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    ジムインストラクターに恋したJKのお話

    あまり詳しくない人物紹介はこっち
    https://poipiku.com/88509/3222523.html

    ##ジムインストラクターに恋するJKちゃん

    あの日は、たまたまだった。
    たまたま、私が一人で帰る日で。
    たまたま、あの人が用事がある日で。
    そんな、たまたまの日に。
    私は、あの人に救われたんだ。



    お節介な母に、部屋から引きずられるようにして、ジムに通い始めて2週間。
    月曜日、水曜日、金曜日と、母はご親切にも、送り迎えに車を出してくれていた。
    そしてその度に、飽きもせずに同じ事を聞いてくる。
    「どう?続けられそう?」「体は痛くない?」「ジムの人は親切にしてくれてる?」
    …そんな感じ。
    最初は言葉を返すのも億劫で、だんまりを決め込んでいた。
    でも、最近はなんとなく、一言二言で返事をしている。
    私が何か言葉を返すだけで、馬鹿みたいに嬉しそうにするのがなんだかおかしくて。そう、ただそれだけ。
    だから、別に。
    『キミのために、何かせずにはいられないんだよ、きっと。』
    『素敵なお母さんじゃないか。』
    あの人にそう言われたから、ちょっとだけ歩み寄ってみようかなんて、思ったわけじゃない。絶対に。
    そしてその日も、送りの車内で似たような会話をしていた。
    「…今日ね、母さんヘルプに入らなきゃいけなくて。職場の人が、どうしてもって。」
    「へえ」
    パートのことだ。そういえば、私がジムに通う前は、この時間にはいつも家を開けていたんだ。
    …もしかして、私の送り迎えのために、仕事を休んでいたのだろうか。
    「だからね。今日、一人でバスで帰ってこれる?」
    何を言ってるんだろう、この人は。
    いくら学校に行ってないとはいえ、私ももう高校生だ。初めて学校へ行く小学生じゃあるまいし。
    モヤモヤとした苛立ちやら憎まれ口やらをぐっとしまいこみ、私は一言だけ答えた。
    「ん」
    そうして、車の降り際にSuicaを受け取ると、心配そうに見つめる母の視線を遮るように、乱暴にドアを閉めた。
    まったく、馬鹿にしてる。


    でも。
    母の心配は、杞憂じゃなかった。


    その日もいつもと同じように。
    同じように、二時間くらいのトレーニングメニューをこなして、汗を流して、足早に外に出た。
    いつもなら、目の前の道路で母の車が待っている。でも今日は、私を待っている人は誰もいない。
    外に出て、そのまま左にちょっと。そこに、バスの停留所がある。歩いて3分もかからない距離だ。
    歩いて行って、停留所のそばに立つ。あとはちょっと待つだけ。
    たった、それだけ。
    それだけなのに。
    数歩、歩く。
    誰かとすれ違った。
    なんだか、すれ違いざまに笑われたような気がした。
    ギクリとして、思わず振り返る。
    さっきすれ違った男の人が、スマホを耳に当てて笑っていた。
     ―あの人は何を笑っているんだろう。
     ―もしかして、私を笑ってるんだろうか。
     ―学校を休んで、こんなとこをフラフラしている私を。
    頭の中を、ぐるぐると思考が巡る。
    考えを巡らせれば、巡らせるほど、その考えがまるで重たい鎖のように、冷たく心臓を絞め付けるようだった。
    …思い返せば、なんであんな風に思い詰めていたのかはわからない。お医者さん曰く、症状のひとつなのだそうだけども。
    とにかく、あの時の私は、すれ違う人が、向こうを歩いている人が、車に乗っている人が。
    ありとあらゆる人が、私を見ている。
    私を嘲笑っている。
    そう思えて仕方なかった。
    目を伏せて、震えながら一歩ずつ歩く。
    怖い。
    怖い。
    人が、怖い。
    なんで。
    なんで、ジムにだって人はいるのに。
    なんで、急に。
    頭の中に、ある人物が浮かんだ。
    私についてくれている、声の大きなジムの人。
    そうだ。
    ジムにいるときは、ずっとあの人がそばにいて。
    ずっとあの人が、何かしら声をかけてくるから。
    だから、他の事が気にならなかったんだ。
    最近、ようやく外に出てくるようになったとはいえ、だ。
    長い間誰とも会わない生活をしていた私にとって、知らない大勢の人がいる場所に一人でいるというのが、こんなにも怖い事だっただなんて。
    ようやくの思いで停留所にたどり着いた。
    時刻表を見る。幸いにも、あと数分もすればバスは来るようだ。
     ―幸いにも?
     ―数分?
     ―こんな場所で?
    「えー、最低じゃん!」
    後ろを通った女の人たちが、すれ違いざまにそう言ったのが聞こえた。
    私のことだ。
    誰とも馴染めずに、学校を休み続けている私のことだ。
    「いや、キツいですよー!」
    遠くで男の人がそう言ったのが聞こえた。
    私のことだ。
    誰かが遠くで笑った。
    私のことだ。
    耳を塞ごうとするけれど、耳を塞いでる仕草がよけい不審に見られないだろうかと思うと、そうすることすら躊躇われる。
    昼の雑踏が、行き交う人の声が、車の走る音や、横断歩道のメロディでさえもが、やけに大きくて、耳に刺さるようで。
    その全てが、私を否定しているようで。
    私はうつむいたまま、ただ身を震わせていた。
    身を―

