビースモーカーである有馬の息が乱れ、いよいよ速度が保てなくなってきた頃。転々と転がる肉塊を踏み越えながら、いくつかの角を曲がり区画を抜けた先、仲間との合流地点である宿舎奥の食堂へようやく辿り着く。
     いつもは大勢が動いているだろうその空間は、不自然なほどしんと静まり返っていた。
    「はぁ、まったく、待ちくたびれちゃいましたよ」
     その中央の机に立って、こちらを見下ろす黒い影がにんまりと笑って言った。
     時空院だ。
     乱れ倒れた机や椅子、死体を縫うように歩く時空院の足取りは踊るよう。鼻歌混じり、血まみれの足で机に不恰好なスタンプを押しながら、微かに息のあるらしい男の頭を掴んで振り回していた。四肢がいくつか足りない男は、不恰好なぬいぐるみのようにプラプラとゆれている。
    「うげキモ」
     肩で息をし、しゃがみ込んでいた有馬が嫌そうに舌を出せば、机の上から飛び降りた時空院がウフウフ笑う。
    「オヤごめんなさいね。君たちがあんまりにも遅いから、暇つぶしです」
    「時間通りだろうが喧嘩売ってんなら買うぞクソが」
     やれやれ。この状況下でも変わらない2人に肩をすくめる。
    「さあバカやってないで、行きましょう」
     施設の1番外側にあるこの食堂から、物資の搬入口がつながっている。ここまで来ればもう外はすぐそこだ。
     燐童が声をかけると、扉の前に立っていた谷ヶ崎と目が合った。そのブルーグレイの瞳で、燐童や有馬の全身を映し、頷く。ほとんど動かない表情からわずかに読み取れる安堵。怪我がなくてよかった、と思っているのかもしれない。
     胸がじわじわ暖かくなって、それから目の奥がつんと痛んだ。
     今はまだ…。
    「谷ヶ崎さん、これ使ってください」
     奪ったばかりのマイクを谷ヶ崎へ放る。
     谷ヶ崎がマイクを起動すれば、その背後に巨大なスピーカーが出現する。蓮の花にも炎にも見える紅蓮を従えて、谷ヶ崎が外につながる道へ一歩を踏み出した。
     有馬も時空院もめいめいに獲物を構え、その後に続く。
    「ねえ、みなさん、ここを出たらどうされるんですか?」
     聞くべきではないと思っていたのに、気づけば燐童は皆の背にそう問いかけていた。
     ここを出たら「貸しひとつ」を返すために、燐童は再び日の当たらない場所を歩くことになるだろう。
     あっというまに野垂れ死ぬかもしれない。監獄と大差ない場所だ。
     それでも3人に脱獄しようと声をかけたのは「そうしたかったから」に他ならない。
     彼らがこんな監獄に閉じ込められたまま死んでしまうのは嫌だったし、あのまま離れ離れになるのも嫌だった。きちんと別れを告げたいと思った。
    「まずは飯だ」
     先頭をいく谷ヶ崎が言った。
    「それから風呂だな」
    「着替えも必要です」
     有馬と時空院も続ける。
     燐童は俯いていた顔をあげて、3人の背中を見る。
    「い、いや、そうじゃなくて、」
     そんなんじゃなくて、外に出て、行動をともにする必要が無くなった3人が、これからどうやって、どこで生きていくつもりなのか教えて欲しかった。
     なんて甘ったれた考え。
    「おや、阿久根くんはこの薄汚れた格好のままでいいと? それはいけませんね」
     ぐるんと首を傾けて時空院が言う。
    「クライアントに舐められてしまいますよ〜」
     意味がわからず呆然とする燐童の背中を、有馬が思い切り叩いた。
     谷ヶ崎や時空院と違って、お世辞にも肉があるとは言えない。骨と骨が当たって物凄く痛かった。
    「っちょ、有馬さん…!」
    「腑抜けてんなよ燐童。お前の仕事だろ」
    「……」
    「うんと高く買わせろ。お前のそのお利口な頭とよく回る口でな」
     入り口付近に置かれていた黒塗りのバンは件の組織が用意したものだ。物資搬入の車両であその後部座席には野菜や日用品の入った段ボールが積まれているが、その下には武器と弾薬がいくつか隠されているはずだ。
    後部ドアを鍵はついたまま。乗って来たはずの運転手はおらず、警備の男が何人か事切れている。
     でけぇ貸しひとつ。
     組織の男の顔が浮かんで、消える。
    「やれやれ、まったく、僕がいないと何にもできないんですね。仕方ないから、疲れた体に鞭打って差し上げますよ」
     ええ、任せてください。
     2度の脱獄を見事成功させた僕らD4を侮ればどうなるのか、思い知らせてやりましょう。
    「俺たちから奪うやつらは全員潰す」
     谷ヶ崎の言葉は力だった。
     中央区転覆なんてもう叶わない。復讐や野望、望んだ結末だって得られなかった。
     なのに4人でいる。
     黒塗りのバンに乗り込む。
     運転席には燐童が座った。助手席には谷ヶ崎が、後部座席には有馬と時空院が。
     追手に対処するためにそれぞれが動きやすい配置に自然となる。

    「さあ、ここを出て皆でどこへ向かいましょう
    か」

     
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