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    お仕事とカレーと D4

     数ある隠れ家の中で1番大きなキッチンのある家へ、暗黙の了解で車を走らせる。
     その途中でスーパーに寄るのを忘れない。
     酒とタバコと、にんじんピーマン玉ねぎトマト牛ひき肉各種スパイスを大量にカゴにぶち込んで、何故か谷ヶ崎が複数所持しているエコバッグに限界まで詰め込んだ。
     隠れ家に着いたら血まみれ泥だらけの服や靴を脱ぎ捨て、順番にシャワーを浴びる。そうして身綺麗になった者から順に、料理洗濯掃除を分担するのだ。
     ある人物を始末してほしい、という依頼はよくあるもの。
     その後の処理は要相談。4人で仕事を始めたばかりの頃は端金でも受けていたものだが、今は馴染みになった掃除屋へ回すようにしている。
     面倒だし疲れるし、汚れるからだ。
     それでも今日のように遺体の処理まで引き受けることがある。
     予定外の殺し方をしてしまった、あるいは予定外の殺しをしてしまった時だ。
     今夜は後者で、たまたま通りかかり、4人の仕事を目撃してしまったサラリーマンは悲鳴を上げる間もなく時空院のナイフの犠牲になった。
     面倒だが仕方ない。
     適当に用意した車にブルーシートでくるんだ元人間ふたつを乗せて、郊外の山奥へ直走る。
     一帯の山は何度か取引のあるヤクザものが所持しているものだ。谷ヶ崎を気に入っているらしいそいつからは、何を埋めてもバレはしないから好きに使っていいと言われていた。
     4人で時間をかけて十分な深さの穴を掘り、ブルーシートが見えなくなるまで土を被せ終わる頃には全身泥だらけ。夜半から初めた作業は夜明け近くまでかかり、当然だが全員が疲れていた。
     すぐに休みたいところだか、全員の心は一致していた。
     カレーを食べなければ。
     山に穴を掘って人を埋めた後は、カレーをつくって食べることに決めている。いつのまにかできた習慣だ。
    「有馬さんが言い出したんですっけ?」
    「ンァ?」
     燐童と上等なアイランドキッチンに並んで、黙々と大量の野菜をみじん切りにしていた有馬が顔をあげる。玉ねぎが染みたのかその目は潤んでいたし、眉間には信じられないくらい深い渓谷が刻まれていた。
     子供が見たら確実に泣き叫ぶ人相で睨まれた燐童は「最初にカレー食べたいって言い出したの」と、構わずに話を続けた。
    「アー、そう。昔っからの習慣なんだよな」
    「人埋めた後はカレー」
    「ソ。もう紐ついちまってんだよな。食わなきゃ寝らんねえの」
     カハ、と火のついていないタバコをくわえた薄い唇の端が上がる。眉間にとんでもない皺が刻まれているが機嫌は悪くないらしい。質問に返ってくる答えが、シネだのカスだのじゃない有馬は珍しいので、燐童はこの話を続けることにした。
    「僕らと組む前はひとりだったんですよね?」
     穴を掘って埋めるのはかなりの重労働だ。4人でやってもそれなりの時間がかかる作業を、ひとりでやるなら尚更だろう。そのあとにわざわざカレーをつくって食べるなんてこと、あるだろうか。
    「いや穴掘るのは俺じゃなくて、埋められるやつ」
    「あー、なるほど」
     殺した後に埋める穴を、埋められる本人に掘らせ、それを待つ間にカレーを煮込んだらしい。
    「適当に盗んだ車にたまたまキャンプ用品と材料が乗っててよ。穴ができるまで暇だし腹も減ってたし、じゃあつくるかってな。それがまあ美味くてよ」
     野外でする食事は、常よりも美味く感じるものだと聞いたことがある。もちろんキャンプ場などの平和が約束された場所での話だが。
    「しばらくカレーにハマって、インド料理の店で働いてたのもそん時だな」
    「えっあれ、適当に書いた嘘じゃなかったんだ」
     ピーマンのみじん切りの手を止めて、いつもの口調も忘れて顔をあげる。有馬はにんまりと猫のように笑った。この男は性格がひねくれているので、燐童がいつものペースを乱すのがやたら好きなのだ。
    「お〜マジマジ」
     2度目の脱獄、再集結を果たした夜。これから4人で生きていくことを再確認した日、谷ヶ崎や有馬が大量に買い込んできた酒やツマミを囲んで、他愛もない話をしていた時だ。
     改めて自己紹介というのも照れ臭いが、知っておいた方がいいこともあるだろうと、谷ヶ崎が履歴書を取り出したのだ。