    「…ッ!
     …ちゃんッ!!」

    ハッとして、声の方を見る。
    見覚えのある、顔。
    気付けば、その大きな手が、私の肩に置かれていた。
    どうやら、肩をゆすりながら声をかけてくれていたらしい。
    「…良かった。どこか、悪いところは?」
    心配そうな表情に、少しだけ笑みが浮かんだ。
    巨漢、と言っても差し支えのないくらいに大きな背丈のその人は、わざわざ、私と視線が合うようにかがみこんでいる。
    この人は、いつもこうだ。
    ずっと私のそばにいる、声の大きな、ジムの人。
    何か、言わなきゃ。
    そう思うけれども、喉がヒュウヒュウと言うだけで、声が出ない。
    「大丈夫。深呼吸して。
     いつもやってるように、ゆっくり吸って…そうそう、上手い上手い。」
    大きな手が、背中をさする。
    その手の温かさに、なぜか涙がこみあげてきそうになる。
    「大丈夫ですか?」「はい、落ち着いてきたみたいなのでッ!ありがとうございますッ!」
    そんな会話を聞いてようやく、バスを待っている人が他にもいたことに気付いた。
    …それにしても、ジムの外でもこんなに声大きいんだ、この人。
    何回か、相手の指示に合わせてゆっくりと深呼吸をした。
    最後に大きく息を吐いて、ようやく落ち着いて相手を見る。

    「白雨、さん。」
    「みゆきで良いってば。」
    そう言って、白雨さんはニカッと笑って見せた。白い歯が光る。

    白雨美雪。それが、この人の名前。
    大きくて厳つい見た目に似合わず、やたらと綺麗な名前で、私も一番最初に自己紹介された時は、ネームプレートと本人を交互に何度も見返した。
    まだ苦しむ胸を押さえて、私はなんとか言葉を絞り出す。
    「へんなかっこ…」
    特段、変な格好というわけではない。
    ネクタイ、ワイシャツ、スラックス、ビジネスバッグ。
    ただ、私の知る白雨さんは、Tシャツにスポーツパンツ、おまけでネームプレートがデフォルトなのであって。明らかにサイズが合っていなそうなビジネスマンセットを無理やりに着ている今の姿は、どうにも頭が白雨さんと結び付けてくれない。
    白雨さんは、私がようやく絞り出した言葉に目をぱちくりさせてから、ちょっとの間をおいて意味を理解したらしく、大笑いした。
    「いや、ごめんごめん。これから他所で研修会があってさ。
     それで外に出たら、キミが具合悪そうにしてたから。」
    そう言って、私の肩をポンと叩く。
    ジムの出入り口からここまで、歩いて3分もかからないとはいっても、距離はあるはずだ。
    何なら、ジムの外にいる以上は他人同士なのだから。この人は、私に気付かずに駅まで歩き去る事もできたのに。
    なのにこの人は、私に気付いてくれたんだ。
    それで、私を心配して…
    「何度もごめん。どこか、悪いところは?」
    どうしよう。
    なんて答えたら良いんだろう。
    体はどこも悪くない。ただ、怖いだけ。なんて言う?人が怖い?ありがとう?
    ぐるぐると渦巻く考えから、辛うじて一言だけ言葉をすくいとる。
    「…別に。」
    嘘だ。
    本当は、心配してほしい。
    落ち着くまで、もう少しだけそばにいてほしい。
    「そっか。
     …じゃ、僕は駅の方だから。」
    白雨さんの手が、肩から離れる。
    急にまた、胸がひどく苦しくなるのを感じた。
    「また具合が悪くなることがあったら、ジムに戻れば誰か…」
    待って。
    行かないで。
    言葉が出てこない。
    白雨さんが踵を返す。
    (…待って…!!)

    祈るように、すがるように…手を、伸ばした。

    私が伸ばした小さな手を、
    大きな手が、しっかりと握ってくれた。

    優しい笑顔が、私に向けられる。
    胸を絞め付けていた重い鎖が、ようやく解けたような、そんな気がして。
    私もつられて、ぎこちなく微笑んだ。


    それからバスが来るまでの間のほんの少しの時間、私は白雨さんと話をしながらバスを待った。
    話をするのはだいたい白雨さんで、私はそれにいつもの調子で無愛想に一言二言返事をするだけだったけれど。私が何かを話そうとすると、白雨さんはじっと私の言葉に耳を傾けてくれた。
    それが、なんだか嬉しかった。
    その間、ずっと手を繋いだままだったのに気付いたのは、バスに乗ろうとした時だった。
    耳まで熱くなって、慌てて手を離す私を、白雨さんは笑って見送ってくれた。
    その後はもう、周りの事は気にならなくなっていた。
    バスに乗ってる間も、家まで歩く間も、ただ、手に残るぬくもりだけを感じていた。
    なんだか、胸が少し締め付けられるような気持ち。
    …でも、この気持ちは、なんだかちょっとだけ心地よい。

    「母さん。」
    その夜。食器を洗う母の後ろ姿に、私は声をかけた。
    「ジムに行く日、増やしてみたい。」



    あの日は、たまたまだった。
    たまたま、私が一人で帰る日で。
    たまたま、あの人が用事がある日で。
    そんな、たまたまの日に。

    私は、あの人をちょっとだけ好きになったんだ。
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