     谷ヶ崎はいつも通りの真顔で、真面目に言っていたし、いつもなら笑い飛ばしたり誤魔化したりする D3も、気分良く酩酊していて、ゲラゲラ笑いながらそれぞれに項目を埋めたのだ。
     学歴と職歴が異様に華々しい時空院やテロと見紛うような犯罪歴で埋められている谷ヶ崎に趣味特技が国家機密に触れてる燐童、それから空欄が足りなくなって2枚目を要求した有馬。
     ずらずらと並べられる職歴や犯罪歴の中に、インド料理店勤務なんていうのも確かにあった。
     すぐに燃やして捨てた履歴書だが、燐童の優秀な頭は酒の席のくだらない冗談さえ、全て記憶してしまう。
    「ということはストリッパーも、」
    「15.6ん時だっけな。歳誤魔化してバーテンやってた店で、ショーの時間になっても女が来なくてよ。しゃあねえから代打で出たんだワ」
     何をどうすれば客が喜ぶかは見て覚えていたし、適当に脱ぐだけでそこそこの金になって良かったと言う。
     有馬少年の見てくれはきっと悪くなかったはずだ。今みたいに鋭さの無い、幼さの残る輪郭を想像する。少年と青年のあいだ、成長途中のやわらかな心身、それを虚勢で包み隠して生きる有馬のような存在はそれだけで充分、一部の人間の心を掴み、離さなかっただろうと推測された。
    「それはさぞかし変態がたくさん釣れたでしょう」
     燐童がいえば「見てきたように言うねお前」と有馬が鼻に皺を寄せて、唇を尖らせた。
     否定しないということは当たりなのだろう。
     ストリッパーは2ヶ月ほどで辞めて、次に並んでいた家政婦の文字が急に生々しくなった。
    「言っとくけど変態でも、男でもねえぞ。ガサ入れがあって路頭に迷ってたのを、知り合った女に拾ってもらったんだよ」
    「ふぅん」
    「信じてねぇなお前クソ」
     男で変態では無かったらしいが、行き場のない未成年を家に囲い込もうとした女も大概よろしくない人間だ。
     とはいえそれも数ヶ月ほどの話。
     有馬少年はそのあとも元気に職種を変え犯罪を重ね、すくすくと生きていくのだ。
     くだらない話をしている間に大量の野菜も刻み終わる。
    「おし、やるか」
     油を引いた中華鍋にニンニクを入れ、香りが立ってきたタイミングで大量の野菜と挽肉を入れて炒める。
    「わ、いいにおい」
    「できれば時間かけて煮込みてえとこだけど、腹も限界だし今日はキーマカレーだな」
     野菜に火が通ったらぶつ切りにされたトマトをぶち込む。水は入れない。野菜からでる水分なんだと有馬が言った。
     言葉の通りに水分が出て、ふつふつと沸騰をし始めたタイミングで各種スパイスを計りもせず適当に入れてかき混ぜる。
     食欲をそそるスパイシーな香りが、空腹を抱えた犯罪者たちの巣穴に満たされる。
     インド料理店で働いてたというだけあって、有馬のカレーは、そこらの専門店に引けを取らないくらい美味しいのだ。
     ぐう、と燐童の腹が勢いよく鳴った。
    「ハハ、」
     すげえ音。有馬が笑うのを形だけにらみつけると、同時に業務用炊飯器から陽気な音楽が流れた。
     ご飯が炊けた。
     カレーも完成だ。
     匂いに誘われてきたのか、汚れた衣服の洗濯と道具の掃除をしていた谷ヶ崎がキッチンへのそりと顔を出し、シャワールームからやたら優雅なバスローブ姿の時空院も現れる。
    「皿とシルバーは出してあるやつ好きに使え。飯とルーはテメェで入れな。漬物に副菜は冷蔵庫」
     キッチンと対面にあるダイニングテーブルへ、キーマカレーが大量に入った中華鍋と炊飯器がドンと乗せられる。
     谷ヶ崎がいそいそと冷蔵庫から副菜を抱えてきてはテーブルに並べた横に、当たり前のように時空院が常務用の蜂蜜をドンと置いた。
     そうしてめいめいの椅子に座り、ご飯とルーを好きなだけ皿に盛る。
    「いただきます」
     開始の号令、食事にありつけることへの感謝の言葉は谷ヶ崎から。なんとなく全員でそれを復唱するようになったのは、仕事終わりにカレーを食べる習慣がついたのは、いつからだろう。
     知らないうちに共有してしまった習慣や癖は、きっと他にもたくさんあるんだろうな。
     やれやれ。
     夜通しの仕事終わり。空腹は限界。食べる前から最高に美味いとわかっているカレーをスプーンいっぱいにすくって、大きくあけた口へ放り込んだ。
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